【槍弓】春はたけのこ
槍弓春の飯祭りに参加させていただきます!素敵な企画ありがとうございます〜!槍弓とありますが、ほとんど腐ではなく一般向けです。それから正直に申し上げまして、私は生まれてこのかた鰹節を削った経験はないです。鰹節会社様のホームページを読んで書きました。ただただアーチャーに全力で鉋を投影させたかったのみでございます。
短い文ですが、お腹がすいていただけたら幸いです。
- 418
- 357
- 5,649
英霊エミヤは激怒していた。
必ずかの無知蒙昧の大英雄に、格の違いというものを教えてやらねばならぬと決意していた。
北の国の大英雄―――クー・フーリンは、先日アーチャーの料理を食べて、あろう事かこう宣ったのである。
「へぇー、坊主の飯もウマかったが、テメェの飯もウメぇな。」
・・・許されざる暴言である。
まるで、アーチャーの料理があの未熟者の料理と同列であるかのような物言い、万死に値すると言っても過言ではない。だが、誇りなぞ捨てた薄汚れた掃除屋であっても、最後の矜持というものがあった。そこで剣を抜いては、反論できない為に力で抗ったかのようではないか。だから、アーチャーは屈辱で震える拳を押さえて、言い放った。
「よかろう・・・そこまで言うなら、明日もまたここに来るが良い。貴様に本物の料理と言うものを味合わせてやる!」
それで、アーチャーは朝から市場に来ていた。
料理は手間隙を掛けることももちろん大事だが、先ずは食材が良くなければならない。最高級の料理を作ろうとするならば、最高級の食材を使うのは当たり前のことだ。
幸い、冬木は港町である。
冬木の市場には、青物と海鮮が併設されていた。新鮮な食材には事欠かない。春の市場と言うのは、良いものである。峻厳な冬の市場とは違い、どこか人々の表情も緩んでいる。呼び込みの声を聞きながら、アーチャーは職人の表情をして、真剣に市場を巡っていた。
料理は、和食にする事に決めていた。
理由は単純、あの未熟者のぽんこつが、恥知らずにも得意料理などと嘯いているからである。
だが、伝統的な会席膳のようなメニューにするつもりはなかった。外国人であるあの男の舌には、やや合わないであろうと思ったからだ。料理とは、食べるものへの気遣いである。作り手が作り手の思惑だけで作った料理は独りよがりで、それはどんな絶品料理であろうとも、最高の料理とはなり得まい。
であるから、外国人の味覚にも合いそうな、形式にこだわらない料理に落ち着くことにしたのだった。
「まずは、汁もの。」
言うまでもなく、出汁は和食の基本である。汁物は貝にしようかと思っている。春は貝の季節だ。何の貝にするか、悩みどころである。旬であるから、アサリの味噌汁も良い。豪華にハマグリというのも捨てがたい。貝は良い出汁が出るから、汁物にはぴったりだ。
市場を歩きながら、アーチャーは目に付いた新鮮な魚介を買い込んでいった。
メインディッシュを何にするか悩みながら、アーチャーはふむ、と唸った。魚介尽くしも良いが、ランサーは肉も好きなようだから、良い牛肉で1品何か作る予定だ。冬木市には日本に誇るブランド牛がある。金をかけてずるい?戦争には兵站が最も重要なのである。あの未熟者にはできないからといって、アーチャーが材料選びに遠慮する必要性はこれっっっぽっちもないと言っておこう。
そこで、ふとアーチャーの目を引いたのは、輝くようなたけのこだった。
「らっしゃい、兄さん!今朝取れたばかりのタケノコだよ!」
タケノコは、鮮度が命だ。収穫直後からアクが増していく。だから、取れたてのものをすぐに湯がくのがよい。
「良いたけのこだ。一つ貰おう。」
「毎度!」
たけのこ膳というのも、趣があって良い。
こうなると、後は時間勝負である。
最終的に、旬のホタルイカ、ハマグリ、鰆、菜の花、新たまねぎ、そして最後に良質な鰹節を買い込み、アーチャーは市場を後にした。その後姿は、百戦錬磨の男の背中であった。市場の住人達は、彼を一流の料理人であろうと疑いもせず、そしてそれは間違いではないのだった。
市場を出た瞬間、アーチャーは空中を掛けた。木を伝って屋根の上を駆け抜け、そのまま常人の目には留まらぬ速さで冬気の街を駆け抜けた。もちろん、腕の中の大切な荷物を揺らす事はしない。
先にも述べたように、タケノコは鮮度が命なのである。また、鰆も傷みやすい繊細な魚だ。
時は一刻を争うのであった。
***
住処に戻ってくると、アーチャーは素早く生物を冷蔵庫に仕舞い、タケノコの処理に入った。
タケノコのアク取りというと、素人には敷居が高そうに聞こえるけれども、それほど難しい事はない。
簡単なやり方は、糠を使うやり方だ。
アーチャーは玄米から米を擦っていて、その米糠から糠床を作っている男であるので、米糠は常備していた。
まず、たけのこの根元と穂先を切り落とす。そして、縦に2~3センチの切れ目を入れる。そうすることで、火が通りやすくなるし、茹でた後には皮が剥きやすくなる。
そして、鍋にタケノコを入れ、タケノコが被るぐらいの水を入れる。そのなかに適量の米糠と赤唐辛子を入れ、強火に掛ける。沸騰したら落としぶたをして、1時間ほど茹でる。くしがすっと通る様になったら、タケノコのした処理は完成だ。気をつけなければいけないのは、茹で上がっても流水で冷ますような事はしてはいけない。湯が冷めるまで、湯の中に入れておく。その間にも、アクが抜けるからである。
さて、タケノコを弱火に掛けたアーチャーは、真剣な顔で両手を空にかざした。
「・・・I am the bone of my sword.」
もはや何千、何万回唱えたか分からぬ、彼自身を示す詠唱。
両手の間に、青白い稲光が走る。
―――投影開始
―――基本骨子解明
―――構成材質、複製
―――投影、完了。
そこに現れたのは、鉋であった。
いっぱしの職人が見れば、その鉋がいかに優れた逸品であるのかが、すぐにわかったであろう。刃の部分は、たった今最高の職人によって砥がれたかのように美しく輝いている。
アーチャーは、軽く表面を拭いた鰹節を手に取った。これもまた、最上級の品を用意した。値段はしたが、今日一日で使い切るものでもなし、あとで凛に良く出汁の聞いた和食を出すためだと思えば惜しくはない。
鰹節は、やはり削りたてに限る。
削ってから暫くすると、酸化して風味が落ちるからである。
現在のご家庭で使われているパックは酸化しない様に小分けになって密封されていたり、企業努力が伺われるし、使いやすいタイプを使って美味しいお出汁をとる事が可能だが、だがやはり削りたてに勝るものはない、とアーチャーは考えている。
戦争の健闘は必ずしも報われないが、料理の手間隙は、報われるのである。
鰹節を削るのには、向きがある。鰹節に45度ほどの角度を掛けて、頭の方から押し削る。最初のうちは、削りかすのような細かいものが出てくる。だが暫くして刃にあたる部分が広がると、おなじみのふわふわの薄削りが現れる。
アーチャーは無心で鰹節を削った。
削り終わった鰹節を、沸かした湯にさっと落とす。ふわりと香るお出汁の匂いに満足しながら、ふと心が妙にないでいるのに気づいた。
―――楽しい。
誰かの為に、料理を出来るのは、幸運なことだ。
そんなことを、アーチャーは久しぶりに思い出していた。
「・・・酒でも冷すか。」
ランサーはバイト上がりで夕方に来る予定だ。まずは冷えたビールを一杯、その後は日本酒を試してもらおう。アイルランドの大英雄に、日本酒の旨さを知らしめる必要があるだろう。仕込が終ったら、酒を選びに行こう。春だから、新酒を入れるのも悪くない。
せっかく、美味しいものがたくさんある、春なのだから。
***
「ウメェ!」
男の声に、アーチャーは心の中で会心のガッツポーズを決めた。
冬木牛のタタキは和風ソースとタケノコのソテーを添えて。ハマグリのお吸い物。新タマネギのサラダには、ふわりと削り立ての鰹節。ホタルイカと菜の花の和え物。鰆は麹漬けにして焼いた。タケノコの刺身は、シンプルだが新鮮なタケノコだからこそ出来る逸品だ。ホタルイカの天ぷらは上げたてに軽く塩を振って。ご飯はもちろん、タケノコご飯だ。
「いや、めっちゃウメェ!」
「当然だ。冷えたビールはいかがかね。」
「貰う!はー、仕事終わりに冷えたビールと旨いメシ!英霊冥利に尽きるわ!」
にかっと笑うランサーに、アーチャーもふっと笑った。
美味しいといって食べてくれる笑顔こそ、料理人にとっては最高の報酬である。
「・・・日本酒も冷してあるぞ。この季節ならではの新酒があってな。飲み口のいい物だから、君の口にも合うと思う。」
すっと立ち上がった後姿を見ながら、ランサーはぽかんと口をあけた。
「・・・そんな笑い方出来んなら、いつもそうしてろよ。」
それから良く冷えたビールをまた一口飲み、さて今夜はこのままここに泊まれるのだろうかと甲斐甲斐しい男の背中を眺めたのだった。