【キャス弓】誘惑はラーメンの姿をしている。
◇カルデア時空。意図せず胃を掴まれたキャスターと、全く意図せず相手の胃袋を掴んだ弓兵のすったもんだ。友情出演:ランサー。
注意 大きなネタバレは無いと思いますがLB6章未クリアの方はご自身で判断の上お読みください。
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髪を結わせてもらえないか、といわれ、特に断る理由がなかったキャスターはうなずいた。
持ちかけてきたアーチャーの方ははなから断られるものと思っていたらしい。「ブラシは部屋にあるからとってくる」というので、面倒だから一緒に行くわと返した。
「しっかしなんもねえなこの部屋。なんだこりゃ。」
「マスターにも言われた。大体皆にたようなものではないのか? そうそう持ち込むものがあるでもなし。」
隠れて酒を持ち込んだり、趣味の品を取りそろえたり、それどころかサーヴァントによっては魔術を使用して空間すらゆがめて好き放題しているものだが。弓兵は本気でわからないという様子で首をかしげつつブラシを手に取った。わざわざテーブルの上に用意していたあたり、なんとしてでもこの髪をどうにかしたかったのだろう。
「どうすりゃいい。」
「椅子に座ってくれればいい。」
「オレが座っちまったらやりにくいんじゃねえか?」
余分のない白一色の部屋の中、椅子もテーブルも当たり前のようにひとつきりしかない。指摘をすれば弓兵はうっかりしていた、というような顔をした。
「別に立ったままやればいいじゃねえか。お前さんとオレなら身長差もあってないようなもんだし。」
「無理を言ってこちらのわがままに付き合わせているのだ。さすがに立たせたままというのは……ふむ。ならばこうしよう。」
そう言って弓兵は椅子をついと動かした。部屋の隅に置かれたベッドに背もたれを向けるようにしてセッティングする。
「私がベッドに座る。これでいいだろう。」
「ま、いいか。そんじゃまあ、よろしく?」
「……。」
もの言いたげな気配を感じたが、結局弓兵はそれ以上口を開くことはない。
するりと持ち上げられた髪の中程に、そっとブラシが当てられた。頭皮を撫でられる心地良さを感じつつ、キャスターは目を閉じる。
◇ ◆ ◇
実のところ、しばらく前から視線を感じていた。
キッチンの向こう側、暗黙の了解により、調理当番あるいは彼らの許しを得たサーヴァントしか入らない調理場の方。ちらと視線を向ければすがめられる鋼の色には覚えがあった。
いつかのどこか、槍持つ自分が繋いだ縁。名前はエミヤ、という。
キャスターを拝命しているクー・フーリンも、奴とは敵としてまみえたことがある。だがそれは本来現れるべき己――槍兵のクー・フーリンとは別の記録だ。特別に縁を得た訳でもないため、せいぜい顔見知りの同僚というのが互いの認識であったように思う。
カルデアで出会って以降、戦闘や作戦についての見解を交わすことはあるが、個人的な関わり合いは特に持たない。つかず離れずの正しい距離感だ。ずっとそのようにしてきた。別段それで問題はなかったはずだ。視線の意味をわざわざ問うことも無く時はすぎた。
「髪を結わせてもらえないか。」
そして、とうとう今日になって弓兵が声をかけてきた。
……聞けば食事の最中、髪がトレーにこぼれそうになっているのが気になって気になって仕方なかったのだという。特に汁物の場合は一緒に髪の毛を啜るのではないかと思い、心配になる、と。それならそれでキッチンに転がっている輪ゴムの一本でもよこしてくれればいいのにと返せば、とんでもないことだと弓兵は拳を握った。
「輪ゴムだと!? ありえない! 結ぶ段では問題はないだろうが、外すときにはとんでもない目に遭うぞ! 髪が抜ける!」
「それならそれで絡まったところを切っちまえばいいだろ。女の髪ってんでもねえし。」
髪を長く伸ばしているのは、戦場において戦士としての力を誇示するためだった。これだけ長い髪をもっていても、お前たちではオレを捕まえられやしない。それどころか、殺されるのはお前たちの方だぞ、と。
そんなわけだから、特に美的なこだわりがあるわけでもない。実用主義の弓兵のこと、それで黙るかと思えば予想外にも、「やはり髪を結わせてもらいたい」ときたものだ。そのようなやり取りの結果、今に至る。
キャスターは、ため息を殺しつつ背後の気配を探る。
弓兵はせっせと髪を梳っているようだ。先端から中程、頭皮まで。順繰りにほつれを解く手つきは柔らかいが、熱心さをうかがわせた。バリバリとただ梳かす己とは大違いだった。
ケアなんてしたことがない髪だ。毛先の方まで荒れていることもままあるというのに、どんな手を使ったのかブラシは引っかかることがない。サラリと弓兵の口からトリートメントという単語が出てきたが、覚える気がないので聞き流す。
ざっと上から下まで撫でられればマッサージのようで心地よいことこの上ない。髪も頭も、あまり他人に触れさせるようなものではないから新鮮だ。
ふと気になったことを聞いてみる。
「お前さあ。こんなことしていて楽しいのか。」
この男、キッチンだけが拠点というわけでもない。カルデア館内の整備、掃除、洗濯、果ては書類整理や雑務まで、放っておけばいつまででも他人の世話を焼いているのだ。そこにわざわざ変な仕事を増やさずともというのがキャスターの考えだったが、戻ってきた答えは想像を裏切っていた。
「存外楽しい。」
楽しいのかよ、と思った。まさかここで楽しいと返ってくるとは。つまりそれはこの男にとってはやるべき、という仕事の範疇からは外れた行いだということになる。しばし考え、疑念を口にした。
「お前が最近ご執心のゲリとフレキに対する扱いと同じなんじゃねえかって気がしてきたんだが。答え次第じゃ血を見るぞ。」
ゲリとフレキ、というのはキャスターが連れ歩いている使い魔のことである。白いオオカミ二匹はどこでどう手なずけられたのか、弓兵にブラッシングを許すようになっていた。知らぬ間に、である。本当に油断も隙もない。
「さてね。しかし遠目には綺麗なものだが、ずいぶんと傷んでいる部分があるな。どういう手入れをしているんだ?」
ごまかされたことには気がついたが、深追いはせずにキャスターは返す。
「ふつーに洗ってふつーにタオルで拭いているが。ドライヤーだとかブローブラシだとか説明はされたがめんどくせえ。だいたい、魔力さえ補充されればどうとでもなるんだしよ。」
「まあ、貴様はそうだろうな……。」
わかったようなことをいいつつ、弓兵が髪を一本にまとめていく。そのままぎゅっと引き絞られるようにしてまとめ上げられ、ゴムで縛られる。痛い場所はないか、とか緩みがないか、重心は、などとひとしきり確認が終わったところで背中をたたかれた。
「終わったぞ。」
「おお。なんか首周りがスーッとするわ。」
「髪が体にまとわりつくと意外に熱がこもるからな。とりあえずこれでラーメンの丼に髪が落ちる事故は防げるんじゃないか。」
「おーおー、ご丁寧にありがとさん。ん、待てよ。てえことは今日のメシはラーメンなのか?」
「一応メニューに入れてある。毎度頼もうとするのはお前くらいのものだがな。」
「ありがたい。んじゃあ、またメシの時間に……っと、そういやよ。」
振り返ると、まだベッドから立ち上がっていない弓兵の鋼色が見える。手を伸ばし、殺意もあらわに胸元の紐をひっつかむ。若干慌てるような声が上がったが気にせず視線を合わせた。
ひとつだけ、はっきりしておきたいことがあった。
「お前まさか槍持ちにまでこんなことしてやってるんじゃねえだろうな?」
オレたちゃガキじゃねえんだぞ、とすごめば、ややあって「まさか」と回答があった。
「奴は髪を括るか切るかしている。お前は違うだろう。私はただ、お前の髪が食事のトレーに入る心配をするのが、嫌だったんだ。……好物を食べるのに、髪を気にするのは不便だろうに。」
「?」
「ああ、気がついていなかったのか。食事を食べる間、何度も髪をかきあげるものだから邪魔なのだろうなと思っていたんだが。」
百パーセントの善意を真正面から投げつけられた時の反応をキャスターは我が身で知った。すなわちいろいろといたたまれない上に、どうでもよくなる。自分の無意識の癖なんて知らんがな。つまり、これは身から出たサビ的な話なのだろうか?
衝撃を受けているこちらに気がついた風もなく、弓兵はそっと笑った。
「特にラーメンを提供する時はどうしても気になってしまって。これは私のわがままだといっただろう。今日は気にすることなくラーメンが提供できる。おかげさまで気が済んだよ。ありがとう。」
「…………わーった。そういうことなら痛み分けってことにしとこうぜ。実はよ、メシ食ってる間にもの言いたげに見られるの、結構落ち着かなかったんだわ。理由もよくわかってなかったしよ。」
かっと弓兵が赤くなる。
「き、気がついていたのか!? いつからだ!? そういうことはもっと早くに言ってくれ!」
◇ ◆ ◇
後日。
「キャスニキ、ランサー、こんにちは! 今日はポニーテールなのか。ってことは。」
「メニューはラーメンですね、先輩!」
ばたばたと走り去っていく少年少女の背中を見送りつつ、キャスター・クー・フーリンは嘆息した。
「なんか変なジンクスができあがっちまったなあ。」
キャスターの髪がポニーテールになっている日は、ラーメンの日。どうもそういうことになったらしい。らしい、というのは別に弓兵がそう明示しているわけではないからだ。ただ、出されるメニューを思い返せば確かにそのようになっている。髪の毛を気にせず麺類を口にできるのはありがたいのだが、気分は複雑なキャスターであった。しかも好物がバレているとか……。キッチン担当の女性陣が勝手にわかったような顔をしているのも気まずいものがある。
弓兵の方が百パーセント善意なのもまたタチが悪い。自分が気になるから、という言い方でブラシ片手にやってこられると断る気が失せるのだ。ブラシの先には好物のラーメンがぶら下がっているし、気持ちのよいブラッシングタイムが待っている。その手間を楽しみだと言い切られてしまうこともまた、キャスターの胸中を騒がせる。
本人は気がついていない様子だが。
個人的な楽しみや趣味のない男が、時には無意識の鼻歌さえこぼしながらキャスターの髪を梳るのだ。
わざわざ、キャスターの好物――ラーメンをダシにして。
なんのバグかと思うけれども、奴がどんな性質なのかを知るが故に逃れられず、じりじりと心臓が音を立てる。なんのことはない、勝手に追い詰められているのはこちらなのだった。げに恐ろしきは無意識のままそんなことをやってのける弓兵である。なんという人たらし。
だいたい、いくら不器用でも髪を縛るくらいのことは一人でできる。傅かれて世話を焼かれるばかりだった人生ならばともかく、クー・フーリンはそのような英雄ではなかった。弓兵はゴム紐の一本でも差し出して、汁物を食べる時には髪を括れと言えば済むのである。そうしない理由が奴にはあるわけだ――繰り返しになるが、奴はなんにも気がついちゃいない。
やれやれと後ろ髪を引っ掻こうとした指はむき出しの首筋を撫でるばかり。それを足元で見ていた二匹の使い魔が、わおんと鳴いた。ご主人、こちらもおそろいですよと言わんばかりに尻尾を振っている。
「あのなあ、元はといえばお前らがオレの知らんところで勝手に手なずけられていたのが問題で……。」
くうんとすがりついてきた頭に触れれば、恐ろしくなめらかな感触が戻る。それもそのはず、ゲリとフレキも弓兵の手によりぴかぴかにブラッシングされた後だ。普段とは毛並みが違う。奴は濁したが、どうもキャスターと使い魔とは同じような扱いであるような気がする。まあ、見くびられたとか侮られたというわけではないから構わないが。
クー・フーリンは別に狗扱いが許せない、というわけではない。狗は誇り高い生き物だ。己もかつて、ある人物の番犬を意図せず殺してしまった時、その役目を引き継ごうと誓いを立てた。クー・フーリンにとっての狗は、特別なものだ。彼らの誇りを汚すようなものが許せないだけである。大事にされる分には……まあ。
「しっかし、」
とここまで黙っていた男が口を開いた。己と元を同じくする槍持ち、ランサー・クー・フーリンだ。たまたま廊下で鉢合わせになり、食堂まで向かうところだったのだ。
彼は微妙な薄笑いを浮かべて遠い目をしている。思い浮かべている相手が誰なのかは想像がついた。
「野郎、こまっけえこと気にするタチだってのは知っていたが、まさか槍なしの髪にまで手ェ出すとは思わなかったぜ。」
「マッサージみたいで気持ちはいいぞ。お前さんならねだりゃやってもらえるんじゃねえの。」
その機会がないからやっていないだけなのだろうな、というのがキャスターの見立てだ。きっとそのあたりは槍兵も理解している。根底が同じだからこそ、おおよそのことは口に出さずとも想像がつくのだ。
「ケッ、勘弁。オレは世話焼かれるよか、切った張ったの方が気持ちがいいんでな。」
「我ながら血の気の多いこって。」
肩をすくめて歩き出すキャスターの背に、己のものと同じ音が届く。
「お前こそ『オレ』のくせによく言うぜ。そんなもんで満足できねえくせに。」
「さてな? お行儀よくしているさ。ちったぁ知的に、な。」
今しばらくはあのラーメンに誘惑されてやろうじゃないの、と考え、キャスターは今日も敵陣へと向かうのだった。あのかぐわしい香りとともに、とんでもない人たらし野郎が待つ食堂へ。