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武藤記念講座
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政治論
第
1084
回武藤記念講座要旨
2021年12月11日(土)
講師:京都産業大学名誉教授、モラロジー研究所客員教授 所 功氏
「新型コロナ」の影響で長らく外出自粛を余儀なくされておりました。関西へ参りますのは昨年3月京都へ来て以来です。今日ここで皆さんと直接お目にかかることができ、誠に嬉しく存じます。私は昭和16年(1941)12月12日の生まれで、明日満八十歳に達します。今のところ幸い健康に恵まれておりますので、これからも余命を活かす”終活”に努めたいと思っております。
現在の皇室は、平成の天皇陛下が86歳で退かれた後を継がれた令和の天皇陛下が立派に公務を行われ、皇后陛下も幸い健康を取り戻されつつあります。またお二人の間に生まれた愛子内親王は、この12月1日に満20歳に達して成年皇族となられました。そのため一見、令和の御代はこれから20~30年ぐらい安泰であると言えるかもしれません。
しかし一方では、絶滅の危機に陥る要因が顕在化しつつあります。先般ゴールされた秋篠宮眞子内親王のご結婚を巡る報道を観ておりますと、これから次々と起こる難しい問題の始まりではないか、と不安を抱いております。
現在、天皇と皇族は全部合わせても17方、40歳以下の若い皇族は6方にすぎません。そのうち一番大事なのは、天皇・皇后両陛下を中心とする「内廷」の方々です。一般の家で例えれば「本家」にあたります。当主の天皇陛下、そして正妻の皇后陛下、長女の愛子内親王、さらに先代の上皇陛下と上皇后陛下、あわせて5方おられます。ついで、いわば分家の宮家が、秋篠宮家、常陸宮家、三笠宮家、高円宮家の四家あります。この両方とも、現行制度のまま放っておけば、近い将来きわめて難しい状況になることが、かなりはっきりしていることを直視しなければなりません。
現行の憲法は、昭和21年(1946)被占領下にできたものです。それでも特徴として重要なことは、明治以来の憲法と同様に、第一章が「天皇」となっていることです。そこに第1条から第8条まで、天皇の地位と役割を定めてあります。それに対して一般国民のことは、第三章「国民の権利と義務」に詳しく定められております。
つまり、天皇については一般国民と別枠で特別に制定されているということが重要なのです。従って、皇室問題を考えるときには、第3章の国民概念で論ずると的外れになります。皇室は例外として特別に存在されるという認識が前提として必要なのです。
皇室の方々は存在そのものが聖域の公人であります。それに対して私どもは俗界の「私人」です。この公人と私人との区別は、歴然たるものがあります。公人には許されるけれど、私人には許されないこと、逆に公人には認められないが、私人には認められることが多々あります。そのため、皇室に生まれ育たれた方は、皇室を出られても決して純然たる私人になられるわけではない「準公人」だということをきちんと考えておく必要があります。
先般秋篠宮家を離れられた眞子さまは、公人たる皇族として30年間に亘り、勉学と公務に励んでこられました。しかし結婚を境に、公人の立場を離れ一私人になりきろうとして、皇室儀式の婚礼をなされず、皇室を離れる時の一時金も辞退することにより、皇室と縁を切ってしまうようなことをされたのは、甚だ遺憾といわざるをえません。
皇室に生まれ育った方は、皇室を離れられても、それなりの品位を保つ責任があります。皇室の方々には「皇室経済法」という法律で、毎年ご生活用の皇室費を国費から出しています。また皇室を離れられる時には、この先も「品位保持に資する」ために一時金をご用意することが定められています。今回いろいろな事情で一時金を受け取られないことになり、ご本人は「皇室と関係のない私人になります」と決断されたようにみられます。今後これが先例となって、妹の佳子内親王も、お姉さんと同じように一時金を辞退し、一私人になろうとされるかもしれません。秋篠宮家を支えている方々が縁を切ってしまわれたら、皇嗣である秋篠宮殿下が皇位を継がれますと、その後を継がれる悠仁親王も秋篠宮家の当主になれなくなります。つまり秋篠宮家がなくなってしまうわけです。
同様に、三笠宮家も高円宮家も、若い方は女性しかおられません。一般の方と結婚されたり、もし独身を貫かれても、当代限りで両宮家はなくなってしまいます。さらに後嗣のない常陸宮殿下は85歳を超えられておられますので、この宮家もいずれなくなる恐れがあります。
その上、もっと大変なことは、内廷の愛子内親王が一般の方と結婚され皇室を出られたら、ここもやがてなくなってしまうことになります。当分はよいのですが10年後、20年後はどうなるのでしょうか。きわめて難しいところへ来ています。
皇室には、天皇陛下と陛下を支える皇族がおられます。その方々を支えるには費用が必要です。けれども現行の憲法では、皇室が私有財産を持ってはならないことになっております。東京に皇居があり、京都に京都御所がありましても、これらは全て皇室のものではなく国有財産です。従って、内廷と宮家の方々は国から建物を借り住まわれていることになります。これはイギリスなどと全く違います。イギリスは王宮も領地も王室の所有です。
戦前は皇室の財産として莫大な世伝御料がありました。そのような「皇室に財産が必要である」と言い出したのは福澤諭吉です。福澤はイギリスの王室事情などを良く知っておりましたから、明治13年(1880)に書いた「帝室論」の中で「やがて憲法ができ国会ができれば、おそらく国民の利害を巡って争いが起きて、皇室を蔑ろにするようになる。しかし皇室には、一般の政治家や経済人と別次元の働きがある。非常に困った人々を励ましたり、本当によく頑張った人々を褒めたりするために、独自の財産を確保する必要がある」と問題提起をしました。それを承けて、段々と山林、土地などの皇室財産が確保されるようになったわけです。
しかし敗戦後、占領軍の指令で皇室財産はほとんど国有化されてしまいました。ただ、それでは皇室の方々のご生活が成り立たないということで、特別に「皇室経済法」が作られ、皇室費を用意するようになったのです。
この皇室費について、令和3年度(2021)の予算をみますと、全体で約85億円です。それが「内廷費」「皇族費」「宮廷費」の三つに分かれています。
まず一つ目の内廷費は、天皇・皇后両陛下と愛子内親王および上皇・上皇后両陛下の費用でして、全体で約3億円、内廷で働く人々の給料も入っております。宮中祭祀の費用は、現行憲法が政教分離を前提としておりますので、内廷費から出されます。また皇后陛下が尽力されている養蚕などの費用も、内廷費から出されております。
次に二つ目の皇族費は、現存する秋篠宮・常陸宮・三笠宮・高円宮の四宮家の皇族12名に対する個々の費用でして、全体で約2億7千万円です。
さらに三つ目の宮廷費は、皇室の諸活動や宮殿の維持管理などに必要な費用でして、80億円近く計上されています。憲法上の国事行為や公的行為をなさるための費用が大部分です。このうち内廷費は、一括で支出されますが、約34%が人件費です。物件費は制限がありまして、衣類、食費、教養費、祭祀料などに分かれ、恩賜金や交際費は僅か10%です。被災者等のお見舞あるいは功労者などに激励したいと思われても、ごく僅かしか用意できないのが実情です。
ついで皇族費は、個別に決められております。たとえば秋篠宮家は、ご当主を基準として妃殿下、長女、次女、長男に分けて支払われます。秋篠宮殿下はこれまで当主として3,050万円でしたが、一昨年皇嗣となられましたので、3倍額の9,150万円となりました。妃殿下は当主の年額3,050万円の1/2の1,525万円、長女の眞子内親王、次女の佳子内親王は各々3/10の915万円、そして未成年の長男 悠仁親王は1/10の305万円です。
ちなみに眞子内親王の場合、皇族費という裏付けによって成育され、成年後ご公務に励まれました。その間若干の貯蓄をされたようですから、アメリカでそれをお使いになるかもしれませんが、それを使ってよいのかという異議を唱える人もおります。
また常陸宮家と三笠宮家と高円宮家にも、それぞれ皇族費が出ております。常陸宮にはご当主がおられますが、三笠宮家と高円宮家はご当主が亡くなられましたので、それぞれ妃殿下が当主の代理を務めておられます。秋篠宮家以外すべて女性になってしまいました。これを誰が予測したでしょうか。
三笠宮家の場合、崇仁親王殿下と百合子妃殿下の間に3人も立派な男子がおられましたが、3方とも父上より先に亡くなってしいました。「男子がいれば皇室は安泰だ」というような楽観論は成り立ちません。三笠宮家の彬子女王は、縁あって京都産業大学の専任教授をしておられますが、本当に慎ましい生活をしながら、目いっぱい有意義な活動をしておられます。
それに対して宮廷費をみますと、総額は多いのですが、内容は皇室における公的儀式や宮殿、陵墓の管理、皇室財産の修理などに相当の費用がいるわけです。特に一昨年来、上皇陛下の譲位により赤坂御用地の元東宮御所を仙洞御所とするために御所の大改修をされ、また秋篠宮殿下が皇嗣となられたので秋篠宮邸を東宮御所と同じ位にする改修などで、宮廷費が相当かさんでおります。
皇室の方々のお世話をする役所として、宮内庁があります。その費用は約127億円です。宮内庁は内閣府の一外局でして、そこに約1千人の職員がいます。戦前の宮内省には約6千人の職員がおり、しかも優秀な職員が志願して入り、定年まで奉職する人が多くいました。しかし今は、他の省庁で採用された人が途中で出向してきたり、あるいは次官クラスを辞めてから宮内庁の長官や侍従長に横滑りしてきます。規模が6分の1になっただけでなく、人材のあり方も変わったのです。
宮内庁には、侍従職・上皇職・皇嗣職と、それから式部職(楽部)・書陵部・管理部、さらに京都事務所・正倉院事務所・御料牧場などがあり、それぞれよくやっておられます。しかし内閣の一外局扱いですから、人材確保が非常に難しいと言われております。
また皇室の方々をお守りするため皇宮警察官がいます。戦前の皇宮警察は、宮内省の直轄でしたが、戦後は警察庁の所管となりました。約980人の皇宮警察官は、警察庁の職員です。ただ基本的に、皇宮警察官として採用され、定年まで勤務することになっています。ところが最近、警察庁と皇宮警察の人事交流が活発化されつつあります。皇宮警察官は宮内庁の職員でなくても、天皇陛下や皇族たちのお側にお仕えをしておりますし、皇室の方々も頼りにされています。また皇宮警察学校では、一般の警察官のような教育のほかに、皇室制度や宮廷文化などの教養も身に着けるようになっておりますが、今後どうなるのか、若干心配しております。
天皇のご公務としては、まず憲法に基づく国事行為をされることが重要です。現行憲法では、第7条に「天皇は国民のために国事に関する行為のみ行い」と定められています。天皇が日本国の象徴として、国家を代表する元首のような立場から、内政と外交に関わられるのが国事行為です。
ついで国民統合の象徴として、政府や地方自治体あるいは公的団体からの要請に従って、また時には陛下のご意向に基づいて、国内・国外へお出ましになるようなご公務があります。これを公的行為といっておりますが、憲法には明示されているわけではありません。しかも憲法に「国事行為のみ」と書いていますから、一部の論者から「公的行為はできない」「してはいけない」というような批判があります。今後、憲法を改正するのであれば、せめて「のみ」の2文字だけでも除いてもらいたいと思います。
一般国民の目に触れるのは、ほとんど公的行為の部分であり、国民にとっても非常に重要です。昭和天皇や平成天皇が公的行為に大変お力を尽くされたことで、国民の心が一つにまとまり、また皇室に対する信頼と尊敬も増してきたのは、公的行為によるところが大きいと思われます。
さらに祭祀行為があります。憲法の政教分離の原則に配慮して、公的行為に入れられていませんが、まさに国家・国民のためのお祀りです。恒例の祭祀だけでも、毎朝の御代拝や毎月3回の旬祭および年間20以上の大祭・小祭があり、他に臨時の祭祀も少なくありません。それはほとんど人に知られていませんが、黙々と国民・国家のために祈っておられます。
このように天皇のお務めは、憲法上の元首的な象徴としての国事行為と、国民統合の象徴としての公的行為と、世襲君主としての祭祀行為と三つから成り立っています。そのために、天皇はあらかじめ周到な準備をされ、それぞれの所で十分な役割を果たされます。
例えば、被災地へお出ましになる際、事前に現地の状況を関係者からしっかり聞き、お出ましの際は、現地でどういう人々に会って、どういうお言葉を掛けたらよいか検討されます。急にハプニングが起こりますと、それにきちんと対応できる幅広い知識も必要となります。皇居へ戻られましても、関係者からの御礼など言上があり、それにも対応されます。また祭祀に関しても、必ずリハーサルをなされます。そして、お祀り終了後に関係者の慰労もをされます。それらは一つ一つが極めて重要であり丁寧に行っておられます。
また憲法上の国事行為として、天皇は外国の大使・公使を接受されます。しかも外国の大使・公使が日本へ着任しますと、先ず信任状の捧呈式があり、天皇は日本の元首として単身で受理されます。それからまもなく、皇后陛下とご一緒に、新任の大使・公使をお茶会に招かれます。その際、その国の実情や大使の家族のこと等々を、よく調べておかれた上で、いろいろお尋ねがあったり、励ましがあったりするのです。これが新任の時、在任途中、離任の時、と少なくとも3回はあります。
いま世界の百数十国が日本に大使館、公使館を置いていますので、ほとんど毎週行わないと全部こなしきれません。これを一々、極めて丁寧に対応されることにより、国際親善を増すうえで大きな役割を果たしておられます。表には見えない部分でそういうことをなさっている。これが天皇のご公務であります。
一方、各宮家の方々も、いろんなご公務をお持ちです。主なものは宮内庁のHPにも載っております。まず秋篠宮殿下は、皇嗣として皇太子殿下に準ずるお仕事として「全国育樹祭」にお出ましになるなど、沢山の公務があります。紀子妃殿下も幾つかなさっており、それを眞子内親王が助けてこられ、日本テニス協会の名誉総裁や日本工芸会の総裁でした。しかし、結婚して外へ出られましたから、今回これを佳子内親王が引き継いでおられます。ただ、もし佳子内親王まで出てしまいますと、紀子妃殿下へ全部かかっていきです。これは常陸宮家も同様です。常陸宮殿下はお若い頃からお身体が不自由なうえ、妃殿下とも相当お年を召されましたので、いずれお仕事を他の宮家が引き継がなければならないことになります。いずれのお仕事も、明治以来(中には明治以前から)大事にしてきた日本の伝統文化や農林水産業などの振興に関わる事が非常に多い。皇室の方々を総裁や名誉総裁に仰ぐことにより、辛うじてその関係団体にとって元気を維持してきたわけです。年に1~2回のお出ましであっても、その意味は非常に大きいと思います。
さらに三笠宮家と高円宮家も、いろいろなお仕事をお持ちです。特に三笠宮家の場合、寛仁親王が亡くなりましたから、長女の彬子女王が相当の仕事を引き受けておられます。例えば、日本トルコ協会総裁や中近東文化センター総裁などは、祖父の崇仁親王が古代の中近東文化の発掘調査を応援されてきた因縁の深い公務です。またご自身で京都を中心に手作りの伝統文化を受け継ぎ広めるため、心游舎というNPO法人を立ち上げ、若い子供たちと一緒にやっておられます。また高円宮家も、憲仁殿下がスポーツに熱心でしたから、そういうお仕事を紀久子妃殿下と承子女王が引き継いでおられます。
このように皇室は従来のいろいろな関係でやってこられたお仕事を可能な限り引き継いでおられます。しかし、そのためにも人やお金が要ります。そのことを政府も国民も配慮しなければならないと思います。
日本の皇室とよく比較されるのが、いわゆる英国の王室です。ただ、この国はイングランドとスコットランドと北アイルランドの連合王国(UK)です。その連合をつなぎとめているのが王室にほかなりません。このUKでは、王室に生まれ育った方が結婚などで王室を出られても、王族とされています。そのため王位継承者が今3,000人ぐらいいると言われています。
しかし、王族として待遇されるのは17番目のアン王女あたりまでです。後のお子さんなどは王族扱いをされませんが、王位継承権は持つということです。
UKでは長い間、男子が王位を継ぐことが原則でありましたが、議論を経て2013年に男子優先から長子優先に変わりました。現在は男子がおられますから、エリザベス女王の後もチャールズ皇太子からウイリアム王子が継ぐ可能性が高いわけです。ただ、万一のことがあれば、ウイリアム王子の後、シャーロット王女が継がれることもありうる、という幅の広い王位継承になっています。
一般社会では、男子がハードな仕事を担うケースが今なお多い。皇室においても、然るべき男子が皇位を継いだらよいと思います。しかし「女性はだめだ、女性にはできない」と決めつけることはよろしくありません。
現にイギリスでは、95歳になるエリザベス女王が70年近くも王位を担ってこられました。日本でも歴史上8方10代の女性天皇がおられ、女子の継承を排除しておりません。最近、自民党の総裁選に出て政調会長になった奈良出身の高市早苗さんが、「文藝春秋」1月号で「女性天皇に反対しない」とインタビューに答えています。「万一に備えて女性天皇を認めておく」ということは、当然のことだと思います。
皇室が今上陛下から秋篠宮殿下を経て、ついで悠仁親王へと順調に続いていけば、それに越したことはありません。しかし秋篠宮殿下自身「兄が85歳になり、自分が80歳で天皇になるのは無理だ」と言っておられたようです。また悠仁親王が「お姉さんが皇室を出たのだから、ぜひ僕も出たい」と言われたらどうするか。そういう意味で、皇位継承が順調にいくかどうかは、誰も確信をもって言うことができません。
そこで、当面まず考えなければならないことを申し上げます。天皇陛下は今61歳ですが、30年後90歳に入られます。もし30年後に譲位をされる場合、そのころまで天皇陛下を支える方は皇后殿下であり、またご長女の愛子内親王です。愛子内親王は先日のお誕生日に「これからも両親の両陛下を支えていきたい」と決意を述べておられます。当面、令和の御代には、愛子内親王が結婚されても皇族として皇室に残られ、内廷で身近に父君の天皇を支えられる。ついで叔父上の秋篠宮殿下を支え、さらに従弟の悠仁親王を支えられることが必要だろうと思います。
2千年近く続いてきた皇室が、これからも末永く続いていくためには、あらゆる事態を考え、可能な限りの準備をしておくことが必要であろうと考えております。
質問1
「皇室典範特別法付帯決議」に関する有識者会議の案について、先生はどのようにお考えでしょうか。
回答1
12月6日に示された有識者会議の案には、二つの考えがあります。一つは、皇族女子が結婚後も皇室に留まり得るようにすることです。もう一つは、旧宮家の男系男子孫を皇室に養子として入れるということです。私は両方とも検討したらよいと思いますが、まず実現すべきは前者であり、後者には時間を要します。
戦後70年以上も経ち、旧宮家のご子孫は一般国民として生まれ育った方々ですから、直ちに皇室の養子となる事は極めて難しい。旧皇族で最高齢(92歳)の久邇邦昭氏には二男一女があります。しかし同氏が「自分は子供達を自活出来るように育ててきたのだから、今更皇室に戻れと言われても困る」と言っておられます。
質問2
愛子内親王は成人の行事で黒田清子様からティアラを拝借されましたが、その理由を教えてください。また「開かれた皇室」とはどういうことなのでしょうか。
回答2
ティアラについては、両陛下もご本人も「コロナ禍の中で一般国民が大変な時に、ティアラを新調することは遠慮したい」と強く言われたそうです。黒田清子さんのティアラは、平成の天皇・皇后両陛下が、内廷費の一部を貯金して、新調され、娘の清子さんにプレゼントされたもので、それをお借りになりました。しかし今後、新年の祝賀や歌会始めなどで、その都度お借りになるわけにもいきません。従って、いずれ今の天皇・皇后両陛下が内廷費の貯蓄分でお作りになるだろうと思います。なお、秋篠宮家の眞子さまと佳子さまの場合は、宮廷費で作られましたので、国有財産としてティアラをお返しになっています。日本の宝飾技術は極めてレベルが高いので、令和の宝物の一つとして、愛子内親王にふさわしいティアラをお作りいただきたいと思っております。
もう一つ「開かれた皇室」ということは、今に始まったことではありません。明治以降、皇室はオープンになりました。江戸時代には在位中の天皇が、京都御所から外に出ることすら出来ませんでした。しかし、東京へ遷られた明治天皇は、全国各地を巡行されました。それは天皇が日本国で最高の権威ある統治者であることを、一般の国民にも外国の人々にも認識してもらうためであり、皇室の側から積極的に開かれたのです。ただ、そのさいに皇室の事が正しく理解されるよう、しっかりした情報を出しました。ところが戦後、皇室側から十分な情報を出せなくなりましたので、宮内庁詰めの記者などから聞いた話が週刊誌などに流れるわけです。それに誤解や憶測が入り混じり、必ずしも正しくない報道が出るようになりました。
そこで今後は、宮内庁に一流の報道官を置き、責任をもって正確な情報を出すようにしてほしい。政府や宮内庁は、皇室の事を多くの国民にも海外の人達にも正しく知ってもらう、という情報の出し方を工夫して欲しいと思っています。
質問3
先生は、一般国民として生まれた旧宮家の子孫が皇族に入るには、まず教育をしなければならないといわれました。しかし美智子上皇后や雅子皇后は、結婚して一般国民から皇族に入られましたが、皇族の品位を十分もっておられます。旧宮家から皇室に養子で入る場合も、復帰してから教育すればよいのではないかと思いますが、如何でしょうか。
回答3
そういうお考えも成り立つケースがあるかもしれません。ただ、一般女性は皇室に后妃として入られるのですが、旧宮家子孫の一般男性は現存の宮家の当主となるため養子で入ることになりますから、その立場と責任の重さが相当に異なります。
養子論で必要な事は、第一に旧宮家ご子孫の当家と当人が本当に理解し了解するかです。第二に皇室側の現宮家でその方を迎えることを理解し了解するかです。第三にそれを聞いた一般国民の多くが理解し了解するかです。この三要件をクリアすることは大変でしょう。もしそういう方針を取るならば、一般国民の中で生まれ育った成人が皇室(宮内庁の侍従職か掌典職)に勤め、皇室の事をしっかり理解できた方の家で、その子供さんが若い頃から皇室に入られることはあってもよいと思います。皇室にはいろいろなしきたりがあり、大変ご苦労されるに違いありません。
今の上皇后陛下も皇后陛下も、皇室に望んで入られたのではなく、かなり強く求められ、相当な覚悟をして入られたといわれています。皇室に入られる方は、ご両親にもご当人にも、どのようなことが降りかかってくるか判りませんので、よほど慎重に内々進めることが大事です。それに相応しい人がおられるとしても、実現するまでには相当時間がかかると思われます。
質問4
絶家となった秩父宮家や高松宮家は、今どうなっているのでしょうか。
回答4
秩父宮家も高松宮家も途絶えてしまいましたが、その宮家のお祀りは現在の宮家に可能なかぎり引き継がれます。例えば、高松宮家自体、大正12年(1923)絶家となった有栖川宮家の祭祀と財産を承け継ぐために、大正天皇の第三子の宣仁親王が有栖川宮の旧称高松宮を勅賜され、その祭祀を引き継ぐために立てられました。その高松宮家も昭和62年ご当主が、平成16年に同妃が薨去されました。そこで、宮邸における祖霊祭祀は行われえなくなったのです。しかし、すでに両家の方々の御霊は、1年祭の後に宮中の皇霊殿に合祀されていますから、宮家が亡くなっても春秋の皇霊祭は続いていくことになります。
ちなみに旧宮家は十一ありましたが、すでに七家は男子の継承者がなく、いわば絶家のような形になっています。今は四家しかありません。法的な明文はありませんが、旧宮家も男子しか当主になれない慣習により、女子しかおられない旧宮家はどんどん絶えてしまったのです。残る四家も確実に家を継いでいけるかどうかわかりません。その祖先祭祀は今どうされているのか、今後どうなるのか、かなり切実な問題です。
そのような数少ない旧宮家の男子孫が立派に育って、後嗣のない宮家へ養子に入られても、必ず男子が生まれるとは限りません。少子高齢化が進み、民間でも家を継ぐ事が難しくなっています。しかし「今まで男子で続いてきたのだから、男子で続いていける」、「皇室の中に男子がいなくなれば養子を迎えればよい」と楽観している人がいるとすれば、そうはいかない場合も考慮に入れ、万全の策を密かに講じてほしいと思います。もうぎりぎりのところへ来ているのです。もっと皇室の現状を直視して、本当にやっていただける現皇族の方々に感謝して応援する事が大事です。多くの国民が心からエールを送ることにより、皇室の方々が元気を出して下さり、これから先に進んでいただけるような道を開いていけることになればと念願しております。
以上は、京都産業大学名誉教授 所 功氏の講演を、國民會館が要約、編集したものです。文章の全責任は國民會館が負うものです.。
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