【AI時代だからこそ、私たちが絶対に手放してはいけないもの】
先日、ある人と話していて、
「裁判官はAIにすべきだ。人間の曖昧な判断のせいで、無実の人が60年間も牢屋に入れられるような悲劇をなくすために、AIで即座に判決を下すべきだ」という意見を耳にしました。
確かに、人間のエゴや偏見で人生が狂わされる悲劇への憤りはよく分かります。
でも、私はその話を聞いたとき、心に強い「違和感」を覚えたのです。
それは本当に、人間にとって幸せな世界なのでしょうか?
確かに人間の感情や「情」というものは、不確実で曖昧なものかもしれません。
でも、そこには「人間の温かみ」があります。
簡単に白黒つけられない葛藤の中にこそ、私たちが人間として生きる大切な意味があると思うのです。
宇宙の歴史を振り返ると
(かつての他の星の記憶のように)、
効率や情報ばかりを優先して「感情」を非効率なノイズとして手放してしまった文明は、やがて自分がなぜ存在しているのかという根源の喜びを失い、ロボットのようになって自滅していきました。
今の地球がこれほどの情報過多になっているのは、同じ過ちを繰り返すためではありません。
「溢れる情報(AI)に振り回されず、ハート(心や感情)を大切にするバランス」を学ぶための、大きな挑戦なのだと感じます。
◇
そしてもう一つ、魂の視点(創造主の視点)から見れば、物事は「善・悪」や「イエス・ノー」だけで簡単に決められるほど単純ではありません。
人間的なエゴから見れば「60年間も無実で閉じ込められた悲劇」だとしても、
もしかしたらその魂にとっては、
外の激動の世界でさらに重いカルマを積まないための、前世からのカルマを完全に浄化しきるための「最大の守り」であり、
魂のシナリオにおける「最善」だったのかもしれない。
今の地球は、カルマの法則(眠りの意識)から、すべてを自分で生み出す「創造主の意識」へと移行する過度期にあります。
だからこそ、効率やデータだけで一律にバッサリと裁いてしまうAIには、見えない宇宙の計画や、魂のカルマのバランスを感じ取ることはできません。
簡単に答えを出さない「余白」の中にこそ、愛がある。
AIは、私たちが本来の自分に還り、心豊かな時間を生み出すための素晴らしい「サポーター」であってほしい。
情報(左脳)に支配されるのではなく、
私たち人間がどっしりと内なる源(ソース)のエネルギーと繋がり、愛と調和のバランスを生きていくこと。
これからの時代、それが何より大切になるのだと改めて深く感じています。
皆さんは、どう感じますか?✨


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