凡人が6年で歌を仕事にするまで
はじめに
私には、最初から特別な才能があったわけではありません。
大きなバズも、有名な人に見つけてもらえるコネも、ずば抜けたセンスもありませんでした。
それでも6年間少しずつ手を動かしながら活動を続けてきた結果、いまは歌うことを仕事にできています。
こんにちは!Figaroです💐
Vtuberとして活動を始めて6周年を迎えました。
思いつきで始めた活動がここまで長く続くとは、当時の私は想像もしていませんでした。
この記事では個人Vtuberとしての6年間を振り返りながら、私が何を選び、何を手放し、どうやって活動を続けてきたのかを思い出しながら書いていきます。
Vtuberの話ではありますが、届けたい相手はVtuberだけではありません。
発信を続けている人、作ることを仕事にしたい人、伸び悩みながらも何かを諦めきれない人に向けた、ひとつの自己プロデュース論です。
まずはこの変化を見てください。
左は配信初期の画面。右は現在の配信画面です。
この一枚を見るだけでも、活動を始めた頃の私は決して「最初から完成された人」ではなかったことが伝わると思います。
① 手作り主義 ― 自分の世界を手作りする
「Vtuberになりたい」と思ったとき、私には「誰かに作ってもらう」という発想がありませんでした。
Live2Dという言葉も知らず、モデルを作ってくれる人に依頼する選択肢があることも知りませんでした。
ただ「やってみたい」という気持ちだけで動き始めたんです。
最初にしたことは、憧れていたVtuberグループを作ったクリエイターさんの投稿をひたすら見ることでした。
少しでも仕組みを知りたくて深掘りしていくうちに、イラストを動かすLive2DとWebカメラで表情を反映させるFaceRig(当時はこれがメインだった)にたどり着きました。
そこからようやく「自分でも作れるかもしれない」と思えるようになりました。
モデルに使ったのはニコニコで歌い手活動をしていた頃に友人が描いてくれたFigaroのイメージイラストです。
その人が作ってくれた大切なイメージのままVtuberになりたくて、本人に「パーツ分けをして動かしてみてもいい?」と許可をもらいました。
そこから半月ほど、ひたすらモデリングと向き合う日々が始まります。
これが本当に楽しかった。
大切に眺めていたイラストが、自分の手で少しずつ動くようになっていく。
睡眠時間も忘れて、毎日YouTubeの解説動画とにらめっこしながら作業をしていました。
▼当時お世話になったディープブリザードさんの解説動画
もちろん最初からうまくいったわけではありません。
終盤で致命的なミスに気づき、結局もう一度最初からやり直したこともあります。
それでも試行錯誤の末、なんとかLive2Dモデルが完成しました。
モデルができると、次は配信画面や待機画面が必要になります。
当時の私はAviUtlという無料の動画編集ソフトしか知らなかったので、とりあえずインストールして触ってみました。
友人のデフォルメイラストが上下にふわふわ動くだけの簡単な待機画面。
髪色に合わせた淡い色の配信背景。
いま振り返ると拙いところばかりですが、そのときの私にとっては「自分の世界が少しずつ形になっていく」感覚がありました。
そして準備開始から1ヵ月。初配信を迎えます。
今見ると背景もコメント欄の見せ方もかなり手探りです。
自分の感性を疑いたくなりますね。
それでも初配信の時点で、最大19人の方が同時に見に来てくれました。
たしか初配信当時はチャンネル登録者数190人くらい。
当時はニコニコ生放送とYouTube配信を同時に行えたので、準備中から少しずつ見つけてもらえていたのだと思います。
この経験から私は「自分で作ること」の強さを知りました。
外注しないことは、単なる節約ではありません。
(もちろん節約ではあるけど)
作りたいと思った瞬間に手を動かせること。
自分の違和感を自分で直せること。
その積み重ねが、活動全体の速度と納得感につながっていきました。
② 軸の再定義
デビューしてからしばらくのあいだ、私の配信にははっきりした軸がありませんでした。
歌配信もする。雑談配信もする。ゲーム配信もする。
その日の気分や憧れていたVtuberさんの真似をしながら、思いつくままに配信を組み立てていました。
それ自体はとても楽しかったです。
ニコニコ生放送でも歌は歌っていましたが、Vtuberとして配信を始めてからはのめり込み方がまるで違いました。
デビューから半年ほどで収益化が通り、本業を辞めて有給消化に入った時期には1日2回配信することが当たり前になるくらい時間を注いでいました。
ただ、振り返ると数字が安定していたのは歌配信だけでした。
日曜深夜に続けていた睡眠導入歌枠「すやすやラジオ」も、活動を支える大事な枠になっていました。
もちろん雑談もゲームも好きです。
けれど同接の動きや登録者の増え方を見ると、視聴者の方が私に求めてくれているものは「歌」なのだと数字が教えてくれていました。
そのことをはっきり受け止めたのが2022年7月頃です。
私は自分のチャンネルを「歌配信」に特化させることに決めました。
当時、バーチャル歌い手グループ「SODA KIT」に誘っていただいたことも大きな後押しでした。
歌を軸にしたグループの一員として私を選んでもらえたこと。
もっと歌が上手くなりたいという気持ち。
そして、もっと多くの人に届けたいという気持ち。
それらが重なったタイミングで「チャンネルの軸を一つに固定しよう」と決めました。
もちろん、一晩で決めたことではありません。
活動を続けながら何日も悩み、何度も考え直した末の結論でした。
歌配信を増やし、雑談配信はあえて少なくする。
ゲーム配信は2ndチャンネルに切り分ける。
配信内容そのものを整理することは、好きだったものを少し横に置くことでもありました。
方針を変えてからも、すぐに自信が持てたわけではありません。
YouTubeチャンネルとして結果が見え始めるまでには、数週間から数ヶ月の時間がかかります。
どの曜日の何時に配信するのが良いのか。
他のVsingerさんはどの時間帯に活動しているのか。
調べては真似て、少し変えて、また試す。
そんな日々が続きました。
歌配信に絞ったことで、以前のような雑多な楽しさが薄れたと感じた方もいたと思います。
実際に「Figaroの配信に面白みがなくなってしまった」と受け取らせてしまうこともありました。
結果がまだ見えない時期にそうした反応を受け取るたび、「本当にこれでよかったんだろうか」と何度も自問しました。
少しずつ手応えが出始めたのは、方針転換からおよそ1年後のことです。
ボイトレに通い始め、SODA KITのメンバーとしてデビューした追い風もあり、Vsingerの友人が増えて歌枠リレーに呼んでもらえる機会も増えていきました。
初めて配信に来てくれた方が歌を聴いて「上手ですね」とコメントしてくれる。
ファンの皆様が配信に駆けつけて、コメントで場を盛り上げてくれる。
ひとつひとつは小さな出来事です。
けれど、その積み重ねの中で「Vsinger Figaro」という認知が少しずつ定着していきました。
この経験から学んだのは、捨てることは諦めることではないということです。
何を残すのかを決めるために、何かを横に置く。
活動の軸を定めるとは自分の可能性を狭めることではなく、届きやすい形に整えることなのだと思います。
③ 続ける技術
6年活動を続けてきて思うのは、続けることに特別な意志はいらないということです。
必要だったのは気合いよりも「続けやすい形」を作ることでした。
デビューから何年も経つと、配信は「真新しいもの」から「見ていて安心できるもの」へと少しずつ変わっていきます。
なので私は、できる限り毎週配信スケジュールを作って公開するようにしています。
今週どんな配信があるのか。
その中で見たい配信は何時からあるのか。
視聴者の方がひと目で確認できる状態にしておきたかったからです。
無理のないスケジュールを組むことは、自分のためでもあります。
特に歌枠を定期化することは、喉の調子を整えるうえでも良い習慣になりました。
同時に、視聴者の方にとっても「この曜日のこの時間にFigaroの歌枠がある」と覚えてもらいやすくなります。
予定があることで、配信は少し生活の中に入りやすくなるのだと思います。
私はファンの方々のご支援に生活を支えてもらっています。
それは「働かなくていいよ」ではなく、「安心して制作や活動に時間を使ってね」という意味だと受け取っています。
だからこそ、無理に配信を詰め込んで体調を崩しては元も子もありません。
毎週楽しんでもらえることと、自分も楽しく長く続けられること。
その両方のバランスを探りながら今のスケジュールに辿り着きました。
配信時間も少しずつ見直してきました。
配信者は深夜帯(あるいは早朝の朝活帯)に活動することが多いです。
以前はわけも分からず朝10時頃という謎の時間帯に雑談配信をしていた時期がありましたが、今は組み方を少し変えています。
木曜のお昼12時から1時間の雑談配信。
歌枠は水曜日と金曜日の夜の22時から。
睡眠導入歌枠「すやすやラジオ」は、日曜日入眠前の23時に固定しています。
深夜の配信が遅くなりすぎると、自分の就寝時間も自然と遅くなります。
翌日に起きる時間も遅くなり、生活リズムが乱れる。
その積み重ねは集中力や気力の低下につながっていきます。
何度も体で思い知ってきたからこそ、今は「配信はする。でも生活も大切にする」と決めています。
休むことについても考え方が変わりました。
活動を始めてから数年間は、環境によるところもありましたが睡眠時間の短い毎日が続いていました。
毎日5時間前後しか眠れず、たまに思い出したように10時間も12時間も寝てしまう。
配信活動1本で暮らしていると、外に出る頻度も自然と減っていきます。
ある時期、本当に無気力でした。
毎日スマホをだらだら眺めて過ごし、配信の時間だけなんとか重い体を起こす。
寝ようにも寝入りに心臓がバクバクとしてうまく寝付けない。
そんな日々を送るようになって、ようやく自律神経が乱れているのだと気がつきました。
そこから睡眠習慣を見直し、数ヶ月かかりましたが今では安定して7時間以上眠れるようになりました。
眠れるようになると、毎日の活動にも自然と意欲が戻ってきました。
あわせて週に1日はできる限り配信関連の作業をしない日を入れるようにしています。
家にずっといると連絡周りやSNSをつい確認してしまったり、そのままだらだらと作業に戻ってしまう日もあります。
けれど、そんな日が続くと精神的に疲れてしまう。
だから1日はリフレッシュや買い物、お出かけにあてる。
休みが取れない週は、毎日どこかに「のんびり時間」を少しずつ分散させて、夜に作業するリズムでバランスを取っています。
新しいことを学ぶときも考え方は同じです。
最初から完璧に準備してから始めるのではなく、小さく始めて、走りながら整える。
Live2Dも動画編集もMixも、最初から綺麗にできたわけではありません。
After Effects、3D、AIのような新しいツールも、まずは触ってみる。
わからないところは必要になったタイミングで調べる。
完璧を目指して止まってしまうより、小さな一歩のほうが、ずっと先に連れていってくれる気がしています。
スケジュールも、生活リズムも、休息も、新しい挑戦も。
全部続けるための仕組みです。
「続ける技術」の根っこにあるのは、意志ではなくレール。
私はそう思っています。
④ 専業化のリアル
専業Vtuberになるまで私が綿密な計画を立てていたかというと、正直そうではありません。
本来なら、生活費や収益の見通しを立ててから専業に移るものだと思います。
けれど私の場合は、すでに当時の職場を辞めることが決まっていました。
その流れの中で少しずつ専業Vtuberに近づいていった感覚があります。
活動を始めた頃は仕事から帰ってきてからVtuberデビューの準備をしていました。
デビューしてからは仕事帰りに配信をする日々です。
今振り返るとかなり慌ただしい生活でしたが、当時はそれ以上に「自分の活動が少しずつ形になっていくこと」が楽しかったのだと思います。
配信を続けているうちに、チャンネル登録者数は少しずつ増えていきました。
収益化の申請が通ったのは退職のおよそ2ヶ月前。
収益化記念の配信ではスパチャでたくさんのお祝いをいただきました。
具体的な金額は伏せますが、当時の月給に近いくらいのご支援をいただいたことを覚えています。
もちろんそれだけで「これなら専業で生きていける!」と確信したわけではありません。
ただ、自分の活動に対してお金を払って応援してくださる方がいる。
その事実はとても大きな出来事でした。
趣味の延長だった配信が、少しずつ仕事の輪郭を持ち始めた瞬間だったのだと思います。
その後、いろいろありながらも無事に退職しました。
有休消化期間が1ヶ月あったのでそのあいだは次の職場を探しつつ、やりたかった配信をたくさんしていました。
朝に配信をして、日中は制作の勉強や作業をして、夜にまた配信をする。
いわゆる1日2回行動が増えた時期です。
今まであまり時間をかけられなかった活動にいつでも取り組める。
それが本当にありがたくて、毎日がとても充実していました。
歌ってみたのイラストを描いたり、動画を作ったり、配信の内容を考えたり。
仕事の前後に詰め込んでいたことを生活の中心に置けるようになったんです。
その結果、同接や収益も少しずつ安定し始めました。
当時はコロナ禍で、Vtuberという存在に注目が集まりやすい時期でもありました。
自分の努力だけではなく、時代の流れや巡り合わせに助けられた部分も大きかったと思います。
だから当時の感覚は「これで専業になれる!」と強く決意したというより、「配信が楽しくて、気づいたら職探しの優先度が下がっていた」に近いです。
今思うとかなり危ういですね。
でもそれくらい配信活動や制作に夢中になっていました。
専業になると活動に使える時間は一気に増えます。
それは大きな魅力です。
一方で、数年経つと少しずつ難しさも見えてきました。
一日中自宅にいると生活と仕事の境目が曖昧になります。
一日中活動のことを考え続け、数字が伸びない日はそのまま不安も大きくなる。
時間があるからこそ逆にメリハリを失ってしまう日もありました。
今思うと、兼業時代には兼業時代の良さがありました。
仕事があるからこそ限られた時間で集中できる。
配信できる時間が少ないからこそ、1回の配信を大切にできる。
専業には専業の自由さがあり、兼業には兼業のリズムがあります。
どちらが正解というより、その人の生活や性格によって向き不向きが変わるのだと思います。
私にとって専業化は、勇ましい決断というより、いくつかの偶然と準備が重なって生まれた流れでした。
退職が決まっていたこと。
収益化が通ったこと。
応援してくださる方がいたこと。
コロナ禍でVtuberへの関心が高まっていたこと。
そして、そのタイミングで自分が配信や制作に時間を注げる状態にあったこと。
運は自分だけで作れるものではありませんが、動いていなければ拾えなかった運もあります。
専業化のリアルは夢だけで語れるものではなく、生活と数字とタイミングの上に少しずつ形になっていくものなんだと思います。
この話を、あなたの現場に置き換えると
ここまで個人Vtuberとしての6年間を振り返ってきました。
けれど私が書きたかったのは「Vtuberはこうすれば伸びます!」という話ではありません。
活動の形は違っても、何かを続けている人なら似たような壁にぶつかることがあると思います。
自分に何ができるのか分からない。
好きなことはあるのに、どこに力を入れればいいのか分からない。
続けたい気持ちはあるのに、生活や気持ちが追いつかない。
いつか仕事にしたいと思っても、現実との距離に立ち止まってしまう。
私もずっとその繰り返しでした。
だからこの4つの軸はVtuberだけのものではなく、何かを続けている人の現場にも置き換えられると思っています。
「手作り主義」は全部を自分で抱え込むことではありません。
一度自分の手で触ってみることで、何を大切にしたいのかが見えてくるということです。
外注するにしても、誰かに頼るにしても、自分の中に判断するための感覚が育っているかどうかで選び方は変わります。
「軸の再定義」は可能性を狭めることではありません。
伸びているもの、求められているもの、自分が続けたいもの。
その重なりを見つけるために一旦何かを横に置くことです。
「何でもできる状態」より「何を届けたいのかが伝わる状態」のほうが、誰かに見つけてもらいやすくなることがあります。
「続ける技術」は気合いの話ではありません。
予定を作ること。
休む日を決めること。
生活のリズムを整えること。
小さく始めて、走りながら直していくこと。
続けられる人は、意志が強い人というより続けやすい仕組みを作っている人なのだと思います。
「専業化のリアル」は、夢だけではなく生活の話です。
好きなことを仕事にするには気持ちだけでは足りません。
数字やタイミング、生活費、運の流れも関わってきます。
けれど、準備も行動もしていなければ拾えなかった運もあります。
インターネットのおかげで、個人が自分の経験や創作を届けられる場所は増えました。
誰かにとっては動画かもしれないし、文章かもしれない。
音楽、イラスト、配信、ハンドメイド、日々の記録かもしれません。
大きな才能がなくても、最初から完成されていなくても、自分の手で少しずつ整えていくことはできます。
その過程そのものが、いつか誰かの共感や励ましになることもあります。
私がこのnoteで伝えたいのは、特別な人だけが続けられるわけではないということです。
凡人のままでも、選び直しながら、整えながら、続けていくことはできる。 そして続けてきた時間は、いつか自分だけの物語になっていくのだと思います。
7年目へ
私は6年経った今でも、まだ自分を凡人だと思っています。
大きなバズがあったわけでも、最初からずば抜けたセンスがあったわけでもない。
けれど、何もないと思っていた自分にも少しずつ育てられるものがありました。
「才能は開花させるもの、センスは磨くもの」
漫画『ハイキュー!!』に出てくる私の大好きな言葉です。
この言葉に何度も支えられてきました。
才能は最初から完成された形で持っているものだけではない。
センスも生まれつき決まっているものだけではない。
触れて、迷って、選び直して、少しずつ磨いていけるものなのだと思います。
6年間活動を続けてきて得たものは、収益や数字だけではありません。
頭の中にぼんやりとあった世界が少しずつ形になっていく感覚。
「趣味」の枠を少し飛び越えて、自分の存在を世界の中に置いていく喜び。
何もないと思っていた自分を好きだと言ってくれて、応援してくれる人がいること。
そのひとつひとつが、私にとって大きな成果でした。
もちろん、続けていれば何でも必ずうまくいくとは言えません。
普通に上手くいかず、選び直さなければいけない時期もあります。
休まなければ精神的にもたない日もあります。
運に助けられる瞬間もあれば、数字に落ち込む日もあります。
それでも凡人のまま手を動かし続けることはできます。
自分の世界を少しずつ整えていくことはできます。
もし今、何かを続けているのに伸び悩んでいる人がいるなら。
最初から完璧な答えを持っていなくても大丈夫だと思います。
今あるものを見つめて、少し試して、違ったらまた選び直す。
その繰り返しの中でしか見えてこない景色があります。
私は7年目も、自分の世界を手作りしながら進んでいきます。
歌うことも、配信することも、文章を書くことも。
まだ見たことのない形に、少しずつ整えていきたいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
もしよければ私が作っている世界ものぞきに来てもらえたら嬉しいです。
この記事ではかなり丁寧に振り返ってきましたが、配信では元気にはっちゃけている日もあります。
そのギャップも含めて、Figaroという活動の手触りを楽しんでもらえたら嬉しいです💐
💐5月28日 3D Birthday Live開催!
5月28日はFigaroの誕生日です!
今年は3DライブをYoutubeで無料配信します!
Figaroのオリジナル曲や大好きな楽曲のカバーを楽しんでもらえたら嬉しいです。
このサムネイル、超お気に入りです。



投稿ありがとうございます。 リスナーとしてもとても興味深い内容でした。文章を読みながら、配信でこれまで語ってこられた言葉が一つ一つ思い返されるような懐かしい気持ちになりながら、世界を手作りするという事がどういう事なのかより深く知れた気がします。活動者ではなくても自分の事に置き換え…
とても興味深く読ませていただきました。
初めまして!私はつい最近専業イラストレーターになったばかりなのですが、ふぃがろさんのこのnoteには共感しかないです…!! 綺麗に言語化していただき、頭の中がクリアになりました。 自分の手で作ること、継続すること… こちらのnoteの言葉を大切に覚えて、日々向き合っていこうと思います。…
「自分の世界を手作りする」に沿って新しいチャレンジされていてすごいと思ってます。 止まるんじゃねえぞ。。