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「財政出動不要論」について考える
前回の記事(仮にMMTが正しくても「特効薬にはならない」訳)では「政府によるさらなる財政出動は有効なものの、それが必ずしも特効薬になるわけではない」ことを確認しました。
さて、財政出動については必要性を訴える人がいる一方で、反対の声を上げるエコノミストも少なくありません。そこで今回は財政出動に反対する人の意見を検証し、両者の妥協点を探ります。
特に記事後半の「生産的政府支出(PGS)」の議論に注目していただきたいと思っています。「政府支出は経済成長に対してマイナスである」という当時のコンセンサスを大きく変えたPGS論文が1990年に発表されたことは、日本にとってきわめて大切な新しい論点です。
まずはこの意見から説明します。
改めて、生産性の本質を確認しましょう。生産性は、創出された付加価値の総額(=GDP)を全国民の数で割ったものです(1人あたりGDPとも言われます)。さらに分解すると、付加価値総額を働いている人数で割った金額(=労働生産性)に、全国民に占める働いている人の比率(=労働参加率)をかけたものが生産性です(生産性=労働生産性×労働参加率)。労働生産性が1000万円で、労働参加率が50%であれば、生産性は500万円となります。
一般的に、政府が支出を増やすと需要が増えます。増えた需要に応じて供給を増やすため、企業は人を雇います。その結果、失業率は下がり、労働参加率が上がり、生産性も上がります。
例えば、労働生産性が1000万円の場合、労働参加率が50%から60%まで上がれば、国全体の生産性は500万円から600万円まで上昇します。
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【政府支出は「労働生産性」にはプラスにならない】
しかし、政府支出の中身次第ですが、一般的には政府支出の増加は労働生産性にはプラスにならないとされています。場合によっては、生産性が上がっても、労働生産性が下がることもありうるからです。
なぜ労働生産性が上がらないのか、そのメカニズムを説明します。そもそも労働生産性は名目ではなく、購買力調整後の数字で見るので、インフレが起きた場合、調整されます。
また、労働生産性は、1人の労働者がどのくらいのアウトプットをしているかを見る指標です。労働生産性は、人的資本、物的資本、全要素生産性に分解して理解する必要があります。
1人あたりの労働生産性を見るとき、人的資本は同じ人がどのくらい働くかを測るので、政府支出の増加によってプラスの影響が出るのは残業の増加です。ただ、労働時間には制約があるので、大きな影響を生み出すことはありません。
物的資本は簡単に言えば設備投資です。全要素生産性は、人と設備投資をどの程度上手に組み合わせて活用しているかを測ります。技術力、経営能力、規模の経済、組織力、ブランド力などが全要素生産性として把握されます。
労働生産性が政府支出の増減と単純に連動しない原因は、政府支出の増加がどこまで設備投資と経営者の工夫につながるかにかかってくるからです。後ほどこの論点に戻りますが、とりあえずここで私が言いたいのは、ただ単に政府が予算を増やして、お金をばら撒いても、経済が持続的に成長し始めることはないということです。
政府支出が労働生産性を下げるメカニズム
改めて言うまでもなく、国全体の労働生産性は、各業種の労働生産性をそれぞれの業種で働いている労働者の数で加重平均することで求められます。
業種ごとの労働生産性は、かなり大きくばらついています。そのため、政府支出を増やす場合、全体の労働生産性より低い業種での雇用増を促す支出を増やすと、加重平均する際にその業種の寄与度が高まるので、全体の労働生産性が下がることも十分考えられます。
例えば、日本全体の労働生産性は546万円ですが、医療・福祉分野の労働生産性は289万円です。医療・福祉分野の雇用を増やすような政府支出を増やすと、労働生産性の低い医療・福祉分野の労働者の構成比が増えるので、この分野での労働生産性がそのままの場合、全体の労働生産性が下がってしまうのです。
労働生産性の低下は、通常、労働参加率の上昇分を上回るほどの悪影響は生じないので、労働生産性が下がっても、生産性は上がります。先の例で労働参加率が50%から60%まで1.2倍に増加した場合、1000万円の労働生産性が833万円(=1000万円÷1.2)まで低下しないかぎり、生産性は上がります。
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【安倍政権では「労働生産性」は上がらなかった】
そのため、完全雇用が達成されるまでは、労働生産性が上がらなくても、全体の生産性は上がります。現に、安倍政権の間、労働参加率は上がりましたが、労働生産性はそれほど上がりませんでした。
安部政権の間に増えた労働者は、非正規雇用者や最低賃金に近い低賃金で働く学生、高齢者が多かったので、生産性の低い労働者の構成比率が高まり、そのことが全体の労働生産性を低迷させることになりました。これは現実に起きた、まぎれもない事実です。
国の借金は経済成長に悪影響を与えるか
MMT提唱者の意見に従って、インフレになるまで支出を増やすことも可能かもしれませんが、単純に政府支出を増やすことが、どの国でも確実に経済にプラスになるかどうかは、また別の判断が必要です。
2011年に発表された「Growth and Productivity: the role of Government Debt」では、155カ国の1970~2008年のデータを分析して、GDPに対する国の借金比率が90%を超えると、経済成長に悪影響が出るというエビデンスが提示されています。
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【持続的な経済成長につながらない政府支出は逆効果】
さらに、借金の比率が90%を超えている国の場合、借金の比率が1割上がると、経済成長率にマイナス0.1%の影響が出ると分析されています。一方、借金の比率が30%以下の国の場合、0.1%のプラスとなります。
特に、借金の比率が90%を超えている国の場合、政府支出の増加は労働生産性に悪い影響を与えると指摘されており、大変興味深く読みました。
数多ある論文に目を通すと、どの論文でもGDPに対する国の借金の比率が90~100%を上回った場合、政府支出の増加は経済成長に対して悪影響を及ぼすとされています。どうしてそのようなことになるか、そのメカニズムと因果関係もしっかりと分析されています。
経済が成長しなかったから借金の比率が増えたのではなく、借金の比率が高くなればなるほど、借金が増えることで経済成長に悪影響が出ることが検証されています(この分析では景気のサイクルを調整しています)。これは私の意見ではなく、エコノミストによる155カ国に及ぶ、38年間分のデータをベースにした、しっかりとした統計分析の結果です。
日本でこれ以上「国の借金」を増やすことはできるのか
残念ながら、日本も例外ではありません。
日本では1990年代から政府支出が大きく膨らんでいます。GDPに対する政府支出は、近年では1990年が最低で13.5%でしたが、2012年には20.3%まで膨らんでいます。しかし、1990年代から、日本が失われた時代に入って抜け出せなくなっているのは、ご存じの通りです。結果として、GDPに対する政府の借金は世界一になりました。
1990年代、私はゴールドマン・サックスでアナリストとして勤務していましたので、当時日本政府が何をやっていたのか、ハッキリと記憶しています。
1990年代の日本政府は、「そのうち経済は回復する」という期待を抱いていたのか、先行投資というより現状維持のため、大きな支出を繰り返しました。何度も税率を下げ、個人消費を喚起しようとしましたが、結局実現できませんでした。
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【「その場しのぎ」の財政政策が借金を膨らませた】
支出を増やした場合でも、生産性の向上が狙いではなく、どちらかといえば既得権益を守ることにのみに注力していました。生産性の向上ができない企業でも生き残れるよう、需要創出のためだけに支出を繰り返していたような印象を持っています。
持続性のない需要の刺激策に終始してしまった結果、日本はイタリア、ギリシャ、スぺインなどの国と同様に、生産性の向上ができないまま、借金だらけになってしまいました。
先進国の政府支出が大きい原因は社会保障
政府支出が大きくなれば、生産性は上がる。そして生産性が高い国ほど、政府支出が多いというコメントをよく耳にしますが、すでに説明したように、この説はものごとを単純にとらえすぎているのです。
世界186カ国のデータを見ると、政府支出と生産性の間に相関関係はほとんど認められません。先進国に絞って見ても同じです。
逆に、政府支出ではなく、国の税収比率と生産性の間により強い相関関係が認められます。さまざまな論文でも確認できますが、生産性が高い国では税収が豊富で、国がそれを活用しているという因果関係があると考えるのが適切だと思います。要するに、税収が大きいからGDPが大きいのではなく、GDPが大きいから税収が大きいというのが正しい因果関係です。
さらに分析をすると、生産性・労働生産性ともっとも強い相関関係にあるのは財政黒字です。この結論は、反対意見3で紹介した論文にも書かれています。
生産性の高い国が税収を何に活用しているかというと、どちらかといえば、社会保障費で、それにより格差を緩和することが多いようです。例えば、「The impact of productive and non-productive government expenditure on economic growth」という論文のデータによると、1990年から2012年の間、高所得の国々のGDPに対する政府支出の割合は40%で、中所得と低所得の国々は26%と大きな差がありました。
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【「生産的政府支出(PGS)を増やす」という新しい視点】
しかし、高所得国では、政府支出における社会保障費の構成比が39%だったのに対し、中・低所得国では22%でした。結果として、社会保障以外の支出の対GDP比率は高所得国では24.4%、中・低所得は20.3%でした。表面的な違いほどの差はありません。
重要なのは「生産的政府支出(PGS)を増やす」政策だ
とはいえ、私自身、生産性向上を促進させるべきだと提言している以上、それを実現するには政府支出増加は必然だと考えています。実は、ここに冒頭で述べた「妥協点」があります。
経済学の世界では、景気が悪化しているときには政府が支出を短期的に増やして、デフレスパイラルに陥るのを防ぐ役割を担うべきという意見は当然で、これに否定的な意見を出す人はいません。
一方、1990年までは、中・長期的には、政府支出そのものが経済成長に悪影響を及ぼすということもコンセンサスになっていました。この結論も、しっかりとした統計分析を基に得られた結果でしたので、総論としては反論する余地がありませんでした。
しかし、1990年にハーバード大学のBarro教授が発表した論文により、議論の流れが一変しました。
その論文では、政府支出が経済成長に貢献しないことを統計的に分解して考察しています。結論として、政府支出を「生産的政府支出(Productive Government Spending:PGS)」と「非生産的政府支出(non-Productive Government Spending」に分けて考えるべきだと分析されています。
「生産的政府支出」とは民間企業の生産性に影響を与え、経済成長に貢献する支出を言います。その中には、インフラ投資や教育が含まれます。「非生産的政府支出」とは、簡単に言えば、社会保障費のような「移転的支出」を指します。
さらに議論を発展させた「The impact of productive and non-productive government expenditure on economic growth」という2018年に発表された論文では、59カ国の1993~2012年までのデータを検証しています。
この論文では、高所得経済の場合「非生産的政府支出」の構成比を1%ポイント下げて「生産的政府支出」を増やすと、経済成長率が0.05%上がる効果があることが確認されています。逆に、「非生産的政府支出」の比率が高くなることは、経済成長にマイナスの影響が出ることも明らかにされています。
また、政府支出の中で「生産的政府支出」を増やすと、生産性・労働生産性ともに上がる効果が確認できるとされています。
日本では、国が負担する社会保障費の政府支出に占める比率が、1973年までは20%以下でした。1993年までは25%以下で推移していましたが、その後、大きく上がって2001年に初めて30%台にのり、2010年には初の40%台となりました。税金と別に企業と個人が納めている社会保障料まで入れると、移転的支出はもっと大きくなります。単純計算では、広義の政府支出の70%が移転的支出になっていると思います。
「非生産的政府支出」の比率が高所得経済の平均である39%を大きく上回る70%まで高まっているので、見た目の政府支出総額以上に、政府支出による経済成長要因が目減りしてしまっているのです。
計算のうえでは、日本の「生産的政府支出」はGDPに対して約10%しかなく、先進国平均の24.4%、途上国の20.3%に比べても大幅に低い水準です。これが日本の経済が成長しない原因の1つでしょう。別の言い方をすると、日本は社会保障費の負担によって、経済成長の可能性が奪われているとも言えるのです。
なぜ「生産的政府支出」が経済成長にとって重要かというと、投資をしたお金がリターンとして返ってくるからです。生産性の向上につながり、法人税も所得税も消費税も増え、財政の赤字が縮小します。また、分母であるGDPも上がるので、財政が健全化していきます。
私は、日本経済はインフレにならないとしても、デフレではないほうがいいと考えています。
しかし、次回説明しますが、私は、政府支出を増やすだけで、デフレ脱却ができるとは思えません。それは日本のデフレ現象は、そこまで単純ではないからです。