おやすみ小さい子よ
酒に弱いゴスフェが酔い潰れてうとうとしている時にトリスタが来てハンちゃんの子守唄で寝かしつける話、まだ付き合ってないトリ→ゴス
メモ帳にあった短編ネタを消化したかったのでものすごいやおいな話になってしまった。反省
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殺人鬼にも休暇はある。無慈悲にサバイバーの肉を裂き血を浴びる者だって、残忍に獲物の儚い希望を踏みつける者だって、あくまで人間なのだから。
一定数の儀式を行ったキラーはエンティティに願えば儀式のコマとして呼ばれない時間を得ることができる。人を痛めつけるために生まれてきたようなクリーチャーは別として、時間の利用法は人によって勤勉に武器の手入れを行なったり、ハメを外して娯楽に溺れる者まで十人十色。
そしてこの日も血と脂に濡れたナイフを供物に、翌日まで休暇を得たゴースフェイスは隠密で凝り固まった体で伸びをして自室に戻った。
それぞれに割り当てられた個室はベッドとテーブルまで標準装備、あとはキラーの特色によって家具が変わるらしい。確か最近やってきたカルミナはデカいキャンバスとかあってアトリエみたいなんだっけ?と早速新入りの情報収集を行なっている男は独り言を呟いた。
そしてゴーストフェイスの部屋の特徴といえば天井まで聳えるような高さの棚、そこには古今東西のホラー映画とありふれたキャンパスノートが乱雑に突っ込まれている。その一冊一冊には全てのページが黒く塗りつぶされていると錯覚するほど緻密な個人情報が書かれており、対象はこの森にいるすべての住人に及んでいた。
カルミナと共に森へ招待された学識高い男について、今日の儀式で得た新たなクセなどを書き込む。もちろんエンティティからある程度の情報は与えられているが、全員に平等に与えられているプロフィールなんて鼻をかむちり紙にしかならない。
知りたいのはもっと深く…目の前で仲間が刺殺された時の表情は?悲しみ?恐怖?怒り?あと少しで灯りそうだった希望の光を奪われた時の声は?励ましあってきた仲間をキラーに売らざるを得ない状況になればあの聡明そうな男はどうするだろうか?
自然と唇に笑みを浮かべながら記者時代に培った速書技術でノートのページをみるみる埋めていく。
ふぅ…と、満足げな息をついて顔を上げた時にはノートの残りも数えられるほどまで減っていた。また新しい備品を頼まなければならない、いったい何処から入手して来るのか相変わらず謎の多い雇い主に思いを馳せながら、情報の塊を棚に戻そうとしたゴーストフェイスは視線を横にずらして渋い顔をする。
向きも合わせずぐいぐいと入れられた区画の隣は、対象の名前と時系列で分けられ、背幅まで綺麗に揃って並んだ列。どこに何を置いたか自分が覚えているからいいもんを地で行くゴーストフェイスには無縁の並べ方はもちろん顔馴染みの殺人鬼、トリックスターが勝手にやったもの。
与えても問題ない情報の範囲のノートを気まぐれに見せてやった際、詳細な犠牲者たちのメモに目を見張り、他人のことを本人以上に知り尽くす不気味な男の片鱗へ恐怖すら感じた彼はすぐに瞳を輝かせて称賛を並べたものだ。真に価値のあるものに対しては飾らない彼の賛辞は心地よく、その時にこんな凄いものを乱雑に置いておくなんて見ていられない!と言われ、つい軽い気持ちで整理することを許してしまった。
それ以来ゴーストフェイスがいる時に限って、トリックスターはマメに棚を整理し始めたのだ。大人が手を広げても端まで到達しない本棚は、気づけば半分以上彼の手がかかり、むしろ背表紙が斜めに飛び出ている区画の方が今は少ない。
一歩後ろに下がり、いつの間にか領域を侵されて見慣れた居場所がみるみる少なくなった本棚はまるで今の自分のようだ。きっと霧の森にきた当初のゴーストフェイスなら犯行の命ともいえる情報源を他人に見せるどころか、ましてさわらせるなんて事は決してしなかった。
身分を偽る必要がなく、殺人鬼の集団に身を置いていたからなのだろうか、慣れという名の毒は最も恐ろしい。耳触りのいい言葉で納得させようとしていたが、賢い思考回路は冷笑を浮かべている。
そう、理由はきっとそれだけではない。顔を合わせてからこれまで、どんなおざなりな対応をされようと接触を図ってきたトリックスターの思惑、一般的に言えば『好意』というものが大きいと、思う、多分。
そこまで思考が及んだ瞬間頭を振ったゴーストフェイスは脳裏に焼き付いたこちらを見つめる金色のとろけるような瞳を振り払った。
このままでは勝手にドツボにハマってしまいそうな気がする。回転の速い頭同様並外れた危機察知センサーがビンビンに反応しているのを見て、せっかくの休日を同性の殺人鬼へアプローチを仕掛けてくる狂人に費やすのは馬鹿馬鹿しいと断じ、ゴーストフェイスは本棚から離れた。
そして余暇をどう過ごそうかしばらく考えた末、備え付けの冷蔵庫からキンキンに冷え切った酒の缶を取り出した。
あまりアルコールに強くなく、好んで飲まないゴーストフェイスもたまには楽しみたい夜もある。仕入れたきり冷蔵庫に入れっぱなしだったアルミ缶は手袋越しにも感じるほど冷気を発していて、プシュッとプルタブを開ければ小さな白い煙を上げた。
現実世界では飲酒による酩酊でうっかり口を滑らせないか不安で忌避感すら感じていたアルコールだが、気兼ねなく飲めるのもこの世界のいいところだ。
コクっと一口飲めばポップなフォントで印字されたコークハイは覚えのある味、舌を撫でる甘味の後に焼かれる喉へ僅かに眉を顰めたゴーストフェイスは記憶を目覚めさせる笑い声にぎりっと缶を握りしめた。
(あいつら僕の事を酒に弱いってバカにするけどそこまで弱くないし!酒の席で毎回ボトル二桁空ける方がイカれてるんだよ!)
ならず者が多くを占めるこの森ではやはり飲めないものより酒豪の方が圧倒的に多い。飲みの席で酒がダース単位で消えるのは序の口、比較的年齢の若いリージョンですら競うように飲み干す光景が散見される場で下戸のゴーストフェイスは肩身の狭い思いをするのは常だった。
ついこの間も意図的に飲まないようにしていると主張しても赤ら顔のメンバーに飲めないお子ちゃま扱いされた怒りに奥歯を噛み締め、ストレスも一緒に飲み下すように缶を傾ける。
今日はいける気がする。根拠のない自信が頭を擡げるのも休暇を前にした高揚感か、それとも喉を通過したアルコールが早速作用しているのか、ゆっくり判断する前にぐいっと濡れた唇を拭い、スペースを圧迫していた酒をいそいそとテーブルに並べたゴーストフェイスは人前で片時も外さない幽霊マスクをずらした。
そしてコークハイの残りを飲み干し、次々に封を開けた酒缶が二、三個転がる頃になると、部屋に設置されたベッドに背を預けたゴーストフェイスは喉を反らして天井を見上げていた。
(あー…ちょっと、ぼんやりしてきたかも…普通こうなったら飲むのやめるでしょ。なんだよ、限界を知るとか、意味わかんない…)
整然と並んだ思考回路が手を離れ、ふわふわと揺蕩っているのが見えるようだ。波間に置き去りにされるような心細さもアルコールで緩んだ意識では朧げに感じ、ただただ温くまった息の苦しさを大きく胸を上下させることで解消させようとする。
熱い。ポツリと時雨のように降った感情に従い、ゴーストフェイスはぐったりと溶けた体制のまま手袋を取った。一つ取ったあたりで力尽き、色のない手のひらが床にぱたりと落ちる。
こんな姿誰にも見せられない、眠い、早く戻らないと、熱い、眠い、寝ちゃえ……
ぼんやりとした頭は役目を果たさず、そのまま瞼を閉じようとした時、敏感な聴覚が部屋の戸が開く音を察知した。警戒心が働くのも束の間、少し身じろいだ気配の主から聞こえるゆったりとした調べにゴーストフェイスはあやされる。
(なんだっけ、この歌……あぁ、ハントレス…かな…?なら、いっか…)
ハチミツみたいな甘い音色にホットミルクのような温かい歌声を聴いてゴーストフェイスは体に込めた力を抜いていく。無邪気な女狩人ならこんな姿を見せても大丈夫だ。
そして深く、ゆっくりと呼吸を吐き出したゴーストフェイスは優しい夢の世界に落ちていった。
寝入ってからどれくらい経ったのだろう、もぞ…と身じろいだゴーストフェイスはベッドに背を預けて喉を反らしていた少し苦しい体勢から変わっている自分に気づいた。むずがるように唸り、外気にふれた色素の薄い唇がむにゅむにゅと動くのを見て何処から声が聞こえる。
「おはよ、よく眠れた?」
「…………」
隣のちょうどいい位置にある固い支えに頭を預け、程よい弾力に頬を擦り寄せてまだ心地いい眠りに浸っていたいと訴える欲求に従おうとした瞬間がばっと顔を上げた。
隣?支え?弾力?そんな都合のいいものあるはずない、冷水を頭から被ったようなゴーストフェイスの眼前にはうっとりと細められる蛇のような鋭い金色の…。
「なんっでトリスタがいるの!?」
「あはは!君寝起きは弱いよね」
電光石火で離れようとしてどでっと床に転んだ体制のまま素早く後退りするゴーストフェイスに吹き出したトリックスターは、温もりの残る自分の肩を愛しげに撫でた。
いちいち気取った仕草が絵になる男を憎々しげに睨んだゴーストフェイスは緩み切っていた自身を叱咤する。よく思い返せば寝る前の子守唄だってハントレスの声ではなかった、それよりも洗練された歌声はトリックスターのものだとわかっていたのに。
…いや、わかっていた。そうだ、自分はわかっていたんだ。
冷静になるに従って意図的に違和感から目を逸らし、彼を受け入れていた己がわかってしまうゴーストフェイスは言葉を失う。そして罵詈雑言の集中砲火を受けると思っていたトリックスターが不思議そうに小首を傾げる後ろ、想いを寄せる男が珍しく寝入っている間に片付けを済ませてしまった本棚はとうとう全てが整頓されてしまっていた。