欲しいものが手に入る植木鉢
欲しいものが出てくる植木鉢を手に入れたランサーの話。
不思議なお話になりました。
楽しんで頂けますと幸いです。
イラスト表紙はこちらからお借りしました( illust/60939153 )
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日曜の午後二時、いつもならバイトか釣りか、友人達と遊び回るかしている時間帯だが、珍しくランサーは用事もなく近所の商店街をぶらついていた。バイト先の魚屋や花屋の前を通りかかると店主達から声をかけられ対応をする。立ち話が終わったらまたぶらりと行き先も決めず歩き始める。
ランサーのこの行動には理由があった。その理由はただ一つ、家に帰りたくないのだ。
家に帰ると植木鉢がある。まだ芽も出ていない、土だけが敷き詰められた鉢。陽のあたる場所にと置いたその植木鉢が、ランサーにとって家に帰りたくない原因であり、ここ数日の悩みの種となっていた。
遡ること一週間前、居酒屋のバイトが終わった深夜、自分が住む二階建てのアパートを目指して住宅街を歩いていると、簡素な机と椅子だけを用意して座っている何者かに声をかけられた。新手の不審者かと身体をこわばらせると、その何者かは落ち着いた声でランサーに話しかけてきた。
「悩んでいるね」
「こんなところで占いか?儲からないぜアンタ」
「いやいや、占いなんてそんな不確かなものじゃないよ。お悩みの君にこれをあげよう」
怪しさ満点のその人物が差しだしてきたのは植木鉢だった。市販で一般的に流通している何の変哲もない植木鉢。
「それがなんだよ」
「これはね、「欲しいものが手に入る植木鉢」だよ」
「欲しいものだぁ?金が欲しいと思えば出てくるのかよ」
「鋭いね!その通り!」
にっこりと笑って植木鉢を差し出され、ランサーは無意識にそれを受け取ってしまう。
「でも気をつけてね、この植木鉢は本当に欲しいものが出てきてしまう。出てくるだけで、願いをかなえてくれるわけじゃないよ」
その言葉を最後にランサーは気付いたら家の中にいた。バイトは確かに忙しかったが、歩きながら夢を見るほどに疲れていたのか?と混乱していると自分が植木鉢を持っていることに気付いて落としかけた。間一髪割れずに済んだそれを机に置いて、一歩よろける。
「一体何だったんだ?」
ランサーは確かに植木鉢を貰ったことも会話をしたこともはっきりと覚えていたが、くれた相手の顔も声も性別さえも忘れていた。思い出そうとしてもあやふやで、考えれば考えるほどぐるぐると思考がブレる。
「酒は飲んでないはずなのに酔いでもしたか?」
例えるなら心霊現象に近い体験にランサーの背筋が震える。酒のせいにしてしまいたかったが勤務中の飲酒はご法度。決められたことは守るのが信条のランサーだったが、この時ばかりは客にすすめられた酒を飲まなかったことを後悔した。
「欲しいものが出てくる、か」
欲しいものなんてたくさんある、とランサーは脳裏に欲しいものを浮かべた。釣り道具を新調したい、新しいテントが欲しい、そろそろ暑くなるから夏用の服が欲しい、時計が欲しい、車も良いな、好きなアーティストの新作のDVDとCD、犬が飼いたい、それとそれと。
それと、
ふと最後に浮かびあがってこようとしたものをかき消して、乾いた土に水をやることを決めた。
そして一週間後、日曜日の朝。
毎日マメに水をあげていたランサーは「植物だったらさすがにもう芽が出てきていい頃だけどな~。やっぱ何にも出てこねぇのかな」とじょうろを手にとって、落とした。ゴトン、という鈍い音のあとに中の水が床に広がっていったがそんなことは気にしていられない状況が目の前に広がっていた。
植木鉢の中心、女児向けの着せ替え人形ほどの小さな手が生えていたからだ。
「・・・は?」
ありえない現象に、まだ俺は目が覚めていないのか?と頬を抓ってみれば抓った部分から痛みが広がる。離してもジンジンと痛むのでこれを現実と確認したところで恐る恐るその「手」に触れてみた。するとピクピクッと意思を持っているかのように動き、指先がランサーの指の腹を撫でた瞬間、ランサーは無言のまま鍵も閉めず外に飛び出た。
そして現在に至る。
「いや、怖すぎだろ」
数時間しっかり現実逃避をした後、ようやく帰る決心がついたランサーは家の扉を開けた。靴を脱ぎ散らかし普段なら気を付ける足音も気にせずリビングへと向かっていき、件の植木鉢を見た。
「手」が出るまで一週間もかかったのが嘘のように、数時間で「手」は「腕」へと進化していた。
「何で伸びてんだよ!!!!」
観察すれば上へ向かって伸びてきた腕を支えるように一緒に「肉」が絡まって伸びてきていた。色が違えば幹のようにも見えなくなかっただろうが、ピンク色のそれはどう見ても肉だ。生肉コーナーで良く見る色だった。そして肉の色のせいかおかげか、その腕の色が一般的な肌色ではなく褐色の色をしていることにランサーは気付いた。
額に汗が浮かぶ。
ただただ嫌な予感がした。予感だけは当たるのだ。
もう顔も声も思い出せない怪しい人物は言っていた。これは欲しいものが手に入る植木鉢だと。
ランサーは自分の欲しいものを思い浮かべた時、最後の最後に物ではなく「人物」を思い浮かべた。
高校時代、同じ学年にエミヤという男がいた。高校三年の最後の一年だけ同じクラスだった男で、ランサーはエミヤのことが一年生の頃から好きだった。寡黙で、無愛想で、他人から責任ばかり押し付けられるのに文句の一つも言わない、ランサーからして見ればとてもつまらない男だった。
しかし、入学式で家族と一緒に写真を撮るために照れくさそうに笑ったその顔はいつまでも忘れられない。ランサーの一目惚れは、性別を越えて、エミヤという人物をその後知っても変わらなかった。
同じクラスになった時は思わず「よっしゃ!」と声を上げてしまうほど嬉しかったが、どう距離を詰めていいか分からず、たった一度だけ「お前の弁当うまそうだな」と声をかけたのが最後だった。「俺の母ちゃん料理下手だから羨ましい」と緊張のあまり笑顔も浮かべずそう言ったあと、(感じ悪くなっちまった!)と再度言葉を続けようとした時、友人達から声がかかり「何してんだよ~~!学食行こうぜ」と引きずられエミヤの返答は得られないまま終わった。当時を振り返ると「羨ましい」と言った時、驚いた表情のエミヤが何事かをランサーに伝えようとしていたが、聞けずに終わってしまった。
その後は声をかえるタイミングを失ってしまい、しかしエミヤの進学先を知ってランサーも追いかけた。さすがに学科は進路の方向性から同じものにすることは出来なかったが、同じ高校から同じ大学なのだ、これなら高校の頃より親交を深めることが出来るだろうと思いきって声をかけてみた。
よぉ、エミヤ。と気さくに声をかけたつもりなのだが、エミヤは「用が無いのなら話しかけないでくれ」と挨拶に応じることなく去って行ってしまう始末。さすがに態度の悪さとようやく話しかけることが出来た喜びを粉砕された怒りやら悲しみやらでランサーも喧嘩腰で詰め寄ってしまい、そのまま口論になり今でも顔を合わせるたびに言い合いになり大学構内では「犬猿の仲」として有名になってしまった。
こうなりたかったわけじゃなかった。
深いため息をついて、ランサーは植木鉢に向かい直す。
ランサーが欲しいものはエミヤという男そのものだ。なら、この植木鉢から「エミヤ」が生えてくるのもおかしくない。
ランサーは床に広がってしまった水たまりに新聞を広げた後、軽くなってしまったじょうろに再度水を汲みに行った。
次の日の朝、遂に顔が見えた。一週間何も出てこなかったのが嘘のような成長速度と人形のように小さいが紛れもなく片思いの相手の顔をしたソレに息を呑む。
「エミヤ」
思わず名前を呼んでしまったが、片腕と顔だけしか出ていないソレは何の反応もなかった。生気のかけらも感じないのに生々しいソレに吐き気を催しながら、ランサーは水をあげた。植物ではないと分かっていても、こうでもしないと受け入れることが出来なかった。
それから数日、日々ソレは成長していった。
一日に少しづつ伸びてくるのを観察していると、次第に目も慣れてきたところでようやく体全体が土の中から出てきた。土台の肉の塊にしっかりくっついているようで、出てきたところで倒れたりはせずソレは眠ったままだ。触れてみてもピクピクと反応はするがそれ以外に反応はない。呼吸のため上下している胸がコレが「生きている」ことを訴えてきていてランサーは目眩がした。
別にこんなものは欲しくなかった。
エミヤは今もいつも通り大学にいる。今日も言い合いをしてきたばかりだ。つまり目の前のコレはエミヤ本人ではなく、本人の形をした何かだということだ。
「馬鹿馬鹿しい、何が欲しいものが出てくるだ」
覚えている言葉を口に出しながらランサーは肉の塊を見る。見れば見るほどよく出来たソレはそのまま人間を人形サイズに縮小させたような精巧さだった。ランサーはエミヤの裸を見た事がないが、隆起した立派な筋肉の凹凸を見つめて、実際にこんな身体をしているのだろうかとまじまじと見つめてしまう。ソレがエミヤではないと分かっていても、無意識に喉が鳴った。好奇心で胸から腹筋に指を滑らせれば、「んぅ、」と悩ましげな声が漏れた。少し動きはしていたが声を聞いたのは初めてで、ぱっとランサーは指を離す。
「俺は何をしてんだ」
このままではこの肉の塊の雄の部分も弄りかねない、と正気に返ったランサーはキッチンへ向かって閉まっていた紙袋を取りだした。クラフトで出来た茶色い紙袋。それを広げて、ランサーは「よし」と頷いた。
「捨てよう」
きっとこれは本当に植物で、しかし自分の目には欲しいものが見える。そんな危険な代物に違いない。俺は怪しい幻覚を見せられているんだ、そうに違いないと植木鉢を手に掴んだところで、ソレはパチリと目を開けた。
「ランサー」
鈍色の瞳と視線がかち合ったかと思ったら、ソレはランサーを見つめて言葉を発した。
「ランサー、ランサー、らんさー」
壊れたラジオテープのように何度も何度も名前を繰り返すソレに、ランサーは震えた。うるさいと机に叩きつけたい衝動に駆られたが、ソレの混乱した、焦ったような妙に人間臭いその表情にぐっと堪える。そして努めて冷静に、落ち着いてソレに「どうした?」と呼び掛けに応じた。
ランサーのその態度に明らかにほっとしたソレはまた「ランサー!」と声を上げた後、自分の発言に驚いたのか喉に手を当てて首を傾げる。その動作にもしやと思いランサーは「もしかして喋れないのか?」と聞けばソレは小さく頷いた。
「ランサー・・・」
「あぁ~~もう、分かったよ」
ばたばたと何かを伝えようともがくソレを肉から引き剥がしてティッシュでくるむ。幻覚が現実かは置いといて、動き出してしまったエミヤの形をしたソレの裸は目の毒だった。
「お前はエミヤか?」
尋ねると、ソレは困ったように首を傾げる。
「違うのか?」
そう聞いても、首を傾げるばかりで。
「何もわからないのか?」
なら、と質問を変えてみると、頷いた。ならこれ以上尋ねてみても無駄だろうとランサーは早々に目の前の幻覚を受け入れることにした。意志の疎通が出来てしまうなら流石に処分するのは心が痛む。
欲しいものが手にはいると言った。しかしこれは槍の欲しいものの形をした「肉の塊」だ。なんともむなしいことか。額に手を当てて項垂れれば、励まそうとでもしているのかエミヤの形をしたソレはランサーに駆け寄って困ったように顔を覗きこんでくる。それを見てなんとなく指の腹で顔を撫でてみたらソレは嬉しそうに指にすり寄ってきた。気分は悪くなかった。
そうかこれは俺のものか。
そう思ったらランサーは気分がよくなった。声をかける度に眉間に皺を寄せる男の顔が、今は自分の手の中で幸せそうに笑っている。
「アーチャー」
エミヤと同じ顔をしたソレを、ランサーはアーチャーと名付けた。親しいものにしか許してないあだ名らしく、ランサーはもちろん呼んだことがない。高校三年間の間でも、エミヤをアーチャーと呼んでいた存在は彼の幼馴染だという美しい少女ただ一人だけだったと記憶している。
アーチャーと呼ぶと、ソレは嬉しそうに笑った。花が咲いたような笑顔とはまさにこのことだなと思いながら、1度も向けられたことのない、見たこともない笑顔にランサーはただ泣きそうになった。