第2話:褐色ビキニアーマー戦姫の重すぎる忠誠
木々をかき分け、轟音のする開けた場所へと飛び出したわしは、そこで信じられない光景を目にした。
「ハァッ、ハァッ……ッ!」
荒い息を吐きながら膝をついているのは、一人のうら若き女性だった。 健康的な褐色の肌に、銀色の長髪。獣耳や尻尾といった亜人の特徴は一切ない、純粋な人間の女性だ。 そして何よりわしの目を引いたのは、彼女が身に纏っている装備である。
(おおおおおっ! あれはまさしく、孫のラノベで見た『ビキニアーマー』というやつではないか!!)
防御力など皆無に等しい、肌色面積の暴力。汗に濡れて輝く褐色の肌と金属のコントラストに、わしの心臓(精神年齢88歳)は早鐘のように打ち鳴らされた。異世界、最高じゃ!
だが、状況は極めて深刻だった。 彼女を見下ろしているのは、身の丈5メートルはあろうかという四本腕の巨大な鬼神。全身から禍々しいオーラを放つその姿は、素人目に見ても『魔神』や『ボスキャラ』と呼ばれる類のものだ。
『ギョォォォォォッ!!』
魔神が四本の腕に握った大鉈を高く振り上げ、動けなくなった彼女へトドメを刺そうとする。
(いかん! あんな美しいお嬢さんを死なせるわけにはいかん!)
わしは咄嗟に飛び出した。 頭の中では、青春ラブコメの黄金パターンが駆け巡っている。 『絶体絶命のピンチに颯爽と現れるイケメン』→『ヒロインを抱きとめて救出』→『ポッ(惚れる音)』である。
「危ないっ!」
若者らしい、ハキハキとしたカッコいい声で叫びながら彼女の盾になろうと走り寄る。 しかし、わしは気付いてしまった。 このまま直進すると、地面に転がっているメロンほどの大きさの岩に躓いて、カッコ悪く転んでしまうことに。
(おっと、邪魔じゃな)
わしは走る勢いそのままに、軽いステップでその岩をポンッと蹴り飛ばした。 本当に、ただ進路を塞ぐ小石をどかしただけの、無意識の行動だった。
しかし。 極限まで圧縮されたわしの【レベル999】の脚力と、無尽蔵に溢れる魔力を乗せたその岩は、もはや小石などではなかった。
――ドギュゥゥゥゥゥゥンッ!!!
空気が弾け飛ぶような轟音。 蹴り飛ばされた岩は、赤いプラズマの軌跡を描く超質量の『隕石』と化し、音速を遥かに超えて魔神の極太の胴体へと直撃した。
『ギャ……?』
断末魔すら上げる暇もなく、魔神の上半身がトマトのように弾け飛んだ。 だが、岩の勢いはそれだけでは止まらない。 魔神を粉砕した岩はそのまま一直線に飛び続け、はるか後方にそびえ立つ巨大な岩山の中腹に激突。
ズドドドドドドォォォォォ……ッ!!!
大地が激しく揺れ、視界が真っ白な粉塵に包まれた。 数秒後、風が吹いて土煙が晴れると……そこには、見事にドーナツ状の大穴が開き、地形そのものが変わってしまった岩山の姿があった。
「…………へ?」
わしは自分の足と、消し飛んだ山を交互に見比べた。 いやいやいや。わし、ただ躓かないように石ころを蹴っただけじゃぞ? なんで山が抉れとるんじゃ?
「あ、あ、あぁ……ッ」
背後から、震える声が聞こえた。 振り返ると、へたり込んでいた褐色の戦姫が、わしを見上げていた。 その瞳孔は極限まで見開き、顔面は蒼白になっている。
(いかん! あんなバケモノを前にして腰を抜かしてしまったんじゃな! ここは優しく手を差し伸べて、安心させてやらねば!)
わしは極力爽やかな、18歳らしい笑顔を作り、彼女に向かって右手をスッと差し出した。
「怪我はないかい? さあ、立って(イケボ)」
さあ、わしの手を取るんじゃ。そしてその温もりを感じながら、「ありがとうございます……」と頬を染めるんじゃ!
しかし、彼女の反応はわしの予想を遥かに超えていた。
「ひっ……!」
差し出した手を見た瞬間、彼女は弾かれたように姿勢を正し、そのまま地面に額がめり込むほどの勢いで**土下座(平伏)**をしたのだ。
「お、恐れ多くも、我が命を救っていただき、言葉もございません! 一撃で魔神を屠り、山をも穿つその御業……貴方様は、伝承に聞く『武神』様に違いありません!!」 「……え? ぶしん?」 「我が名はアリア! この愚かで矮小な命、そして魂のすべては、今この瞬間より武神様のもの! どうか、どうかこの未熟者に、永遠の忠誠をお許しくださいませぇぇぇぇっ!!」
地面に額を擦りつけたまま、彼女――アリアは、狂気すら孕んだ熱狂的な声で叫び続けた。 差し出したわしの右手は、誰にも握られることなく、空しく宙を彷徨っている。
(ちがう……)
わしは、心の中で血の涙を流した。
(ちがう! わしはただ、手をつないで引っ張り上げたかっただけなんじゃーっ!! なんで土下座しとるんじゃあぁぁぁ!)
圧倒的すぎる力は、時として人の「恋心」を飛び越え、「信仰心」へと変えてしまう。 88年間の純潔がもたらした悲劇を、わしは異世界に来てわずか数十分で味わうことになったのだった。