こころ(上 先生と私)|夏目 漱石|※ネタバレ注意※
一:鎌倉での出会い
一の一:「私」と「先生」の関係
私はある人物を常に先生と呼んでいた。これは世間への遠慮ではなく、自然な呼び方だった。先生の記憶を呼び起こすたびに、先生と呼びたくなる。
一の二:鎌倉での滞在
私は若い学生で、友人の誘いで鎌倉を訪れた。しかし友人は急な電報で帰郷し、私は一人残された。宿は辺鄙だったが海水浴には便利だった。
一の三:海岸での日々
毎日海へ出かけ、賑わう砂浜で過ごした。掛茶屋を共同着替え所として利用し、そこで荷物を管理していた。このような日々の中で、私は雑踏の中に先生を見つけることになった。
二:海水浴場での先生との出会い
二の一:西洋人を伴う先生との遭遇
私は海水浴場の掛茶屋で、一人の西洋人を伴った日本人男性を目撃した。その日本人が後に「先生」と呼ばれる人物である。西洋人の白い肌と大胆な姿が私の注意を引いた。二人は海へ向かい、沖まで泳いでいった。
二の二:先生の印象と再会
翌日、私は再び掛茶屋を訪れ、今度は先生が一人で現れるのを見た。先生の顔がどこかで見覚えがあるように思えたが、思い出せなかった。私は先生の後を追って泳ごうとしたが、先生は予想外の方向に泳ぎ、追いつくことはできなかった。
三:海辺での出会いと交流
三の一:浜辺での観察
私は連日同じ時刻に浜辺へ行き、先生の姿を見かけた。先生は非社交的な態度で、一人で来ては超然と帰っていった。周囲の賑わいにも無関心な様子だった。
三の二:眼鏡拾いのきっかけ
ある日、先生の浴衣に砂が付き、それを払おうとした際に眼鏡を落とした。私はすぐに拾い上げ、先生に渡した。これが二人の最初の交流となった。
三の三:海での会話
翌日、私は先生の後を追って泳いだ。沖で先生が話しかけてきた。広い海の中で二人だけの時間を過ごし、自由と歓喜を感じた。先生の誘いで一緒に浜辺へ戻った。
三の四:宿の訪問
数日後、私は先生の宿を訪ねた。寺の境内にある別荘のような建物だった。先生を「先生」と呼ぶことや、以前見かけた西洋人のことなどを話題にした。私は先生の顔に見覚えがあると言ったが、先生はそれを否定した。
四:先生への複雑な思いと再会への期待
四の一:先生との別れと失望
私は月末に東京へ帰った。先生との別れ際、再訪の許可を求めたが、先生の返事は素っ気なく、期待していた温かい言葉はなかった。このような経験は度々あり、私の自信を傷つけた。
四の二:先生への未解決な感情
先生の態度に失望しながらも、私は離れがたい思いを抱いていた。むしろ、先生により近づきたいと感じた。若さゆえの感情だったが、なぜ先生に対してだけこのような気持ちになるのか理解できなかった。
四の三:東京での日常と先生への思い
東京に戻り、大都会の空気に染まるうちに先生への思いは薄れていった。新学期への期待に心が奪われ、しばらく先生のことを忘れていた。しかし、時間が経つにつれ、再び先生に会いたくなった。
四の四:先生宅訪問と意外な展開
先生宅を訪ねるも不在が続き、不満を感じた。二度目の訪問時、美しい奥さんから先生が墓参りに出かけたことを知らされる。私は好奇心から先生を追いかけることにした。
五:墓地での偶然の再会と先生の謎めいた態度
五の一:墓地での遭遇
私は墓地を歩いていると、茶店から出てきた先生らしき人物を見かけた。声をかけると、先生は驚いた様子で立ち止まり、私の顔を見つめた。先生は私がなぜここにいるのか不思議がり、私の後をつけてきたのかと尋ねた。
五の二:先生の反応と墓参りの目的
私は偶然ここに来たことを説明した。先生は誰の墓参りに来たのか気にかけていたが、妻が名前を言わなかったと知ると納得した様子だった。私には先生の反応の意味が理解できなかった。
五の三:墓地散策と先生の態度
墓地を歩きながら、私は様々な墓標に興味を示したが、先生は私ほど関心を持たなかった。先生は私が死を真剣に考えたことがないと指摘した。大きな銀杏の木の下で、先生は紅葉の美しさについて語った。
五の四:友人の墓参りという真実
墓地を出た後、先生は寡黙になった。しばらくして、先生は墓地に友人の墓があり、毎月参りに来ていることを明かした。それ以上の詳細は語らなかった。
六:先生の複雑な性格と私の墓参りの申し出
六の一:先生への訪問と不思議な魅力
私は先生を頻繁に訪問するようになった。先生の態度は常に静かで、時に寂しさを感じるほどだった。先生には近づきがたい不思議さがあり、それでいて近づかずにはいられない魅力があった。この感覚は私だけのものかもしれないが、後に事実で証明された。
六の二:先生の静かな性格と変化する表情
先生は落ち着いていたが、時折顔に奇妙な曇りが現れることがあった。私が初めてそれを認めたのは、雑司ヶ谷の墓地で先生を呼び掛けた時だった。その瞬間、私の心臓の鼓動が一瞬止まったが、すぐに忘れてしまった。
六の三:墓参りの同行を申し出る私と拒む先生
ある晩、私は先生に墓参りの同行を申し出た。先生は墓参りと散歩を区別し、同行を断った。私には理解できず、さらに押し問答した。すると先生の表情が曇り、雑司ヶ谷での時と同じ異様な光が目に宿った。先生は自分の妻でさえ墓参りに連れて行ったことがないと告げた。
七:先生との交流深まる中での疑問と洞察
七の一:私の無意識な態度
私は先生の言動に不思議さを感じつつも、研究的態度を取らず自然な交流を続けた。この無意識の姿勢が、先生との温かい関係を築く基盤となった。もし好奇心から先生を研究対象としていたら、二人の絆は壊れていたかもしれない。
七の二:頻繁な訪問の理由
私の訪問が増えるにつれ、先生は突然その理由を尋ねた。私は特別な意図はないと答えたが、先生は自身の孤独さを語り、私の来訪を喜んでいると述べた。先生は私の年齢も気にかけた。
七の三:先生の洞察と予言
先生は再び私の頻繁な訪問理由を問い、若者の孤独さについて語った。私の訪問が続かないだろうと予言し、自分には私の孤独を癒す力がないと認めた。先生はこれらを淋しげな笑みとともに語った。
八:先生の食卓と奥さんとの交流
八の一:先生の家での食事
私は先生の予言に反して、引き続き先生の家を訪れるようになった。やがて先生の食卓で食事をするようになり、自然と奥さんとも会話を交わすようになった。
八の二:奥さんへの印象
私は奥さんに美しいという印象を持ち続けたが、それ以上の特別な感情は抱かなかった。奥さんも私を夫の書生という立場で遇していた。先生を介在させなければ、二人の関係は希薄なものだった。
八の三:酒を飲む場面
ある日、先生の家で酒を飲む機会があった。奥さんが酌をし、先生に勧められて少し飲んだ。夫婦の会話から、先生が酒を飲むと愉快になることや、普段は奥さんに飲ませないことがわかった。
八の四:子供の話題
奥さんは子供がいれば良いと語った。先生は子供ができないのは天罰だと冗談めかして言った。私は子供のいない家庭の寂しさを理解できなかった。
九:先生と奥さんの関係、そして一つの例外
九の一:先生と奥さんの仲睦まじい様子
私の観察によると、先生と奥さんは仲の良い夫婦だった。先生は奥さんを「静」と呼び、その呼び方は優しく、奥さんの応対も素直だった。二人で音楽会や芝居に行き、旅行にも出かけることがあった。箱根や日光からの絵葉書も私は受け取っていた。
九の二:夫婦の言い争いを耳にする
ある日、私が先生の家を訪れると、座敷から言い争いの声が聞こえてきた。一方は先生で、もう一方は奥さんらしかった。私は困惑し、そのまま下宿に帰った。約一時間後、先生が私を散歩に誘い、一緒に麦酒を飲んだ。
九の三:先生の苦悩
先生は妻との喧嘩について触れ、妻が自分を誤解していることを明かした。しかし、その誤解の内容は語らなかった。先生は妻が考えているような人間ではないと主張し、自分が苦しんでいることを示唆した。私にはその苦悩の深さが理解できなかった。
十:先生と妻の関係、そして私の思索
十の一:先生と妻の小さな諍い
先生と私は沈黙のまま歩いていたが、突然先生が口を開いた。怒って出てきたことを後悔し、妻を心配させたことを詫びた。先生は妻が自分以外に頼る人がいないことを語り、自身の強さについて私に問いかけた。
十の二:「妻君のために」という言葉
私は先生を家まで送ろうとしたが、先生は断った。「妻君のために」早く帰ると言う先生の言葉が、私の心を暖めた。この出来事から、先生夫妻の関係に大きな問題がないことが分かった。
十の三:先生の幸福観
ある時、先生は妻以外の女性に興味がないこと、妻も自分を唯一の男と思っていることを語った。先生は「最も幸福に生れた人間の一対であるべきはずです」と言ったが、その言い方に私は違和感を覚えた。
十の四:奥さんとの対話
ある日、先生が留守の間に私は奥さんと二人きりで話をする機会を得た。先生は友人を見送りに出かけており、私は約束通り先生を待つために訪問していた。
十一:思い悩む先生の姿
十一の一:大学生となった私と先生との関係
私は大学生となり、先生の家を訪れるようになってから成長を感じていた。奥さんとも親しくなり、気兼ねなく会話を楽しむようになった。
十一の二:先生の生活と世間との距離
先生は大学出身だが、何もせず過ごしていることが判明した。世間に名が知られていないことを私は惜しんだが、先生は自分には資格がないと謙遜した。時に同級生を批判することもあり、その矛盾を指摘すると、先生は深い表情を浮かべた。
十一の三:奥さんとの対話から見える先生の変化
奥さんとの会話で、先生が活動的でない理由を尋ねた。奥さんは先生の変化を心配し、若い頃とは全く違うと語った。私が書生時代のことを聞くと、奥さんは突然赤面した。
十二:先生の結婚と隠された悲劇
十二の一:奥さんの出自と先生との出会い
奥さんは東京出身で、父は鳥取、母は江戸生まれだった。一方、先生は新潟県の出身だった。奥さんが先生の書生時代を知っているとすれば、それは郷里の関係からではないことは明らかだった。
十二の二:結婚当時の状況と私の推測
私は先生と知り合ってから、様々な問題で先生の思想や情操に触れたが、結婚当時の状況についてはほとんど何も聞けなかった。時には善意に解釈し、時には悪くも取った。私は二人の結婚の奥に華やかなロマンスの存在を仮定していた。
十二の三:隠された悲劇の存在
私の仮定は間違っていなかったが、恋の半面だけを想像していた。先生は美しい恋愛の裏に恐ろしい悲劇を持っていた。奥さんはそれを知らずにいる。先生は奥さんの幸福を破壊する前に、自分の生命を破壊してしまった。
十三:先生と恋をめぐる対話
十三の一:群集から離れて
私と先生は群集の中を抜け、森へ入った。そこで私は突然、恋は罪悪かと尋ねた。先生は強い口調でそうだと答えた。
十三の二:恋の本質についての議論
先生は、私の心がすでに恋で動いていると指摘した。しかし私には自覚がなかった。先生は、目的物がないから動くのだと説明し、私が先生のもとに来たのも恋への段階だと述べた。
十三の三:先生の警告と謎めいた言葉
先生は恋を罪悪であり神聖なものだと言った。また、雑司ヶ谷の墓地に埋められた友人の話を持ち出したが、説明を途中で止めた。私には先生の話がますます理解できなくなった。
十四:先生の信頼観と若者の熱
十四の一:若者の熱心さ
私は先生の話を学校の講義より重視していた。教授の意見より先生の思想を尊び、教壇に立つ偉い人々よりも先生の方が偉大に見えた。先生はこの態度を諌め、私が熱に浮かされていると指摘した。私の自信を否定し、将来の変化を予想して苦しむと語った。
十四の二:先生の人間不信
先生は人間全体を信用しないと述べた。自分自身さえ信用できないため、他人も信用できないという。過去の行動に驚き、怖くなったと語る。奥さんへの信用についての質問を避け、自分を呪うしかないと言った。
十四の三:先生の孤独な覚悟
先生は過度の信頼を戒め、将来の侮辱を避けるため現在の尊敬を拒むと述べた。現代人は自由と独立の代償として孤独を味わうべきだと語った。私はこの覚悟に言葉を失った。
十五:先生の人生観と私の推測
十五の一:奥さんに対する先生の態度
私は先生と奥さんの関係を観察し始めた。先生の冷淡な態度が奥さんに向けられているのかどうか、また奥さんがそれに満足しているのか気になった。しかし、奥さんと接する機会が少なく、また先生のいる場でしか会わないため、判断するのは難しかった。
十五の二:先生の人生観の根源
先生の人間に対する態度の源を考えた。単なる内省や観察の結果ではなく、強烈な個人的経験に基づいているように思えた。先生は思想家だが、その思想の裏には痛切な体験が隠されているようだった。
十五の三:先生の過去への推測
私は先生の人生観の基点に強烈な恋愛事件を想定した。しかし、先生が現在奥さんを愛していると言っていることから、単純な恋愛では説明がつかなかった。雑司ヶ谷の墓の存在も気になったが、先生の秘密を解く鍵にはならなかった。
十六:先生不在の書斎で待つ私
十六の一:書斎での待機
私は夕暮れ時に先生の家を訪れたが、先生は既に出かけていた。奥さんに案内され書斎で待つことになった。書斎には洋机や椅子、多くの書物があり、電燈に照らされていた。奥さんは私を座らせ、本を読むよう勧めて出て行った。
十六の二:緊張と静寂
主人の帰りを待つ客のような気分で、私は畏まって煙草を吸っていた。茶の間での奥さんの話し声が聞こえたが、やがて静寂が訪れた。私は泥棒を待ち受けるような心持ちで、凝として気を配っていた。
十六の三:奥さんとの会話
30分ほど経ち、奥さんが再び現れた。私の緊張した様子を見て、茶の間でお茶を勧めてくれた。奥さんとの会話で、先生が人と会うのを嫌がる傾向にあることが分かった。私は奥さんに対する先生の気持ちについて推測したが、奥さんは議論を避けた。
十七:奥さんとの深い会話
十七の一:紅茶を飲みながらの会話
私は奥さんとの会話を続けたいが、議論好きと思われたくない。奥さんは私の様子を察し、紅茶を勧める。砂糖の数を尋ねる奥さんの態度は、先ほどの強い言葉を和らげようとする愛嬌に満ちていた。
十七の二:先生に関する議論
私は先生について再び話を持ち出す。奥さんがいなくなった場合の先生の生活について尋ね、奥さんの先生への愛情の程度を問う。奥さんは先生への忠実さを示しつつ、自分がいなくなれば先生は不幸になると確信している。
十七の三:奥さんの心境
奥さんは先生を幸福にできる唯一の人間だと自負している。しかし、先生が世間や人間を嫌っているため、自分も好かれているとは思えないと語る。この発言から、奥さんの「嫌われている」という意味が私にようやく理解できた。
十八:奥さんとの対話から見える先生の変化
十八の一:奥さんの印象深い特徴
私は奥さんの理解力と、旧式の日本の女性らしくない態度に感心した。しかし、奥さんは流行の新しい言葉をほとんど使わなかった。私は女性との深い交際経験がなく、異性に対して漠然とした憧れを抱いていたが、奥さんに対しては特別な感情を持たなかった。
十八の二:先生の変化についての会話
私は奥さんに、先生が以前と比べてどのように変化したのか尋ねた。奥さんは先生が元々頼もしい人物だったと語り、徐々に変化していったと説明した。しかし、その原因は分からないと述べた。先生に尋ねても、自分の性質が変わっただけだと言って取り合わないという。
十八の三:奥さんの苦悩と先生との関係
奥さんは先生の変化の責任が自分にあるのではないかと不安を抱いていた。私は先生も奥さんの努力を認めていると保証した。奥さんは先生に自分の欠点を尋ねたが、先生は奥さんに欠点はないと答えたという。この状況に奥さんは悲しみを感じ、涙を流した。
十九:奥さんの心の内と先生の変化の謎
十九の一:奥さんの心の動揺
私は当初奥さんを理解のある女性として接していた。しかし、会話を重ねるにつれ奥さんの様子が変化し、私の頭脳ではなく心臓に訴えかけてきた。奥さんは先生との間に何かあるはずだと感じながらも、実際には何もないことに苦悩していた。
十九の二:先生の態度への疑念
奥さんは先生の厭世的な視点が自分への嫌悪に起因すると考えていた。しかし同時に、自分への嫌悪が先生の厭世観を生んだのではないかとも推測していた。先生の態度は終始良人らしく親切で優しかったため、奥さんは確信を得られずにいた。
十九の三:過去の友人の死
奥さんは先生の変化の原因として、大学時代の親友の突然の死を挙げた。その友人の変死後、先生の性質が徐々に変わっていったという。奥さんは一人の友人を失っただけでそこまで変化するものかと疑問を抱き、私に判断を求めた。
二十:奥さんの不安と先生の帰宅
二十の一:奥さんの慰め
私は奥さんを慰めようと努めたが、事の真相を完全には把握していなかった。奥さんの不安は漠然とした疑惑から生じており、私たちの会話は表面的なものにとどまった。奥さんは私の判断に頼ろうとしたが、状況は不確かなままだった。
二十の二:先生の帰宅と奥さんの変化
十時頃、先生が帰宅すると奥さんの態度が一変した。先ほどまでの不安な様子は消え、明るく先生を迎えた。私はこの急激な変化に戸惑いを覚えた。先生は機嫌が良く、奥さんはさらに上機嫌だった。
二十の三:私の帰宅と後日の感想
帰り際、奥さんは私に菓子をくれた。その夜は奥さんとの会話を重く受け止めていなかったが、翌日菓子を食べながら、二人が幸せな夫婦であると再認識した。その後、奥さんに衣服の世話を頼むようになり、二人の関係は変わらず続いた。
二十一:父の病と帰省の決意
二十一の一:帰省を促す手紙
私は冬に国へ帰らねばならなくなった。母からの手紙に父の病状悪化が記されており、年齢を考慮して帰省を勧められた。父は慢性の腎臓病を患っていたが、突然の眩暈で倒れたという。
二十一の二:帰省の決意
冬休みまでまだ間があったが、父母の様子が気になり帰省を決意した。旅費のため、先生に立て替えを頼むことにした。
二十一の三:先生との会話
風邪気味の先生を訪ねると、書斎で暖かな日差しの中、湯気の立つ火鉢を置いていた。病気の話から父の状態へと話が及び、先生夫人の母も同じ病で亡くなったと知った。
二十一の四:帰省へ
先生夫妻から父の症状について質問され、吐き気がなければまだ大丈夫だと言われた。その日の夜、私は東京を発った。
二十二:父の病状と家族の状況
二十二の一:父の回復
父の病状は当初の予想ほど深刻ではなかった。私が帰宅した翌日には床を上げ、普段通りの生活に戻った。母は父が私の帰宅で元気になったと語った。
二十二の二:家族の事情
兄は九州で仕事に就いており、妹は他国に嫁いでいた。緊急時に呼び寄せるのは困難な状況だった。そのため、学生の私が最も都合よく呼び戻されたのだった。
二十二の三:父の態度と私の対応
父は病気のために学校を休ませたことを気にかけていたが、同時に私の帰省を喜んでいた。私は父の健康を心配したが、父は軽く受け流した。顔色は悪かったものの、日常生活に支障はなかった。
二十二の四:先生との手紙のやりとり
私は先生に手紙を書き、父の病状が思ったより良好であることを伝えた。予期せず先生から返事が来て、私は喜んだ。これが先生から受け取った最初の手紙だった。
二十三:父との将碁と先生への思い
二十三の一:退屈な父との将碁
私は父と将碁を指すことが多かった。二人とも無精な性質で、炬燵に入ったまま盤を櫓の上に置いて駒を動かした。時には持駒を失くすこともあったが、母が灰の中から見つけ出すこともあった。父は将碁盤が炬燵で使いやすいと言い、勝っても負けても「もう一番」と言った。
二十三の二:先生との比較と内なる変化
私は東京のことを考え、心臓の鼓動を感じた。その鼓動が先生の影響で強められているように感じた。父と先生を比較すると、両者とも世間からは目立たない存在だった。しかし、父は単なる娯楽の相手としても物足りなく感じられた。一方、先生は私の内面に深い影響を与えていた。
二十三の三:家族との距離感と帰京への思い
帰省した当初は歓迎されたが、次第に家族の熱が冷めていった。私は東京から持ち帰った新しい価値観を隠していたが、それは父母との調和を乱した。父の病状は変わらなかったが、私は予定通り東京へ戻ることを決意した。両親は引き止めたが、私は出発の日を変えなかった。
二十四:先生の家を訪れ、父の病気について話す
二十四の一:正月明けの東京と先生宅訪問
私は東京に戻ると、正月気分が抜けた町の様子を目にする。先生の家を訪れ、借りた金を返済し、母からの土産の椎茸を渡す。奥さんは軽い菓子折に驚き、子供らしい一面を見せる。
二十四の二:父の病気に関する会話
先生夫妻は父の病状を気遣う。先生は腎臓病の特徴や危険性について説明し、ある士官の突然死の例を挙げる。私は不安になるが、医者の診断を聞いて安心する。
二十四の三:死に方についての考察
先生は人間の脆さや様々な死に方について語る。自然死や不自然な暴力による死を例に挙げ、自殺や殺人にも触れる。この会話は私に深い印象を残さず、帰宅後は卒業論文に取り掛かろうと考える。
二十五:論文執筆に奮闘する「私」
二十五の一:論文執筆への決意
私は六月の卒業に向けて、四月までに論文を完成させる必要があった。年が明けてから本格的に取り組む決意をしたが、実際に着手すると行き詰まってしまった。当初の大きな構想を縮小し、既存の資料を並べて結論を付け加える方針に変更した。
二十五の二:先生への相談
論文のテーマが先生の専門に近かったため、私は先生に助言を求めた。先生は参考書について知識を共有し、本も貸してくれたが、直接的な指導は避けた。先生は以前ほど読書に興味を持てなくなったと語り、その理由として知識の価値への懐疑や、無知を恥じる気持ちの薄れを挙げた。
二十五の三:論文執筆への没頭
私は論文執筆に没頭し、精神的に追い詰められていった。過去の卒業生の苦労話を聞き、不安と決意を感じつつ、毎日机に向かい、図書館で資料を探し回った。梅から桜の季節へと移り変わる中、私は必死に執筆を続け、ようやく四月下旬に論文を完成させた。
二十六:卒業後の自由と先生との散歩
二十六の一:卒業の喜びと自然の再発見
私は卒業論文を終え、初夏の季節に自由を得た。籠を抜け出した小鳥のように世界を見渡し、先生の家を訪れた。道中、枳殻や柘榴の新芽に目を奪われ、初めて見るかのような新鮮さを感じた。
二十六の二:先生との対話と散歩の提案
先生に論文完成を報告すると、先生は淡々とした反応を示した。私は自信に満ちて論文の内容を語ったが、先生からの反応は物足りなかった。しかし、私の気力は衰えず、先生を散歩に誘った。
二十六の三:郊外での散策と植木屋の庭園
私と先生は郊外を歩き、私は芝笛を吹いた。やがて植木屋の庭園に入り、人気のない静かな空間を探索した。躑躅や芍薬の畑を見て回り、先生は縁台に横たわった。私たちは若葉の色や空の青さを眺めながら、静かなひとときを過ごした。
二十七:財産と病気をめぐる先生との対話
二十七の一:帽子を拾う場面
私は落ちていた先生の帽子を拾い、赤土を払って渡した。先生は起き上がらず、突然私の家の財産について尋ねた。私は山と田地が少しあるだけだと答えた。
二十七の二:先生の財産に関する会話
私は先生の生活が豊かなことを知っていたが、財産について尋ねたことはなかった。先生は自分を財産家ではないと言いつつ、元は財産家だったと告げた。
二十七の三:父の病気についての話題
先生は話題を変え、私の父の病気について尋ねた。私は父からの手紙に病気の訴えがないことを伝えた。先生は病気の性質上、楽観できないと示唆した。
二十八:財産と人間性についての議論
二十八の一:先生の財産に関する助言
先生は私に、家の財産の取り決めを早めに済ませるよう助言した。父の存命中に相続の問題を片付けておくべきだと述べた。私は家族がそのような心配をしているとは思わず、先生の実務的な発言に驚いた。
二十八の二:人間性に関する先生の洞察
先生は私の家族構成を尋ね、親類に悪人がいないかを問うた。そして、普段は善人や普通の人間が、いざという時に悪人に変わる可能性を指摘した。先生は、世の中に型にはまった悪人はいないと述べ、油断できないと警告した。
二十八の三:対話の中断と先生の振る舞い
会話中、突然犬が吠え、小さな男の子が現れた。先生は子供と軽く会話を交わし、小銭を与えた。子供は斥候長として遊んでいると告げ、去っていった。この出来事により、先生と私の深刻な対話は一時中断した。
二十九:先生の言葉の謎と夕暮れの公園
二十九の一:中断された先生の話
先生の話は犬と子供の登場で中断された。私は先生の言葉の要点を掴めずにいた。先生が気にしていた財産の問題は、若い私には関心がなかった。世間知らずで、実際の場面を経験していない私には、金銭の問題が遠く感じられた。
二十九の二:人間の本質への疑問
私が最も知りたかったのは、人間が危機的状況で悪人になるという先生の言葉の意味だった。言葉自体は理解できたが、その背景をもっと知りたいと思った。
二十九の三:夕暮れの公園と帰路
静けさを取り戻した公園で、私たちは沈黙のまましばらく過ごした。日が暮れ始め、先生は立ち上がって帰る準備をした。帰り道、私は先生に人間の本質について尋ねたが、先生は単に金銭が人を変えると答えた。この平凡な返答に私は拍子抜けし、先生との間に微妙な空気が流れた。
三十:先生の執念深さと過去の傷跡
三十の一:私の不満と先生の態度
私は先生の態度に不満を抱き、意図的に質問を控えた。しかし先生は平然と歩き続け、私の態度を気にする様子はなかった。業を煮やした私は、先生の昂奮を指摘して反応を試みたが、先生は即答せず、道端で用を足した。
三十の二:先生の告白
歩き続ける中、先生は突如、自身の執念深さを告白した。財産の話で昂奮するのは、過去に親戚から受けた屈辱と損害が忘れられないためだと明かした。私は先生をそれほど強い人物だと思っていなかったため、この告白に驚いた。
三十の三:先生の復讐心
先生は父の死後、親戚から不当な扱いを受けた経緯を語った。その経験から、個人への復讐を超えて人間一般を憎むようになったと述べた。先生にとって、それが十分な復讐だと考えているようだった。私は先生の言葉に慰めの言葉すら返せなかった。
三十一:先生の過去と思想の関係
三十一の一:郊外での談話の後
私と先生は郊外での談話後、電車で市内へ戻った。車内では沈黙が続いたが、別れ際に先生の態度が変わった。先生は晴れやかな調子で六月までが一番気楽な時期だと述べ、私に遊ぶよう勧めた。その時、先生の表情に厭世的な影は見られなかった。
三十一の二:先生の談話の不得要領
私は先生から思想上の問題で多くを学んだが、時に理解しがたいこともあった。郊外での談話もその一例だった。ある時、私は先生にこのことを指摘した。先生は何も隠していないと主張したが、私は先生の思想と過去が密接に関連していると考えた。
三十一の三:先生の過去を知る決意
私は先生の過去を知りたいと強く願った。先生は初め躊躇したが、私の真剣さに応じて過去を語ることを約束した。ただし、適当な時機が来るまで待つよう求めた。この会話は私に強い印象を残し、下宿に帰っても圧迫感が続いた。
三十二:卒業後の複雑な心境と先生宅での晩餐
三十二の一:卒業式と卒業証書への思い
私は予定通り大学を卒業した。式当日、古い冬服を着て式場に並び、暑さを感じた。式後、下宿に戻り裸になって卒業証書を眺めた。過去を振り返り未来を想像すると、卒業証書の意味が曖昧に感じられた。
三十二の二:先生宅での晩餐
その夜、約束通り先生の家で晩餐をとった。清潔な白いテーブルクロスが印象的だった。先生は潔癖で、書斎も整然としていた。先生は自身を「精神的に癇性」と表現したが、その意味は不明確だった。
三十二の三:卒業を祝う会話
先生は私の卒業を祝ってくれたが、その言葉に特別な喜びは感じられなかった。奥さんは両親の喜びに言及し、私は病気の父のことを思い出した。先生夫妻は自身の卒業証書の所在を覚えておらず、卒業に対する感慨の違いが浮き彫りになった。
三十三:先生の家での食事と会話
三十三の一:食事の様子
私が先生の家で食事をする場面から始まる。奥さんが給仕を務め、私は次第に慣れていく。暑さで食欲が進まない私に、奥さんは手作りのアイスクリームを振る舞う。
三十三の二:卒業後の進路について
食後、先生が私の卒業後の進路を尋ねる。私は明確な目的がないと答える。奥さんは教師や役人を提案するが、私は職業選択の難しさを述語る。奥さんは私に財産があるから呑気でいられると指摘する。
三十三の三:財産に関する会話
私は先生の財産について尋ねるが、奥さんは具体的な答えを避ける。先生は黙って煙草を吸っている。奥さんは先生のように何もせずにいてはいけないと私に忠告する。先生はそれを否定して会話は終わる。
三十四:先生の家での別れと父の病気
三十四の一:帰国前の挨拶
私は十時過ぎに先生の家を辞した。帰国前の挨拶を述べ、九月頃に再び東京に来る予定を伝えた。奥さんは夏の避暑の可能性に触れ、絵葉書を送ると約束した。
三十四の二:父の病状への懸念
席を立とうとした時、先生が父の病気について尋ねた。私は詳しい状況を知らなかったが、先生と奥さんは尿毒症の危険性を指摘した。私は事の重大さを理解できずにいた。
三十四の三:死に対する夫婦の会話
話題は突然、先生と奥さんの死の順序に移った。奥さんは先生の健康を理由に自分が先に逝くと予想したが、先生はそれに疑問を呈した。二人のやりとりは軽い口調でありながら、死という重いテーマを扱っていた。
三十五:先生夫婦の会話と「私」の帰り道
三十五の一:先生夫婦の寿命に関する会話
先生が「私」に寿命について意見を求めた。奥さんは先生の両親がほぼ同時期に亡くなったことを話題にする。先生はその話を遮り、自分が死んだら家を奥さんに譲ると言い出す。奥さんは冗談めかして応じるが、先生は自分の死について繰り返し語る。
三十五の二:「私」の帰宅と木犀の印象
奥さんが先生の死の話題を嫌がり、会話が終わる。「私」は帰り際、玄関と門の間にある木犀の木に目を留める。その木は「私」にとって先生の家と不可分の存在だった。電灯が消え、「私」は暗い表通りへ出る。
三十五の三:夜の町での出来事
「私」は下宿に戻らず、賑やかな町へ向かう。同級生に会い、酒場に連れ込まれる。そこで同級生の話を聞き、深夜に下宿へ戻る。
三十六:東京での買い物と帰郷の準備
三十六の一:暑さの中での買い物
私は翌日も暑さの中、頼まれた買い物をした。電車内で汗を拭きながら、田舎者の無神経さを憎らしく思った。無為に過ごすつもりはなく、帰郷後の計画のため書店で本を探した。女の半襟を選ぶのに苦労し、先生の奥さんに頼まなかったことを後悔した。
三十六の二:鞄の購入と帰郷の準備
母の注文で和製の鞄を買った。卒業後に新しい鞄に土産を入れて帰るようにという母の言葉を滑稽に感じた。予定通り三日後に東京を発ち、帰郷した。父の病気を心配しつつも、どこか覚悟していた。兄に手紙を書き、父の容態と帰省を促した。
三十六の三:汽車の中での思考
汽車の中で自分の矛盾した気持ちを考え、軽薄さを感じて不愉快になった。先生夫婦との会話を思い出し、誰が先に死ぬかという疑問について考えた。人間の無力さと軽薄さを感じ、果敢ないものだと観じた。


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