法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

大学で学生が政治家に要望書を提示したことについて、政治学者の河野有理氏が当事者適格の必要性を主張していたが、参政党の当事者適格性を無視しているのはなぜだろうか


「この誓約書に良いことが書いてあるんだから、サインしないお前は悪人だ」と言われても、大人は文面の中身より先に当事者適格とか(法的)管轄とか、その手の「形式的な正しさ」を粛々とチェックするものです。

 それでは参政党のふるまいに対してはどのように評価しているのかというと、政治学者の大井赤亥氏による論評に「この通りなんじゃないでしょうか。」とだけ書いている*1
“過激な反差別”が招いた東大五月祭・参政党講演の中止騒動、いま多数の国民をリベラルから遠ざける“正義”の暴走 【大井赤亥の国会通信】「反差別」は言論封殺の免罪符ではない、いい加減「行き過ぎ」を諫めるべきだ(1/5) | JBpress (ジェイビープレス)

 結果的に、今回の騒動は、実力行使による講演会中止と一体になった反差別運動、参加者の安全を考慮して市民的に退却した参政党、という構図になったといってよい。

 しかしライターの昼間たかし氏のレポートによると、参政党員の集団は要望書へのサインを拒否して座りこみをかわした後、教室の鍵が開いていなかったことで暴言をはきはじめ、管理者のようにふるまいはじめたという。
「参政党は本当に講演会をやる気があったのか」東大・五月祭騒動 ルポライターが明かす異様な衝突、現場では党関係者から若者への“暴言”も | Smart FLASH/スマフラ[光文社週刊誌]

「学生たちを突破した20人ほどの面々ですが、教室の鍵が開いていなかったのです。なので、突破してもそれ以上何かできるわけでもない。結局“開かずの教室”の前で立ち往生するしかありませんでした。結局、会場前の廊下でたむろして、イラついた様子で、周囲を威圧するしかなくなったったんです。『こういうことをされると暴力を振るうしかなくなる』『顔を覚えたぞ』といった言葉も、学生に投げつけていました。開催の可否の権限をもっている五月祭の実行委員たちもいるところで、到底学生には見えない男性らが、若者に『顔を覚えてぶち殺す』とまで言い放つ始末です。昭和のブラック企業かと思いましたよ」
 さらに初老の男性の一人は、昼間氏をはじめとして集まってた取材陣にも「写真を撮るな」と矛を向けてくる始末。しかし「どういう権限で、撮影を拒むのか。あなたは五月祭の実行委員なのか」などと詰められると黙り込んでしまったのである。

 念のため、鍵をしめたのは座りこみをおこなった学生でもなければ、学外の抗議者でもなかった。
 大井氏は在特会と参政党の違いを主張して、前者に対するような抗議を後者におこなうべきではないかのように論じているわけだが、こうしたレポートにある参政党の問題を恣意的に無視しているように見える。


 また、政治家であれば市民の主張を聞く必要が通常よりあるのではないか。
 たとえば、首相だった菅直人氏が東日本大震災後に避難所を視察した時、去ろうとしたところに批判する市民に呼び止められて、戻って話を聞いたことがあった。

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 河野氏や大井氏は、この時の被災者の当事者適格性を菅氏らは粛々とチェックするべきだと思うのだろうか。被災者の口調がおだやかでないことをもって批判するだろうか。

*1:

なお、大井氏が事実誤認をしているのではないかという指摘に対しては、著作を読まない理由は必ず見つけられるかのように主張している。河野氏が反論しなかったことから事実誤認を追認したとして、たしかにそれくらいの瑕疵は誰でもおかすかもしれないが。