「乱数発生法」 精神のゆとり度 | 瑞霊に倣いて

「乱数発生法」 精神のゆとり度

・精神科医 中井久夫先生

 

 “乱数発生法については日本大学精神科・井村恒郎先生のお弟子さんの学位論文が出ています。その論文によれば、「できるだけデタラメに1から9までの数を言ってください」と指示すると、急性期ではなんと「123456789」「123456789」と言うんだそうです。それから次はどうなるかというと、できるだけ離そうと思って、「2、9」とか「1、8」とか、そういうことを続けるんだそうです。そしてだんだんほんとうにデタラメの乱数になっていく。

 この研究チームのリーダーと呑んだときにいろいろ話を聞きました。彼は山岳部のキャプテンで、その大学がヒマラヤに挑戦したときもアンデスに行ったときもリーダーとなってるんですね。そしてレシーバー(電話)で絶えず乱数を言わせたそうです。いちいちコンピュータにかけなくても、聞いたら声の調子でわかる。

 「いまから登頂するかどうかというときに、『123456789』『123456789』と言うことがあります」と彼は言っていました。そのときは「すぐ下りてこい」です。みなさんも、ゆとりがないなと思うときは自分で乱数を発生させてみて、「123456789」になったら、まずたっぷりと寝ることです。デタラメを言えるということは、精神にゆとりがあることです。これは一般的な「精神のゆとり度」の指標であって、決して統合失調症に限りません。

 彼はさらに、「いやぁ、じつは過酷な自然のためにそうなるわけじゃないんだ」と言います。グループが分裂したときに起こるんだと。つまり、登るべきか登るべきでないか。安全を考えて日にちを延ばすか、それともリスクを冒してでも突っ走るか。これは社会人と現役の学生の混合隊では、かならず起こる問題だそうです。現役の学生は金はないけど時間は延ばせるんですね。OB諸君は金はあるけれども、早く帰らなきゃならないので対立が起こる。

 とにかく、対立意見があるときに乱数が発生しない、つまりデタラメに数を言うだけのゆとりがなくなるのだそうです。自然の猛威よりも対人関係のもつれのほうが、ゆとりをなくさせるのですね。これを発表した人が、「乱数発生ってこうするんです」と言いながら、その場ではうまくできなかった。大家の前で発表するというワークショップでしたから、ゆとりがなかったんでしょうな。

 これは自分や同僚のゆとりの程度を知るために使うのによい方法かもしれません。患者さんに使うには何かが欠けているようで、実際やっている人はごく少数です。”

 

(中井久夫「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)より)

 

 

*これから冬山登山をされる方も多いと思いますが、この「乱数発生法」「三脈術」を覚えておかれると危険を回避するために役立つと思います。また、この方法は、仕事や人間関係などでのストレス度を判断することにも応用できます。

 

*中井久夫先生は、2020年のNHKドラマ「心の傷を癒やすということ」で、阪神・淡路大震災の被災者のケアにあたった若き精神科医が師事していた、神戸大学医学部の永野良夫教授のモデルとなった方でもあります。精神医学の分野で多大な功績を残されましたが、ラテン語やギリシャ語にも堪能であられ、その研究内容の深さといい、範囲といい、あまりにも膨大で、とても何冊かの本を読んだだけで理解できるものではありませんが、たとえ一冊だけでも読んでみれば、目から鱗が落ちるような思いをされるかもしれません。精神科医としての視点から述べられた天皇制や戦争と平和の問題についての意見、統合失調症の患者がふるう暴力への対応の仕方なども、非常に興味深いものでしたが、ここでは、先生の御著書の一つ「こんなとき私はどうしてきたか」に載っていた「乱数発生法」についてのみ紹介させていただきました(他にも数多くの有益な情報が載っております)。以下は、Amazonに掲載されているこの本「こんなとき私はどうしてきたか」についての説明文の引用です。

 

“本書は、ある病院の研修会で中井久夫氏が話した内容をまとめたものです。
 
 中井氏は現代ギリシャ詩やヴァレリーの名翻訳家、あるいはルネッサンス型博識を織り込んだ香気あふれる文章家として知られていますが、一方で、きわめて実務的な「現場の人」であり、「身体の人」でもあります。

 本書でも、暴力をふるう患者さんを抑える方法、誰からも文句の出ない病棟編成の仕方、「患者に初めて出会ったときの第一声はどうするか」「隔離室から出るときにはなんと言うか」等々、さまざまなアドバイスが、これまでの中井氏のイメージを覆すようなエピソードとともに語られます。

 "きれいごと"でないアドバイスは美しい。そして、真に臨床的な人だけが持つ「希望を失わない力」を感じていただければ幸いです。

 

*巻末の索引から「気になるセリフ」を見つけて、そこから読み出すのも一興です。付録の「精神保健いろは歌留多」も妙に楽しい。

 

著者について

1934年奈良県生まれ。精神科医。京都大学法学部入学後、医学部へ転部。京都大学ウイルス研究所、東京大学医学部附属病院分院、青木病院、名古屋市立大学、神戸大学などを経て、現在、神戸大学名誉教授。
1989年に読売文学賞、1996年に毎日出版文化賞などを受賞。”

 

 

 

 

 

 

 

 

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