経済・企業 高市財政を問う

インタビュー「高市政権が目指すのは戦略財政」永浜利広・経済財政諮問会議議員

永浜利広〈ながはま・としひろ〉経済財政諮問会議議員
 1995年3月早稲田大学理工学部工業経営学科卒、2005年3月東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。95年4月第一生命保険入社、98年4月日本経済研究センター出向。00年4月第一生命経済研究所 (現第一ライフ資産運用経済研究所) 経済調査部、16年4月より首席エコノミスト。

 高市早苗政権が進める「責任ある積極財政」の具体像や方向性について、経済財政諮問会議議員の永浜利広氏に聞いた。(聞き手=浜條元保・編集部)

── 本誌4月28日号で「サナエノミクスの死角」を特集しました。誤解や反論があるそうですね。

■最大の誤解は、「積極財政=バラマキ」と捉えることです。高市政権が目指しているのは、単なる歳出拡大ではありません。危機管理投資・成長投資によって供給力と潜在成長率を高める一方で、債務残高対GDP(国内総生産)比の安定的低下を財政運営の中核に据え、市場とのコミュニケーションも強化する。つまり、投資と信認確保を一体で進める「責任ある積極財政」です。

アベノミクスとの違い

── 安倍晋三元首相が取り組んだ経済政策アベノミクスとサナエノミクスとの違いは何ですか。

■アベノミクスは需要不足・デフレ脱却のため金融緩和政策中心の需要刺激策でした。サナエノミクスは財政も活用しつつ供給力を強化し、潜在成長率(経済の実力)を引き上げる政策です。国内の供給力が強化できればコストプッシュインフレも抑制でき、輸出が増えれば、実需の円売りも抑制されます。今や国際的な潮流ともいえる、米欧中が進める産業政策、すなわち政府が主導する経済安全保障強化への「キャッチアップ」を意図しています。特に経済安保の強化策は、政府が前面に立って取り組まなければなりません。

── 市場原理に委ねる新自由主義から、政府が財政・金融政策で大きく関与するケインズ政策への転換ですか。

■岸田文雄政権から新自由主義からの転換は始まっていたと思います。岸田政権が打ち出した「新しい資本主義」は、市場に任せるだけでは過小投資となりやすい分野に対し、官民連携や的を絞った公的支出を呼び水として民間投資を拡大することで、30年間続いたデフレ経済からの脱却を図り、未来への投資によって成長する「成長志向型経済」に移行することを狙いとしました。サナエノミクスは17の戦略分野を掲げ、さらにこれを加速させます。世界標準の最新経済思想を踏まえているといえるでしょう。

── 1月には超長期金利が一時急騰し、その後も債券市場は高市政権による拡張的な財政政策への懸念があります。

■片山さつき財務相は「『責任ある積極財政』はプロアクティブ(先取り的)であって、エクスパンショナリー(拡張的)ではない」と説明しています。「戦略財政」という意味合いでしょう。市場が推測する期待インフレ率を示すブレークイーブンインフレ率(BEI)や10〜30年物国債利回り差などに基づけば、現在の長期金利の上昇は財政不安よりも原油高騰に伴うインフレ期待を市場が織り込んだ動きとみえます。高市政権発足後の金利上昇も、成長期待の高まりによる要因も大いに含まれるとみられます。

 また、財政の持続性という観点からは債務残高対GDP比を中核目標とし、その構成要素である名目成長率と国債利回り、プライマリーバランス(基礎的財政収支、PB)で総合管理します。利払い費だけでなく、名目GDP成長率と税収、PBを併せて評価する手法です。

── 政府債務の対GDP比はここ数年低下傾向にありますが、それは分母の名目GDPが増えた結果、つまり、インフレによるもので国民生活が豊かになったわけではないと思います。

■インフレ税との批判があることは承知しています。そこで、名目成長の内訳管理、すなわちインフレ目標は2%を堅持し、名目成長は実質成長とインフレに分解しても評価します。内閣府が1月に示した「成長移行ケース(メインシナリオ)」では、展望期間の2035年度で名目GDP成長率は約3%、実質GDP成長率は1%台半ば、そして国・地方の債務残高対GDP比は、24年度の約194%から約163%まで低下することが想定されています。責任ある積極財政で潜在成長率の引き上げに主眼を置きつつ、債務残高対GDP比を低下させていくことは可能だとみられます。

── AI・半導体から造船まで戦略分野が17と多過ぎませんか。

■逆に企業からの期待は高まっており、17分野のワーキンググループで、現在、費用対効果を精査中です。夏場に向け、必要な投資規模と成果見通しが定量化されます。7月ごろに全体像が見える見込みで、危機管理とともに「勝ち筋」の見極めを行っている最中です。それらを分野横断的な部分と制度改革で補うのが今後の課題でしょう。

食品消費減税の財源

── 金融庁と東京証券取引所が主導するコーポレートガバナンス・コードによって、結果的に企業が株主還元に偏重しています。

■株主還元が行き過ぎると、設備や人への投資を促す政策と逆行する恐れがあります。長期的な所得停滞を打破するために企業部門に滞留する資金を賃上げや成長投資に向かわせる政策を重視します。

── イラン戦争によって、ホルムズ海峡が封鎖され、原油途絶リスクが高まっています。政府として、省エネや節約を国民に早く呼びかけるべきでは?

■ウクライナ紛争があった22年よりも事態は深刻だと受け止めています。今回は価格が上昇するだけでなく、物資不足が発生し始めているからです。ただし、22年度は原油価格や物価高騰に対して緊急経済対策で2.7兆円の追加歳出を実施したのに対して、昨年度補正予算の物価高対策効果が残っています。重要物資の調達を優先する現在のスタンスが望ましいでしょう。中東リスクなどの危機下では財政を抑制するよりも、エネルギー安保などの危機管理投資を行う方が、将来のショック耐性を高め、財政持続性につながります。ガソリンの補助金をやめて市場原理に委ねれば需要は抑制できるというのは経済学的には正しい側面もありますが、地方経済への影響を考えれば難しいでしょう。

── 食料品の消費減税のための財源は確保できますか。

■名目成長に伴う税収の自然増収(24年度6.6兆円、25年度7.3兆円の上振れ実績)を考えれば、財政を悪化させずに消費減税(約5兆円規模)の実施は可能です。税収弾性値(名目GDPが1%変動した際に税収が何%変化するかを示す指標)が1を大きく上回る現状では税の「取り過ぎ」を調整することは実態に即した政策ともいえます。2年後に戻すことを心配して実施をちゅうちょするのではなく、その間で経済成長を実現し、その果実で給付付き税額控除への制度移行を支えます。

特集 サナエノミクスの死角
 本誌4月28日号は、「サナエノミクスの死角」を特集した。危機管理・成長投資や減税などの政策の中身を検証。折しも米国のイラン攻撃による原油価格高騰が、少資源国・日本の根幹を揺さぶり、長期金利の上昇で利払い費の負担がさらにのしかかる局面である。想定外の世界規模の危機を前に「責任ある積極財政」を複数の有識者とともに精査した特集だ。
 主なコンテンツは以下の通り。
・円安×原油高の『残酷な現実』 消費税減税の三つの落とし穴
・海峡封鎖で浮かぶ日本の急所
・浜田宏一『バラマキ志向なら短命政権の恐れ』
・『順風』時こそ財政健全化を
・細川昌彦『中東原油への過度な依存解消を 対米投資88兆円は日本の国益になる』
・戦略分野の総点検
・税の課題
(編集部)


週刊エコノミスト2026年6月2・9日合併号掲載

インタビュー 永浜利広(経済財政諮問会議議員) 「高市政権が目指すのは戦略財政」=浜條元保・編集部

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