はじめに
果たして、米国のドナルド・トランプ大統領には、イラン戦争に対する明確な戦略があるのだろうか、あるにしても見えにくいというのが、本稿の趣旨である。
だとすれば、イラン戦争はどのような形で進むのか、あるいは終わるのかを考察してみたい。
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランを攻撃し、首都テヘランなどを空爆、最高指導者アリー・ハメネイ師を殺害したと報じられている。
トランプ氏は、イランを攻撃し国の指導者層を排除すれば、イランの体制が転換し、早期の戦争が終結すると目論んでいたように見える。
しかし、現段階でその目論見は大きく外れたと言っていいだろう。場当たり的とも言えるトランプ氏の言動により、一時的な停戦はできても、本格的な停戦交渉は難航し、イラン戦争の終わりが見えてこない。
イラン戦争は長期にわたり泥沼化する危険性すらある。
トランプ氏は、イランの核開発やウラン濃縮を阻止するため、「交渉に応じなければ、さらに厳しい軍事行動に出る」という強い警告・脅しを発し続けているが、イランは主権侵害や防衛力低下につながるとして強硬にこれを拒否している。
また、イランが事実上封鎖しているホルムズ海峡について、トランプ氏は、逆封鎖や攻撃の脅しで開放させようとしているものの、イランは屈しそうにない。それどころか、脅しはイラン国内の結束を強めているようにも見える。
原油価格の高騰が続けば世界中でインフレが加速し、今年秋の米中間選挙には否応なく影響する。
トランプ氏としては何としてもイラン戦争の早期終結を目指したいところだろうが、交渉の「決め手」を欠き、対応に苦慮しているのが現状ではなかろうか。
おそらくトランプ氏はイラン人の心理や行動パターンを十分検討せずにイラン戦争に突入したというのが、最も真相に近いように思える。
なぜなら、要求をはねつけるイランの姿勢に攻撃再開という脅しをかけているトランプ氏の姿からは、「当惑」と「焦り」の感情がにじみ出ているように見えるからだ。
筆者には歴史的な次の2つの事例が想起される。
1つ目は、ルース・ベネディクトの著書『菊と刀』である。
第2次世界大戦中、文化人類学者のルース・ベネディクトは米政府の米国戦時情報局(OWI:Office of War Information)の依頼を受け、敵国である日本人の心理や行動パターンを分析するための研究を始めた。
その研究成果がのちに『菊と刀』として出版された。
ベネディクトは、日本人が天皇を「神聖な義務」として重んじる心理を分析し、天皇を利用して統治する方が直接統治よりも円滑に進むと示唆した。
これが米国政府の「天皇制存続」の方針決定に貢献したと言われている。そして、米国は日本の占領政策に成功した。
2つ目は、「ハノイ対話」である。
「ハノイ対話」は、1997年6月にベトナムの首都ハノイで、ベトナム戦争当時の米越の当事者たちが、当時どのように情勢を判断し、なぜ戦争を回避できなかったのかを検証することを目的として行われた歴史的な会合である。
ベトナム戦争当時のロバート・マクナマラ国防長官は当初、北爆(北ベトナムへの爆撃)の強化がベトコンの南ベトナムにおける軍事行動や侵攻を停止・抑制できると確信していた。
しかし、米国の圧倒的な軍事力をもってしても北ベトナムの意志を屈服させることはできなかった。
その対話の中で、膨大な犠牲者(ベトナム側を中心に数百万人規模)を出しながらも戦争を継続したベトナム側に対し、マクナマラが「なぜ犠牲を減らす交渉をすぐに始めなかったのか」という、米側の論理で疑問を投げかけた。
この質問に対し、ベトナム側は「これは自国の独立と統一のための戦争であり、交渉によって犠牲を減らすという選択肢はなかった」という趣旨の回答をしている。
ところで、上記の2つの事例に共通するのは、「外国人は我々と同じ考え方をするのであろうか」という疑問を抱くことの大切さである。
これは情報分析に当たる者が持つべき疑問の一つであるとされる。
かつて、フィリピンのルバング島から1974年に帰還した元陸軍少尉・小野田寛郎氏は、筆者が拝聴した講演会で、「犠牲者(戦死者)が増えれば、反戦世論が高まり、民主主義国では政府が戦争を続けられなくなる」という教育を受けてきたという趣旨の話をしていた。
当時の日本は、それを米国の弱点と見ていたのであろう。
しかし現実には、犠牲の増加は、人々の戦意を喪失するよりも、さらなる敵意を駆り立てる要因となることを、我々はいま、ウクライナやイランで目の当たりにしている。
さて、上記の2つの事例はいずれも、特に米国にとって貴重な歴史の教訓と言えるのではなかろうか。しかし、残念なことにイラン戦争ではその教訓が十分に生かされていないようだ。
トランプ大統領はことあるごとに「世界最強で圧倒的な軍隊を持っており、容易に勝利するだろう」と述べているが、こうした姿勢こそ歴史に学ばない驕りにどうしても見えてしまう。
軍や側近が歯止め役となっていた第1期トランプ政権と異なり、第2期政権はトランプ氏に忠実な側近で固められ、勇気をもって「ノー」と言える人材が少なくなっているのも事実であろう。
以下、歴史に興味のある方には何をいまさらと思われるかもしれないが、『菊と刀』および「ハノイ対話」について述べてみたい。