1.ハラスメントで懲戒処分を受けるまでの流れ
企業によって一定の幅があるため過度な一般化はできませんが、ハラスメントで懲戒処分を受けるまでの流れは、次のような例が多く見られます。
先ず、被害者が相談窓口にハラスメントを受けたことを相談します。
相談窓口は被害者の申告に係る事実の存否を調査します。調査にあたっては、被害申告者からの聞き取り、目撃者や関係者からの聞き取り、行為者とされた人からの聞き取りなどを行います。
ここでハラスメントの事実が認められると、状態を是正するための措置がとられます。措置の内容は事案に応じて様々ですが、被害者への配慮を行ったり、行為者に対して懲戒処分を行ったりすることが含まれます。
勤務先が懲戒処分が必要だと考えた場合、そのための手続が開始されます。
懲戒手続の核心を構成するのは、弁明の機会付与です。
一般に、
「就業規則や労働協約上,懲戒解雇に先立ち,賞罰委員会への付議,組合との協議ないし労働者の弁明の機会付与が要求されているときは,これを欠く懲戒解雇を無効とする裁判例が多い・・・。」(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕391頁参照)
と理解されています。そのため、各種規程が整備されている一定以上の規模の法人では、大抵の場合、ハラスメント行為者に対する弁明の機会が付与され、その後、懲戒処分が行われます。
このようにハラスメントで懲戒処分が行われるまでの間には、
ハラスメント関係の調査部署による事情聴取、
懲戒関係部署による弁明の聴取
と段階を二つに分けてヒアリングが行われます。
しかし、労働問題についての相談を受けていると、この二つが混同されて不適切に運用されているケースが少なくありません。ハラスメント調査委員会と懲戒委員会との人員構成が重複していたり、懲戒委員会による二段階目のヒアリングではハラスメントがあったという決めつけのもと御座なりな弁明聴取しかなされなかったりといったようにです。
こうした問題については常々問題だと思っていたのですが、近時公刊された判例集に、ハラスメント事案における事情聴取と懲戒手続における弁明の聴取とは性質を異にする行為だと述べられた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、松山地判令7.12.23労働判例ジャーナル169-26 学校法人松山大学事件です。
2.学校法人松山大学事件
本件で被告になったのは、松山大学を運営する学校法人です。
原告になったのは、松山大学経済学部経済学科の准教授として稼働し、松山大学女子駅伝部(本件駅伝部)の監督を務めていた方です。
本件駅伝部の部員9名からのハラスメント等に関する申立を受け、被告はハラスメント行為を認定し、停職45日の懲戒処分を行いました(本件懲戒処分)。これを受けた原告は、本件懲戒処分の効力を争い、その無効確認や、停職期間中の給与、慰謝料等の支払を求める訴えを提起しました。
裁判所は、原告の行為の懲戒事由該当性を認めながらも、次のとおり述べて、本件懲戒処分の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「松山大学各学部教授会規則4条1項9号によれば、教授会は、准教授を含む教員(教授、准教授、講師及び助教をいう。)の懲戒案のうち教育研究活動に関し学長が決定を行うに当たり、意見を述べるものを定められている」
(中略)
「経済学部教授会が意見を述べることなく決定されたことが本件懲戒処分を無効にするほど重大な瑕疵といえるかどうか検討する。」
「文部科学省は、学校教育法の改正によって、従前、教授会の審議事項とされていた事項について、教授会が意見を述べる事項と、意見を述べることができる事項に二分した趣旨を踏まえて、各大学に対し、内部規則の見直しを要請した。そして、被告は、学長の指揮・指導の下で検討を行った結果、学校教育法の改正の趣旨及び文部科学省からの要請を踏まえても、なお教員の懲戒案について教授会が意見を述べる事項(すなわち、意見を述べることができる事項とはしないこと)としたのである。したがって、教員の懲戒案については、被告の大学としての実情に応じて、現行学校教育法93条2項にいう『教育研究に関する重要な事項で、教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるもの』とすることを、当時の学長自らが確認したといえる。このことは、真理探究の場としての大学において、同探究に従事する大学教員は、任命権者の一方的な判断によりその地位を制約されないという身分保障によって、はじめて憲法によって認められた教育研究活動の自由を保障されるということに鑑みて、教員の懲戒案が、教育研究に関する重要な事項であるということが、学長の名の下で確認されたことを表しているといえる。これに対し、懲戒案の審議は、教授会の専門性が発揮されるべき教育研究に関する事項でない旨の被告の主張は、懲戒案の審議が教育研究に関する重要な事項として教授会が意見を述べる事項とされた理由を正確に理解していない点で失当である。」
「特に、現行の松山大学各学部教授会規則が、教員の懲戒案について、構成員の4分の3以上の出席をもって成立し、議事は出席者の3分の2以上で決定する(6条3号)旨を定めたことは、当時の学長が教員の懲戒案を教育研究に関する重要な事項であると理解していたことの表れといえる。」
「なお、被告の現在の学長が、本件懲戒処分に先立って、学部教授会からの意見を聞くことなく教員の懲戒を行うことができるように、同規則中の教員の懲戒に関する条項の改変を試みた形跡はない。」
「そうすると、本件懲戒処分が、現行学校教育法及び同法に適合して当時の学長が定めた松山大学各学部教授会規則に抵触する形で、経済学部教授会の審議を経ず、経済学部教授会が意見を述べることなく決定されたことは、同規則の制定趣旨を没却するものであって、被告において重大な手続上の瑕疵といえる。」
「以上に加えて、上記・・・で認定したところによれば、法学部においては、本件と同様にハラスメントをしたと認定された教員に対する懲戒案について、常務理事会が懲戒相当と認めてから長期間を経過した後であっても、法学部教授会において審議する機会が与えられており・・・、本件懲戒処分はこのこととの平仄を著しく欠くという点でも、瑕疵の程度は大きい。」
「また、松山大学就業規則51条2項本文は、常務理事会が、懲戒の種類についての意見を述べるに先立ち、教育職員については各学部教授会において、当該職員に弁明の機会を与えなければならない旨を定めている。懲戒処分は教員に対する重大な不利益処分であるから、懲戒処分の判断者が当該教員からの弁明を聞く機会を持つことにより手続保障を図る必要がある。上記就業規則及び松山大学各学部教授会規則は、教員の懲戒案について学長に意見を述べる教授会が当該教員に弁明の機会を与えることによって、実質的な手続保障を図ったものといえ、本件懲戒処分においても、先立って経済学部教授会が原告の弁明を聴取したものである。それにもかかわらず、経済学部教授会が意見を述べることなく学長が本件懲戒処分をしたから、本件懲戒処分を受けた原告においては、懲戒処分をした学長に対する弁明の機会を、形式的にはもちろん、実質的にも付与されなかったといわざるを得ない。」
「なお、被告は、調査委員会に学長が加わっていたと主張するが、ハラスメント事案の事実関係について原告から事情を聴取することと、懲戒案についての弁明は性質を異にする行為であるから、上記の判断に影響しない。」
「したがって、本件懲戒処分の手続上の瑕疵は、これを無効にするほど重大であって、本件懲戒処分の相当性(争点2)について検討するまでもなく、本件懲戒処分は無効である。」
3.事情聴取と弁明は異なるとされた
実務上、事情聴取をもって弁明の機会に変えることを許容するかのような判断を受けることは少なくありません。ハラスメントの事情聴取は作為を防ぐという名目のもと、対象行為の特定さえされないまま、会社側の関心事だけが一方的に尋ねられて行くケースが目立ちます。こうした事情聴取は弁明とは全く異なるものです。
事情聴取で弁明の機会が兼ねられているとの主張に反駁して行くにあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。