おじさんアイドルの明和電機
先程の、【明和電機】土佐信道という芸術
には収まりきらなかった思い出話を、エッセイとして書こうと思う。
【おじさんアイドル】
『明和電機』は、自分がファンだった時代にはすでに、芸術家というよりかは、面白いオジサン、おじさんアイドル的な扱いを受けがちだったと思う。
土佐信道氏は吉本興業を退社した後、『明和電機』を本当に株式会社化した。そして社員を食わせる立場になった。これは喪った「家」を取り戻したとも読めるのではないか。だから原動力である「痛み」は遠い記憶と化した。『明和電機』は「痛み」「ノスタルジー」の芸術のはずだ。そうなると新規に発表される作品、コンテンツのほとんどが、舞台上での「パフォーマンス」の形式を取らざるを得なくなった。
するとますます『土佐信道』は強化される。キャラクター化はさらに深まったのではと思う。
土佐信道氏本人がそれを望んでいるのか、そうせざるを得なかったのか。それは当人にしか分からない。
少なくとも私は、『明和電機』が芸術を失いつつあることを当時から感じてはいた。彼も芸術を取り戻そうとしたのか、ことあるごとに芸術家、アート、アーティストという言葉を発していた。私から見れば、90年代の作品の焼き直しのようなこともしていた。(魚器の復刻、新作など)
明和電機オープニングイベント。師匠を待つ社長とアクアライト 、動きがゆらゆら綺麗だった。プードルズヘッドの後、ガソリンみたいなニオイがほのかに漂っていた気がする。 pic.twitter.com/MBAs9KUalY
— 宇宙人 (@run_bonny) October 20, 2017
2017年の、彼の師匠である篠田守男先生との2人展では、いつ振りか分からないレベルだが、明和電機画報に登場するアクアライトを用いてパフォーマンスを行った。私もこの場にいたが、当時は心が躍ったのを覚えている。
そして、この事にだれも触れなかった。彼が芸術を喪いつつある事は、“気づいても、その共同幻想を壊したくなかった” のではと今は思っている。もっとも、憧れの人にそれを言える人はなかなかいないと思う。
久しぶりに調べてみると、『土佐信道』のファンたちは今、明和電機オリジナルの電球型ペンライトを振っていた。『土佐信道』はますます、推し活特化の「おじさんアイドル」になっているように見えた。
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土佐信道氏本人がそれを望んでいるのか、そうせざるを得なかったのか。それは当人にしか分からない。


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