皇位継承めぐる竹田恒泰氏vs高野あつし氏のX論争。堂々巡りの「継嗣令」解釈(令和8年3月29日)
(画像はXから)
◇1 「女帝の子もまた同じ」とする解釈
この10日ばかり、Xを舞台に、竹田恒泰氏と高野あつし氏が皇統論をめぐって、激論しているらしい。高野氏が、竹田氏を論破したと解釈する向きもあるようだ。
あらためて、少しだけXの議論を眺めなおすと、発端は、継嗣令の読みと解釈らしい。高野氏はこう断定している。
「明治維新まで、皇統に関する律法は養老律令の継嗣令(けいしりょう718年)のみ。
その中で、皇位を受け継げる親王になる資格を定め
『女帝の子にも皇位継承権』を認めている。
これが明治までの唯一の成文ルール!!
男系を2400年守ってきた伝統というのが大ウソと分かる規定。」
高野氏はこのあと、ネットで公開されている「継嗣令」の現代語訳を引用している。これまで何度も繰り返し取り上げてきた「女帝の子もまた同じ」のくだりである。
これに対して、竹田氏は、4条を引き合いにして、反論している。
「継嗣令4条には、皇族女子は皇族以外と婚姻できない旨が定められている。つまり、「女帝の子」とは、父親は必ず皇族だったことになる。女系天皇を容認した規定にはなりようがない。
長きに渡り、男系の血を引かない者が即位した例はない。」
竹田氏もまた、高野氏同様、「女帝の子」と読む立場である。女帝は存在したが、歴史上、女系天皇は容認されなかったと主張していることになる。
結局、論争は、高野氏による「まとめ」では、次のように、竹田氏が敗北したことになっている。
「結局、議論の中核である、
「男系が皇統の価値として2600年先人達に大切に守られてきた」という竹田氏の主張について
「しっかりした歴史的根拠があるなら挙げて欲しい」との問に対して、
長く続いていたこと以外にも
具体的に多数ある
と述べながら、
その内容を具体的に一切示せず
なんと、自分で探せ!
で議論を打ち切られました。」
◇2 前提を誤った論争のどっちもどっち
しかし、私にいわせれば、どっちもどっちだと思う。そもそも継嗣令の読みと解釈が、お二方とも正確ではないと思われるからである。
継嗣令の一条は、岩波書店の『律令』日本思想大系3(井上光貞ら、1976年)によれば、「凡そ皇(こう)の兄弟、皇子をば、皆親王(しんのう)と為(せ)よ。〈女帝(にょたい)の子も亦(また)同じ〉。以外は並に諸王と為よ。親王より五世は、王の名得たりと雖(いえど)も、皇親の限に在らず」となっている。「女帝の子」と読んでいる。〈〉の部分は原注である。
しかし、「女帝子亦同」を「女帝の子」と読むのなら、「天皇の兄弟、皇子をみな親王とし、女性天皇の子女も同様に親王としなさい」と解釈することになるが、どうもスッキリしない。
女系継承容認派の所功氏などは、ある雑誌に、「天皇たり得るのは、男性を通常の本則としながらも、非常の補則として『女帝』の存在を容認していたということであります」などと書いているが、そういう読みと解釈でいいのだろうか?
畏友・佐藤雉鳴氏(故人)は明確に否定している。
ひとつの理由は、当時、「女帝」という公式用語はないからだ。公文書の様式を定めた「公式令」には「女帝」はないから、「女帝」と読むべきではない。岩波の思想大系は間違いだということだ。
もうひとつ。「養老令」施行から2年後の天平宝字3(759)年6月に、光明皇太后が淳仁天皇にお言葉を発せられたことが『続日本紀』に記述され、「是(ここ)を以(もち)て先考(ちちみこ)を追ひて皇(すめら)とし、親母(はは)を大夫人(おおみおや)とし、兄弟姉妹(あにおとあねいも)を親王(みこ)とせよ」とあり、この最後のくだりについては、「継嗣令」との関連が想起されるのだが、『続日本紀3』(新日本古典文学大系14、青木和夫ら校注、岩波書店、1992年)では、日本思想大系とは別の理解がされている。
◇3 「女(ひめみこ)も帝の子」と読むべし
すなわち、新日本古典文学大系の校注には、「継嗣令」の「凡皇兄弟皇子、皆為親王〈女帝子亦同〉」が引用され、「舎人親王を天皇とするので、その子女(淳仁の兄弟姉妹)も親王・内親王と称させる」と記されている。
つまり、〈女帝子亦同〉は「女帝の子も亦同じ」と読み、解釈するのではなくて、「女(ひめみこ)も帝の子、また同じ」と読み、「天皇の兄弟、皇子を親王としなさい。皇女子も天皇の子女だから、内親王としなさい」と解釈している。
この読みと解釈の方がよほどスッキリする。少なくとも「女帝の子」と読むべきではないという解釈があることはハッキリしている。
継嗣令は女系継承を認めているのではない。「女帝の子」と読む前提での竹田恒泰氏と高野あつし氏の論争は、最初から間違っているのではないか? 同様の指摘は過去に何度も繰り返してきたことだが、堂々めぐりの議論にはうんざりさせられる。
[追記]そして、また、応援団が現れました。冷静に、穏やかに、学び合うことはできないものでしょうか?



コメント