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Conversation

私の塾には成績の悪い子が多かったが、私より頭が悪いと思えた子は一人もいなかった。ただ、お勉強の得意な子たちと決定的に違うことがあった。学ぶことを楽しめているかどうか。 お勉強のできる子は、知識が増えることを喜びとしていた。成績の悪い子たちは知識を毛嫌いし、学ぼうとしなくなっていた。決定的な違いはそこだけ、というのが私の印象。 で、子ども2人を育てるにあたって採用した仮説が「学びと遊びを区別しないほうがいい」。遊びの中に学びはある。学びはそのまま遊びそのもの。そうした構えで子どもたちと接しよう、と考えた。 子どもとは四六時中遊び、同時に学んだ。砂遊びしていたら、掘った穴に砂が流れ込んでいってしまう。なぜだろう?砂に水をかけると砂がへこんでしまう。なぜだろう? 水の中に小石を投げ込むとポトンといい音立てる。なぜだろう?飛び石は水より方が重いはずなのに水面を飛び跳ねる。なぜだろう? 遊びの中に不思議があり、その不思議を解き明かそうとすれば学びになる。なぜだ?と問うことはそのまま探究する遊びになる。遊びと学びは一体化できるはずだ、と私は考えていたけど、2人の子どもはまさに遊びながら学び、学びながら遊んで過ごした。 息子は今、語学で遊んでいる。写真は中国語を書き留めたノート。「これは中国語でなんというのだろう?」と思ったらGoogle翻訳し、それを書き留めているらしい。中国語だけでなく、英語、ポルトガル語、スペイン語、ドイツ語も同じようにして遊んでいる。 遊びだからか、いわゆるお勉強のようにはしたくないらしい。今日はバランスボールの上に腹ばいになりながら英語教材読んでた。真面目腐って背筋を伸ばして姿勢正しく本を読む、なんてことはしてない。好きな時に好きな遊び(学び)をしてるだけ。 遊ぶがごとく学べば、学びと遊びが一体化すれば、どんなことからも知識を吸収する。その仮説は今のところ、妥当だったみたい。子どもたちは知識欲に貪欲で、遊びながら知識を得ている。 学びって、生涯楽しめる遊びだと思う。学びが苦行になり、「勉強(つとめて強いる)」になれば、遊び要素がなくてつまらなく、何も楽しくないし頭にも残らないだろう。学びは楽しむのが一番。私はそう思う。 子どもたちが人生を楽しんでくれたらと思う。その最大のコツの一つが、遊びを学び、学びを遊ぶことだと思う。
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