SNSを中心に「京都から中国人観光客が減り、オーバーツーリズムが解消された」といった投稿が散見されます。しかし、こうした言説の多くはエビデンスに基づかない感情論に終始していると言わざるを得ません。
京都住民の1人として断言しますが、そもそも京都はオーバーツーリズムではありません。今回は、最新の統計データを用いて、世間に蔓延する「インバウンド悪玉論」の“不都合な真実”を浮き彫りにしていきます。
インバウンドはわずか「6.4%」の少数派
まず、観光客のボリュームを正確に把握する必要があります。2024年の日本人国内旅行者数(延べ人数)が5億3995万人であるのに対し、インバウンド(訪日外国人)は3687万人にすぎません。全体に占めるインバウンドの割合は、わずか6.4%なのです。
しかし、その経済効果は圧倒的です。 インバウンドの消費額は8兆1257億円に達し、日本人国内旅行の消費額25兆1536億円に対し、全体の24.4%を占めています。
さらに特筆すべきは「平準化」への貢献です。日本人の旅行が週末や連休に極端に集中する一方で、インバウンドは月日を問わず訪れるため、観光産業の安定稼働に大きく寄与しています。この構造的なメリットが、正しく理解されているとは言い難い状況です。
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【「部外者」が騒ぎ立てるオーバーツーリズムの定義】
また、インバウンドも含めた観光客数は、24年に5億7682万人と、現行のインバウンド戦略が始まる11年の6億1874万人を下回っています。たしかにインバウンドは増えましたが、その増加分は日本人の減少分を下回っており、観光客全体の増加にもつながっていません。この事実から、「インバウンドが増えて日本人は観光を控えている」という主張は論理性に欠けます。
そもそもオーバーツーリズムとは、対策を打っても、「インフラの収容能力を超える人数」であるかが問題視される定義です。マナーの良し悪しで定義されるものではないのです。そして、それが問題であるかどうかも、あくまで当事者である「住民」と「観光客」自身の評価が判断基準です。住民だけではなく、ましてや決して部外者が決めることではありません。
しかし、ネット上で騒いでいる人々の属性を観察すると、①京都の住民ではない②マナーの問題ばかりを指摘する③中国をはじめとする特定国や移民への拒絶反応が強い―などといった特徴が見られます。
こうした「非居住者」が、一部の混雑(例えば伏見稲荷の賑わいなど)だけを見て「京都はオーバーツーリズムだ」と主張するのは論理性に欠けます。東京の人が日常的に東京タワーへ行かないのと同様、京都住民も頻繁に清水寺へは行きません。局所的な混雑をもって都市全体を語るのは、あまりに拙速です。
たしかに特定のエリアでは、日本人観光客は圧倒的に多い中で、インバウンドも多少集中している傾向はありますが、それは管理対策がなされていない「オーバーコンセントレーション問題」であって、決してオーバーツーリズムではありません。京都も宿泊税の徴税、ネット予約や歩行者天国などを導入してオーバーコンセントレーション問題を解決すれば、その問題は解決できる範囲内にとどまっています。
ベネチアとの比較で見る「数値の真実」
よく比較対象に挙げられるベネチアと京都では、その規模が決定的に異なります。
ベネチアは島民約5万人に対し、24年のインバウンドは511万人と、住民の約100倍に達しています。 対する京都市の人口は143万人。インバウンドの1088万人は、市民の7.6倍しかありません。
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【深刻なのはインバウンドより「日本人による集中」】
観光が集中する上・中・下京区の住民(約28万人)と比較しても、24年のインバウンド1088万人はその39倍です。ベネチアの102倍に対して全く比較になりません。ベネチアと同等の混雑率になるには、2862万人ものインバウンドが必要となります。
国内旅行者を含めた比較において、ベネチアが住民の118倍であるのに対し、京都市内が200倍と大きいのは、日本人旅行者の多さに理由があります。日本人旅行者数は京都市民数の161倍にもなる一方、インバウンドの39倍にとどまります。データに基づけば、安易に同一視はできません。
結論を言えば、もしオーバーツーリズムを主張するのであれば、その根源は連休や週末に集中する「日本人旅行者」にあります。連休最終日に報道される「高速道路40キロ渋滞」こそ、インバウンドによる混雑よりもはるかに深刻なオーバーツーリズムの象徴です。
政府の戦略により、インバウンドは、地域によって最も訪日をする時期が異なるため、上手に誘致をすることで需要の波を緩やかにしています。一方で、現役世代が大半を占める日本人観光客は、どうしても特定の祝日に集中してしまいます。
「インバウンド不要論」がいかに非現実的か
「外国人は要らない、日本人観光客を増やせばいい」という意見には、データの裏付けがありません。
単純に考えれば、24年のインバウンドは3687万人なので、仮にそれがゼロになったとしても、その分だけ日本人観光客を増やせばよいように思えます。日本人観光客は5億3995万人なので、あと6.8%だけ増やせば、全体の旅行者数は変わりません。
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【インバウンドの経済効率は大】
しかし、話はそう単純ではありません。インバウンドは、経済効率の差が歴然としているからです。
国全体で見ると、日本人旅行者の消費単価が4万6585円であるのに対し、インバウンドは21万9690円(日本人の4.7倍)です。宿泊単価に至っては、日本人はインバウンドの31.6%にすぎません。
京都で見ても、24年の調査では、京都におけるインバウンドの1人当たり消費額は7万8346円。日本人の2万3355円に対し、3.4倍もの開きがあります。
インバウンドがもたらす8.1兆円を日本人で補うには、新たに1億7443万人の日本人旅行者が必要となります。つまり、日本人旅行者を現状より32.3%も増やさなければならないという計算になります。
この数字は、国民の約1.5倍に該当します。皮肉なことに、もしインバウンドをゼロにして、代わりに1億7443万人の日本人旅行者を主に休日に受け入れることになれば、ますますオーバーツーリズムが深刻化することになるのです。
国内旅行者数は伸び悩んでいる
しかし、現実には11年から19年にかけて国内旅行者数は伸び悩んでいます。人口減少と高齢化が進む日本において、国内観光客が今後減っていくことは避けられない現実です。
だからこそ、私たちは「インバウンド需要がいかに重要か」を冷静に、そして深く再考する必要があるのです。