山村達也 山村達也

農薬メーカーで7年、営業職として働いて、農家になって見えたこと ― 農薬メーカーの営業職への就職・転職を考えている人へ ―

先に、結論のようなものを書いておきます。

農薬メーカーの仕事は、人の話を聴ける人には向いている仕事だと思います。

農家、JA、流通。それぞれ立場が違い、それぞれ悩みも違います。自分の話をするより、まず相手の話を聴ける人。農業現場が好きな人。そういう人には、かなり面白い仕事です。

ただ、成果が自分の努力だけで決まってほしい人には、苦しく感じる場面もあると思います。

私は2011年から2018年まで、農薬メーカーで営業職として7年間働きました。その後、農家に転身し、現在は静岡県富士市で野菜を作っています。

農薬を「売る側」として7年、「買う側」として8年近く。同じ農薬というものを両側から見てきた立場として、農薬メーカーの営業職への就職や転職を考えている方に向けて、できるだけ正直に書いてみたいと思います。

一日の仕事はこんな感じでした

営業時代の、ある普通の一日を書いてみます。

朝7時半に家を出て、8時半には最初のJAへ向かいます。午前中はJA担当者の方と一緒に農家を訪問します。

「最近アブラムシが増えてきた」 「去年より病気が早い気がする」

そんな話を聞きながら畑を見て回り、今の状況に合った防除の提案を考えます。

午後はJAの各拠点を回りながら情報収集や商品紹介を行います。

「今年はコナガが多い」 「○○剤が足りなくなりそう」

現場の空気は、こういう何気ない会話の中にありました。その後、試験をしている圃場へ行き、薬剤の効果や病害虫の発生状況を確認します。夕方には流通担当者のところへ顔を出して情報交換をします。

家に帰って、ご飯とお風呂を済ませた後も仕事は続きます。会社への報告書の作成、試験結果のまとめ、お客様からの問い合わせに対する調べ物、商品説明資料の作成などです。

「この農薬とこの農薬は混ぜても大丈夫か」 「○○剤の試験事例の資料を送ってほしい」 「生産者向けに説明会を開いてほしい」

といった問い合わせも多く、調べたり資料を準備したりしながら対応することも少なくありませんでした。寝るのはだいたい24時前後です。

会社によって違いはあると思いますが、私の場合は慢性的な人手不足もあり、長時間労働は日常でした。特定の繁忙期があるというよりも、時期によってやることが変わります。いつも何かしら仕事があるという感じです。ただ、天候によって防除が進まず、売上が伸びないということはあります。

また、「営業職」と言っても単純なモノ売りではありませんでした。病害虫、雑草、防除体系、農薬登録、混用可否。勉強量はかなり多い仕事で、働きながら学び続ける必要がありました。

農薬メーカーの営業職とは

農薬メーカーの営業という仕事は、一般的な営業とは少し違います。

業界には大きく「系統」と「商系」という流通があります。系統は、メーカー→全農・経済連→JAという流れです。商系は、メーカー→卸商→資材店や種苗店などの小売店という流れになります。

私が勤めていた会社は、JAルート中心の「系統メーカー」でした。

営業担当者の大きな仕事のひとつは、JAが作成する「防除暦」に自社製品を掲載してもらうことです。防除暦とは、「いつ、どの病害虫に、どんな薬剤を使うか」がまとめられた栽培指針のようなものです。掲載されるかどうかで売上は大きく変わります。

なお、防除暦がない作物へのアプローチはもっと泥臭いものです。該当しそうなJAや農家を自分で探して会いに行き、一から紹介していく。そういう地道な営業が基本になります。

そのため営業先は農家だけではありません。JA担当者との関係づくりも非常に重要でした。農家、JA、流通。それぞれ立場が違います。その間に入りながら話を進めていくため、「人との仕事」という側面がかなり強かったように思います。

この仕事の難しさ

農薬メーカーの営業職で、一番難しかったのは「現場の課題」と「自社製品」をうまくマッチさせることでした。

農業現場には地域ごと、作物ごとに課題があります。ただ、その課題を必ずしも自社製品で解決できるとは限りません。正直、「良い提案をしたから売れる」という世界ではありませんでした。価格、お付き合い、流通の事情。営業個人では動かせないことも少なくありません。

努力だけで結果が決まらない場面は、かなり多かったです。欠品など、自分ではどうにもできないことで謝り続けなければならないこともありました。入ってみて初めて分かることも多い世界です。

一方で、紹介した農薬がうまくはまり、「助かったよ」と言ってもらえた時の嬉しさは大きかったです。色々な産地に行けることも面白さでした。同じ作物でも地域によって作り方が違う。農家ごとに考え方も違う。農業の奥行きを知れたことは、この仕事をしていて良かったことのひとつです。

自分なりに辿り着いた営業スタイル

私は最終的に、「自社製品で解決できないことは無理に売らない」という考え方に落ち着きました。

マッチしない現場では、他社製品を含めて、自分が思う最適解を正直に話す。「うちの商品より、他社の○○の方が合うと思います」と伝えることもありました。すると不思議なもので、後から別の商品を選んでもらえることもありました。

今振り返ると、売ることより、まず相手の話を聴いて、その現場に合うものを考える方が結果的にはうまくいっていた気がします。

ただ、このスタイルにも限界はありました。現場から求められる知識は年々広がり、農薬ソムリエのような役割を期待されることが増えていきました。病害虫だけではなく、肥料、栽培、生理障害、さらには経営的な相談まで。労力に対して成果が見えづらくなってきたこともあり、最終的に退職を決めました。

農家になって気づいたこと

農家になって驚いたのは、農薬メーカーの営業担当者とほとんど話さなくなったことです。

私が勤めていた会社でも、担当営業は2人から1人に減っていました。人手不足の影響もあり、営業が回れる範囲は限られていきます。当然ながら、大きな産地ほど優先順位は高くなります。一方で、小規模産地ではメーカーとの接点が減り、情報も届きにくくなっているように感じます。

大規模産地も決して楽ではないと思います。生産面積は減少傾向にあり、競争は激しい。一方で、中小規模産地まで細かく回れるほど人手もない。農家になって外から見ると、営業現場の難しさが以前より分かるようになりました。

また、自分自身、困った時にメーカー営業へ電話することはほとんどありません。まず調べる。農家仲間に聞く。SNSを見る。情報の流れは確実に変わっています。以前のように、防除暦やJAだけが情報源だった時代ではなくなってきています。メーカー側も、「どう情報を届けるか」を模索している途中なのではないかと思います。

業界の現在地

国内農薬市場は縮小傾向にあります。クロップライフジャパンのデータによると、2024農薬年度の出荷額は約3,539億円で前年比ほぼ横ばいですが、出荷数量は減少が続いており、メーカーが単価を上げることで金額を維持している構造です。また農林水産省は2050年までに化学農薬の使用量を50%削減する目標を掲げており(みどりの食料システム戦略、2021年)、長期的な向かい風は変わりません。

一方で、変化も起きています。IPM(総合的病害虫管理)、天敵資材、ドローン防除、そして近年はバイオスティミュラント資材など、化学農薬以外の選択肢も増えてきました。農薬でも肥料でもない第三のカテゴリが生まれ、業界の構造自体が変わりつつあります。

こうした変化の中で、農薬メーカーの営業職に求められる役割も変わっています。農薬だけを売るのではなく、バイオスティミュラントを含めた防除体系全体を提案できる総合プロデュース力です。本来はJAや流通卸が担う役割でもあります。ただ現実として、これだけ広範な技術知識を持って総合提案できる人材は業界全体でも限られています。

農薬メーカーが持つ病害虫の専門知識は、そうした総合提案の核になり得ます。市場が縮小する中で生き残るには、そこに踏み込むしかない。それが今の農薬メーカー営業職の現実だと思います。

就職・転職を考えている人へ

向いている人を一言で言うなら、農業現場が好きで、人の話を聴ける人だと思います。農家さんと話すこと、現場を見ること、地域ごとの違いを知ることが好きな人には、かなり面白い仕事です。

逆に、自分の頑張りがそのまま成果に直結してほしい人には、少しもどかしさを感じるかもしれません。価格や流通、人間関係など、自分の外側にある要因に左右される場面も多いからです。

正直に言えば、楽な仕事ではありません。ただ、農業の現場に深く関われるという意味では、他では得られない面白さがある仕事だと思います。少なくとも私は、この仕事を経験したからこそ、今の農業ができています。

最後に、もし当時の自分に一言言えるとしたら。

向き不向きはある仕事です。でも、農業現場が好きで、人の話を聴ける人にとっては、きっと面白い仕事だと思います。

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