くまのプーさんに見る、英語と日本語の“視点”のちがい
はじめに
「英語と日本語って、単語や文法だけじゃなくて、“ものの見方”まで違うんだなあ」って感じたことはありませんか?
実は、ぼくは最近『くまのプーさん(Winnie-the-Pooh)』である一節を読んでいるときに、ふとそうした違いにハッと気づきました。
具体的な例の紹介
そのシーンではプーさんが風船につかまって空に浮かんでいます。しかし、降りれなくなってしまい困っています。
そこで、クリストファー・ロビンがプーのために、銃で風船を撃つ場面があるのですが、英語ではこんなふうに書かれています。
“You shot again, and this time you hit the balloon. The air came out, and Winnie-the-Pooh floated down.”
IBCパブリッシング、2019/5/1、23ページより引用
一方で、これを日本語で書くとしたら、こんな感じになるでしょうか。
「もう一度撃つと、今度は風船に命中した。風船は割れて、プーさんはふわふわと降りてきた。」
気づきましたか?
英語では「風船が割れた」とは書かれていないんです。
その代わりに、「空気が出てきた(The air came out)」と表現されています。
🔍英語と日本語、それぞれの“注目ポイント”
この違い、ちょっと面白いですよね。
英語では「空気が出てきた」というふうに、「出来事の“プロセス”や“変化の流れ”」に注目していることがわかります。
それに対して、日本語では「風船が割れた」というように、「ものの“状態の変化”や“結果”」を重視しているように感じられます。
つまり、
英語 → どうやってそうなったか(プロセス・原因)
日本語 → どうなったか(結果・状態)
に目が向いている、ということです。
これは単なる言葉の言い回しの違いというよりも、それぞれの言語が「世界をどう切り取っているか」の違いでもあるのかもしれません。
英語と日本語 視点の違いまとめ
・英語:出来事のプロセスや変化(空気が出る → プーが降りる)に焦点を置いている。
• 日本語:もの・状態そのもの(風船が割れる → 結果的にプーが降りる)に焦点を置いている。
✍️ 言葉は“視点”のあらわれ?
「風船が割れた」でも「空気が出た」でも、実際に起きている出来事は同じ。
でも、どう表現するかによって、「どこに注目しているか」がまったく違って見えますよね。
言葉って、思っている以上に自分の視点や思考のクセ、ひいてはその人の文化的背景を映し出しているんですね。
まとめ
読んでくださって、ありがとうございました。
こんなふうに「言葉から見える世界の見え方」にちょっとでも面白さを感じてもらえたらうれしいです
ふだん当たり前のように使っている言語の中にも、私たちの思考のクセや文化の視点が隠れています。
何気ない物語の一文から、そんな発見ができるのはおもしろいですね。
個人的には、言語を学んでいて一番おもしろいと感じる瞬間は、こうした違いを知ることができたときです。
みなさんは、英語と日本語の「視点の違い」を感じたことがありますか?
よかったら、コメントなどで教えて下さい🙌


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