【槍弓】俺がDTなのは初恋の男が全部悪い【1話】
連載煮詰まってついった裏垢【twitter/konoshiro_CE】で突発で書き始めた槍弓。
・大学生×社会人
・槍が童貞(ワケあり)
・弓が積極的な襲い受(ワケあり)
・槍が押されっぱなし(かっこいい槍はあまりいない)
・槍が女性とお付き合いしていた表現あり
以上、大丈夫な方は読んで頂けますと嬉しいです。
続けばいいなー。
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私たち、もう別れましょうと。長いプラチナブロンドを背に垂らした少女が、俯きがちにそう呟いた。あー、やっぱりな。呼び出されたときからうすうす感じていた、ふたりを包む重苦しい空気に、なんとなくその言葉を予想していたランサーは、大した動揺もなく、そうか、と淡々と返した。
太陽の自然な光を取り入れるために、天井を大きく切り取った天窓。ステンドグラスをあしらったそれから降り注がれる光は明るいのに、ふたりの周りだけ影が落ちている気がする。
テーブルに並べられた手つかずのコーヒーは随分前から冷えてしまっている。手持無沙汰にカップを手に取り口をつけると、案の定冷え切り特有の苦味ばかりが強調されていて、飲めたものではなかった。
「ランサー、すごくかっこいいし優しいし、私にはもったいない彼氏なのかもしれないけど……。でも、ランサーは私のことなんか見てないよね。一緒にいても、キスもしてくれないし、上の空で何考えてるか分かんない。……もうやだよ、こんなの。ちっとも楽しくない。私は、私をちゃんと見てくれる彼氏が欲しかったの」
「…………」
ランサーは何も答えない。少女の声が涙混じりになるのをぼんやり聞きながら、そういえば前もこんなふうに、テーブルの向こうで付き合っていた彼女が泣いて、同じようなことを告げてきたことをふと思い出していた。
あのときも俺は、俯いて涙を拭う元カノの言葉を、一言も言い返すことなく黙って聞いていた気がする。さらりとこぼれた彼女のなめらかな髪が、天窓から入った風にわずかに揺れた。
「……ほんとは別れたくないよ。でも、ランサーに見てもらえないなら意味ないもん……このままでいるのはつらいの……。だからもう、別れよ?」
「…………」
どうせ、ランサーは私に全然興味なんてないんでしょ。そう言って顔を上げた少女は、悲しさと悔しさとを複雑に混じらせた表情で、卑屈そうに笑った。カタンと椅子を引いて、キーホルダーのたくさんついた学生鞄を手に取る。身じろぎひとつせずにその所作を眺めているランサーを見下ろして、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「……私のこと、好きって言ってくれる男の子がいるの。ランサーみたいにかっこいいわけでもスポーツが得意なわけでもない、正直言って冴えないひとだけど……でも、ちゃんと私を見てくれる。私にはそれだけで十分なの」
「…………」
「私、しあわせな恋愛をしたい。だからランサーとはおしまいにするの。……今までありがとう。……さよなら」
もしかしたら、彼女は引き留めて欲しかったのかもしれない。黙って少女の顔を見上げているランサーに、一瞬だけ縋るような目をした少女は、けれどランサーの無反応さに失望したような表情を浮かべ、音を立てて席を立ってしまった。
両手で顔を覆い、狭い店内を足早に駆けていく少女の小さな後姿と、何事かとざわつく周囲を視界に入れながら、しかしランサーは彼女に声をかけることも追うこともせず、ぼんやりと物思いに耽っていた。こんなやりとり、もう何度目だろう。他人事のようにそんなことを考えながら、頬杖をついて遠い目をする。多分、新しい彼女をつくるたびに同じことを繰り返してきたと思う。
ランサーが何を考えているか分からない。私を見てくれない。付き合っている気がしない。これじゃ彼氏彼女の関係なんかじゃないと、かつての恋人たちは口をそろえて同じことを言っていた。ランサーは優しいけど、それは私にだけの特別な優しさじゃないよねと言った彼女たちは、みな一様に失望の眼差しをこちらに向けてきた。
そりゃそうだろう。彼女たちは、ランサーに特別な気持ちを求めていた。それなのに、それが全て独りよがりの一方通行でしかなかったら、落胆せずにはいられないに違いない。そうとは分かっていても、ランサーは彼女たちの欲しがるものを与えてやることはできなかった。与えてやりたくとも、その根本をなす気持ち自体、ランサーの胸に芽生えることがなかったから。
「…………」
ぎしっと背もたれを軋ませて、天井を見上げる。切り取られた窓の向こうに見える夏の空は青く遠くて、こんな鬱屈した気持ちを抱える自分とはまるで正反対だ。ステンドグラスに通された虹色の光がまぶしくて、きゅっと紅い目を細める。ふーっと、細く長い溜息が漏れた。
彼女、泣いてたかな。別れる寸前、悲しげに、悔しげにくしゃりと顔を歪ませた彼女の容姿を思い出そうとして、けれどぼんやりとしか記憶に残っていないことに気付いて、ああ、俺って奴ァ、本当に薄情モンだなと他人事みたいに思った。
別に、彼女が記憶に残らないほど魅力的じゃなかったわけでも、可愛くなかったわけでもない。プラチナブロンドの髪とふっくらと白い頬、ぷっくりと柔らかな紅い唇をもった美人だった。彼女から付き合ってと声をかけられれば、たいていの男がふたつ返事で了承するくらい、モデル然とした可愛い娘だったと思う。
それなのに、彼女の容姿も肢体も愛らしい声も、ランサーの琴線に触れることはなかった。彼女だけの話ではない。今まで付き合った女の子たちに対して、ランサーは恐ろしく無関心だった。
自分でも不思議に思うくらい、彼女たちに意識が向くことはなかった。できるだけ大事に、快活に接してきたつもりだったけれど、聡い彼女たちはすぐにランサーの己への無関心さを見抜いてしまった。
こういうとき、不謹慎ながらも女ってすげえなと素直に感心してしまう。もしも己が女だったとしたら、そんな些細な感情の機微なんて気づきもしないで、不誠実な彼氏の上辺ばかりを見て、手放しに喜んでいただろうから。
「……なんでかねぇ……」
今まで付き合い、そしてほどなく別れてしまった元カノたちのことを思いだそうと目を細めても、ランサーの無関心さは彼女たちの記憶を留めてはくれなかった。顔も名前も一致しない。ただ『付き合った』という形だけの事実が残るだけで、ひとりひとりの記憶はさっぱり掬い出せなかった。
澄み透る空から目を離して、冷えたコーヒーに口をつける。苦くて不味い。形の良い眉をぎゅっと顰めながら、一息に飲み干した。
一緒に注文したアップルパイにはこれでもかってくらいメイプルシロップをたっぷり垂らして、大口を開けて一口で食べてしまう。半分ヤケだった。もぐもぐと口いっぱいに頬張って、ごくんと音を立てて飲み下す。こんなときでもなきゃ、美味い飯出すカフェなんだけどな。空っぽの皿を溜息交じりに眺めながら、ランサーは小さく肩をすくめた。
注文したものを全て平らげてしまうと、ランサーは重い腰を上げて席を立った。先ほどの修羅場を見ていた周囲の人間たちの好奇の視線を、ちくりちくりと背中に感じながら、顔なじみのマスターに勘定を払う。またかい? もてる男はつらいねぇなどと冗談交じりに言ってくる初老のマスターに苦い笑みを返して、ベルのついた扉を押し開いた。
かららん、とクラシカルな音色が見送った。いつの間にこんなに時間が経っていたんだろう。外はもう夕暮れ間近の赤みが広がっていた。
仲睦まじく会話しながら、今出たばかりの喫茶店に入っていく男女とすれ違う。手を絡め合ってぴったり寄り添うそのどちらもしあわせそうだ。お互いがお互いをちゃんと思い遣っているのが、ふたりの表情を見ただけで分かる。ランサーは胸の底に溜まった澱を絞り出すように、深い溜息を吐いた。
「……俺って、やっぱゲイなのかね……」
女は可愛い。ふくよかな胸もぷりぷりでかい尻も柔らかい体も眼福でしかない。けれどいざ女と付き合っても、ちっとも長続きせずに破綻してしまう自分は、もしかしたらアブノーマルなんじゃないかと、ここ最近ずっと心に重くのしかかっていた疑問が再び胸を押し上げて、ランサーは憂鬱な気分になった。そんな馬鹿なことってあるもんか。男とゴニョゴニョなぞ死んでもごめんだ。しかしそうはいっても現実は不義理な自分に失望した女の子にフラれてばかりだ。解せない。
「……俺だってなぁ、フッツーに色恋くらいやりてーわちくしょー……」
先ほど別れた彼女の言葉を思い出しながら、ランサーはとぼとぼと喫茶店をあとにしたのだった。