仏罰が当たった話 (明治の廃仏毀釈、宮島)
テーマ:その他
“私は少年時代に故老師に随行し、日本三景の随一たる安芸の宮島に参詣し、御本殿の内拝を遂げ、大鳥居を潜り千畳敷を見、紅葉谷等を巡ったが、御本殿正面に明治初年迄幡随意上人真筆の六字名号の額が掲げられてあった。これはキリシタン退治の名号と称して有名で、その来歴は徳川初期の頃、九州天草が乱れ武力をもって容易に鎮定し難い。よって家康公当時江戸に高徳幡随意上人あり。公、上人に命じ軍配扇と陣羽織を授け天草騒動を平らげしめた。上人下向のみぎり、この宮島明神に詣で祈願を籠め六字名号を認め神前に奉納せられたが、天草に下向し数万の乱民を集合せしめ御十念を授け給うて諄々仏法因果応報と如来の大悲を説き転向帰順を勧められたが、乱民一同感激泣いて帰順を申し出、悔悛の実を表するに至り兇徒もついに平定した。これ全く上人の至誠と高徳の然らしむるところである。
のちその名号を額とし御本殿正面に掲げられた。また大鳥居の額は弘法大師真筆なりと伝えられ、いずれも明治初年まで懸けてあった。(今の大鳥居の額は有栖川熾仁親王筆。本殿のは三条実美公筆なり)維新の当時これらは取り外して打ち砕き創建以来伝わった仏法関係の仏像仏具書画彫刻、経巻書物等の宝物類悉皆く破壊し打ち割って、海岸に持ち運び、これを焼き棄て、その灰までも海に投げ込んでしまった。実に乱暴を極め、惨憺たるものであった。
かくの如く仏法関係のすべてを一掃し終わって快哉を叫びつつ広島県庁の役人達は引き挙げ去ったが、その翌日頃より何所より火を発したか宮島全体の大山火事となり、人力にては消火し難く、三昼夜程猛炎止まず全山殆ど焼き尽くされた。そのうえ山は鳴動し、その凄惨の状言語に絶し、島民老若泣き叫び、この現前の地獄相に生きた心地なく畏れ戦かざる者はなかった。皆いう「この恐るべき天譴は皆明神様のお怒りに触れたのである」と。
その後広島より当地に恐ろしき情報が伝えられて来た。それはこうである。先日県庁より来て宝物類の破壊行動に従事せる重なる役人の二、三が宮島より引き挙げ帰宅するや、その夜より発熱悩乱狂い死にをした。これは明神様の罰を蒙ったのであるという。
このような明治初年当時の狂態の事実を目撃しての物語が光明院の奥座敷で語り続けられたのである。これは一地方の物語の一例に過ぎぬが、日本全国至る所にこのような乱暴事件が行われた。廃仏毀釈の大嵐はよくも日本全土を吹き荒らしたものである。
右広島県管内宮島の大嵐事件は明治十八年私の故老師の江戸学時代の同窓なる同県下川尻村真福寺和尚が数ヶ寺の住職と申し合わせ老師を特請された。すなわち五重授戒その他の布教開催のため、四月一日より五月二十日まで巡教せられ、最後数日間にその地方の名勝を巡拝し、真福寺師の案内にて宮島に参詣し臨地説明を聞き、同地光明院に赴き、一夜別時念仏を修し、布教開筵あり。翌日復真福寺師と光明院主と三師鼎座し互いに明治初年頃の廃仏毀釈の激烈狂態の状況目撃談等に時を移された。私は小僧ながらその談話を聞きつつ戦慄を覚え、耳底に止まりて忘れられず、五十七年前の物語をここに記載致しました。もしこれが私の記憶の間違いであったら、訂正抹殺を自由にして頂きたい。”
(菱田隆道老師集「光明讃歌 弁栄聖者・最後の説法」(『光明讃歌』刊行会)より)
*5月20日に宮島の霊火堂が全焼したことは既に多くの方が御存じだと思います。出火原因は今なお調査中ですが、やはりこれは何かの警告か、あるいは大難を小難にするため他での災いを引き取って下さったのだと思います。しかし、最近全国で神社仏閣での火災が相次いでいますが、これがもしも放火であったとしたら、おそらく犯人はただでは済みません。
*幕末から明治初期の狂信的な神道の信者の中には、仏教に否定的な考えを持つ者が少なからずおり、そういった連中に扇動されて日本全国で廃仏毀釈の嵐が吹き荒れました。しかし、たとえば戦前の古神道の大家、川面凡児先生(1862~1929)は、熱心な浄土真宗の信徒であった母親が亡くなられたときは仏式で葬儀をされ、過去日本に仏教が伝えられ広まったのは、日本の神々がそのようにお計らいになったからだ、と言われています。他の宗教を否定し排斥しようとするのは低級な者たちで、連中はいずれはその報いを受けなければならなくなります。
“愛善苑で唱道する宗教帰一は各宗教を一宗教に統合するの意ではない。各々の意志想念が違っているように各々の宗教も違っているのであるから、大きな目で見た場合は名称は神であろうが、佛であろうが、キリストであろうが何でもよいのである。すべての宗教団体や思想界が宗教の本質、すなわち信真と愛善に帰一したならば、回教でもキリスト教でも精神と精神とは宗派、民族、国境を超えて統一結合されたことになるわけである。”
(「愛善苑」第八号(昭和21年12月1日) 出口王仁三郎『宗教の帰一』より)






