Vol.576「令和の〈愛子天皇でええじゃないか〉国民運動」
(2026.5.26)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する」という言葉がある。諸外国には、民衆が蜂起して革命を起こして腐敗した権力を倒したものの、その結果、より腐敗した権力が誕生してしまったという例が、枚挙にいとまない。これに対して、日本は革命を起こさずして権力を交代させてきた。それこそが権力の上に位置する権威・天皇を戴く歴史の力だったのである。そして今、国民の8~9割が愛子天皇の誕生を望んでいるのに、国家権力たる国会議員どもは正反対に、何が何でも愛子天皇の誕生だけは阻もうと、一般国民の中から「旧宮家系」という特定の家に生まれた男だけを「養子入り」させて皇族になれるようにするという、「新身分制度」をつくる法改正を強行しようとしている。皇室の尊厳も憲法も踏みにじる暴挙である!日本では、天皇に背き、民に背く横暴な権力が現れた時には、天皇と民が強く結び付いて、権力と対峙してきた。その恐ろしさを、令和の「愛子天皇でええじゃないか」国民運動によって思い知らせてやろうではないか!!
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…前回「〈長男崇拝〉男尊女卑と地方消滅」を書いたところ、コメント欄に同じような因習を体験したという感想が多数寄せられた。やはり「家督相続」の時代感覚を引きずる因習は、いまだ日本各地に残っているのだ。明治時代、長男が家督を継ぐ時代とはいえ、男子が生まれなかったり、夫と死別したりして女性が戸主となる家も存在したが、そのような家は、行政上、数にも入れられていなかったのだ。女性・女系天皇断固反対、「旧宮家養子案」を強硬に進める麻生太郎の頭の中は、さしずめこの時代のままなのだろう。そんな儒教的な男尊女卑を、根本からひっくり返してしまう作品が、小林よしのり著『神功皇后論』だった。日本人は、もっと巨大で、もっと危険で、もっと自由な女を知っていた!
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…年1回でもいいから「わしズム」がもう一度読みたい!先生もこのまま行けば90歳超えても元気なのでは?よしりん先生世代の漫画家と編集者はどういう関係だった?西部邁氏のいわゆる「弟子筋」の知識人たちが「保守の神髄」を継げていない理由とは?人気作家には「ヒット作の間に傑作」という法則がある!?先日の生放送での森暢平氏の解説を聞くと、今国会での「皇室典範改正」の成立は難しいと思えるけど、そうなると女性皇族の将来がまたしばらく宙ぶらりんの状態になってしまうのでは?沖縄では泡盛とオリオンビール、どちらを飲む?…等々、よしりんの回答や如何に!?
1. ゴーマニズム宣言・第605回「令和の〈愛子天皇でええじゃないか〉国民運動」
「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する」という言葉がある。
諸外国には、民衆が蜂起して革命を起こして腐敗した権力を倒したものの、その結果、より腐敗した権力が誕生してしまったという例が、枚挙にいとまない。
これに対して、日本は革命を起こさずして権力を交代させてきた。それこそが権力の上に位置する権威・天皇を戴く歴史の力だったのである。
国民の8~9割が愛子天皇の誕生を望んでいるのに、国家権力たる国会議員どもは正反対に、何が何でも愛子天皇の誕生だけは阻もうと、一般国民の中から「旧宮家系」という特定の家に生まれた男だけを「養子入り」させて皇族になれるようにするという、「新身分制度」をつくる法改正を強行しようとしている。
皇室の尊厳も憲法も踏みにじる暴挙であり、これだけでも高市自民党政権は既に腐敗し尽くして、強烈な腐臭を放っていることを示している。
国会議員どもは、国民の声というものをとことんナメ切っている。たとえ国民の8割、9割が反対しようと、権力である自分たちが強行してしまえば、国民なんてものはそのうち諦めて、忘れて慣れてしまうさと、完全に高をくくっているのだ。
だが、そうはいかない。驕れる者は久しからずだ。
天皇皇后両陛下や愛子さまは、国民からの圧倒的な敬愛の念を受けている。
そんな皇室と国民を一顧だにせず無視しようとする腐れ権力は、必ず報いを受ける。もしそうならなかったら、その時こそが日本の「国体」の終焉である。
23日に配信した生放送『愛子天皇しかあるまいが!#2』では、実は今国会では法改正まで持ち込めるかどうかわからないという「全体会議」の様子や、今も意気軒高である立憲民主党の動向などを、ゲストの成城大学教授・森暢平氏に分かりやすく解説していただいた。
そして終盤、わしは愛子天皇のための「ええじゃないか」運動を提唱したが、これにも賛同の声が多く、大変ありがたく思った。
そこで今回は、改めて歴史を学んで今後の指針とするべく、幕末の「ええじゃないか」についてまとめておくことにする。
慶応3年(1867)、明治維新の前年頃を中心に、人々が「ええじゃないか、ええじゃないか」と唱えながら、踊ったり歌ったりして、町や村を練り歩く大規模な民衆騒動・集団乱舞が広がった。
人々は仕事を休み、酒を飲み、仮装し、男女が入り混じって踊り、富裕層の家で酒食を振る舞わせたり、商家に金品を出させたりしながら、騒動は東海・近畿・中部地方にかけて広がっていった。
これは単なるお祭り騒ぎではなく、幕末の社会不安、世直し願望、政治変動への期待、宗教的熱狂が複雑に重なった現象と考えられている。
当時の日本社会は非常に不安定だった。開国以後、外国貿易の影響による物価上昇、米価の高騰、貨幣経済の混乱で庶民生活は苦しくなり、特に農村の疲弊、都市下層民の困窮は深刻だった。
さらに長州征討、将軍徳川家茂の死、孝明天皇の死、大政奉還など、政治の大事件が相次いでいた。
そんな積もり積もった社会不安を受けて、「ええじゃないか」は爆発したのである。
「ええじゃないか」という言葉には、「もう世の中がひっくり返るのだから、何をしてもええじゃないか」「今までの身分秩序や規則など、もうええじゃないか」といった、既存の秩序からの解放感が込められていたとされる。
幕府の力が揺らぎ、社会不安が続く中、民衆は日常の抑圧から一時的に解放される場を求めていたのだろう。
「ええじゃないか」の発端としてよく挙げられるのが「御札降り」だ。
伊勢神宮などの御札が空から降ってきた、家の中に突然現れた、道端に落ちていた、という噂が各地で広まった。そしてこれを神のしるし、吉兆、世直しの前触れと受け取った人々が「ええじゃないか」と唱えて踊りながら練り歩き、札が降った家では踊る民に酒や食事を振舞うという様式が定着したという。
もちろん、御札が本当に自然に降ったわけではなく、誰かが意図的に撒いた可能性はある。倒幕派や地域の有力者、民衆自身が騒ぎを広げたのかもしれないし、貧民が早朝に豪農や豪商の家に札を置いて、接待を要求したということもあっただろう。
特に「ええじゃないか」は、ちょうど大政奉還の前後に広がったことから、倒幕運動との関係がよく言われる。倒幕派が民衆騒動を利用して幕府側の統治を混乱させるべく、御札を撒いて騒ぎを誘導したというのだ。。
確かに中にはそんなケースもあったかもしれないが、だからといって、すべてが政治的に計画されたものと見るのは陰謀説的である。それでは、民衆を単に操作されるだけの烏合の衆と見下すことになってしまう。
実際には「ええじゃないか」が起こった事情は地域ごとに異なり、民衆の自発的な熱狂や、不満の爆発が大きかったものと考えられる。
しかも歴史的には、それ以前にも「ええじゃないか」の「原型」になったともいえる現象が確認できるのだ。
そのひとつは、江戸時代に何度も爆発的に流行した「おかげ参り」である。
これは庶民による伊勢神宮への集団参拝のことで、「伊勢の神様のおかげで参ることができる」という意味から、「おかげ参り」と呼ばれた。
特に有名なのは慶安(1650年頃)、宝永(1705年頃)、明和(1771年頃)、そして文政(1830年頃)のおかげ参りで、最大規模となった文政のおかげ参りにおける参詣者数は約428万人、当時の日本の総人口と比較すると、なんと全国民の7人に1人が参詣した計算になる。
おかげ参りでは、普段自由に旅行できない庶民や奉公人、女性、子供までが、仕事や家を抜け出して伊勢へ向かった。これを「抜け参り」とも言う。おかげ参りは単なる宗教旅行ではなく、日常の厳しい身分秩序や労働から一時的に離れ、庶民が自由や祝祭気分を味わう機会でもあった。
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小林よしのりライジング
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。 毎週、気に…


5バーン 『愛子天皇でええじゃないか』 北海道から皇居まで練り歩くか?
ゴーゴー5番 ライブ前の忙しい時に、夕方の配信ありがとうございます。 ライブの成功、お祈りしております。
四番打者 長嶋茂雄 配信ありがとうございます!🥰
パーマン3号はパー子‼︎ 今週もライジング配信お疲れ様ッス( ̄^ ̄)ゞ‼︎ 今週のライジングゴー宣ですけど、大いに大賛成ッスよ愛子天皇でええじゃないか・:*+.\(( °ω° ))/.:+案外、このええじゃないか運動で世の中を一気に変える力になるのはあり得ると思いますよ🌟⭐️✨ 今週のもくれん先生…