見出し画像

【チーズケーキ問題】なぜ私たちは、ただの「すれ違い」を倫理の闘技場にしてしまうのか?

「チーズケーキ問題」をご存知でしょうか?

たまたまとあるXのスペースにて、
議題として出てきた時にふと、
過去に書いてた記事があったのを思い出したので、
この際に書き連ねて見ようと思います。

そもそもナニソレ

特にネット上で定期的に議論が白熱するこの話題。

原案として、
こちらも有名な「サリーとアンの課題」があります。
サリーとアン課題 - Wikipedia

詳細はwikipediaで見て貰うとして、
このチーズケーキ問題は、
その応用として過去にNHKで放送されたものが、
ネット上で拡散されていったのが始まりのようです。

歴史的背景はこれくらいにして、
とりま、俺なりの解釈で書いていきますね。

出題

恵さんの家におじさんが遊びに来ました。
恵さんはお母さんに手伝ってもらって、チーズケーキを作りました。
恵さんは食卓で待つおじさんに言いました。
「おじさんのためにケーキを作っているの」。
おじさんは
「ケーキは大好きだよ。チーズが入っているのはダメだけどね」
と言いました。

ここで質問です。

気まずいことを言ったのは誰ですか?
また、なぜ気まずいのでしょうか?

簡単にまとめると、

「女の子がおじさんのために一生懸命チーズケーキを作っている。しかし、そんな事とはつゆ知らず、おじさんは『実はチーズケーキが苦手なんだ』と言い放ってしまう」

という、
なんとも気まずいシチュエーションです。

ネット上では、

「空気を読まないおじさんが悪い!」
「いや、知らなかったんだからおじさんに非はない!」
「勝手に作った側にも問題があるのでは?」

と、まるで
命の選択を迫られる『トロッコ問題』のように、
答えのない倫理的な問いとして扱われ、
独り歩きしているのが実体じゃないかな?と。

この問題の本質は、ちょっと違うと考えてます。

これは、トロッコ問題のように
「答えのない問い」で片付けていい話ではないのでは?

このチーズケーキ問題の「本当の正体」と、
私たちがそこから学べる現代の病理について考えてみます。

本来の「チーズケーキ問題」の姿とは

まずは結論から。

この話、元々は倫理を問うものではありません

心理学や認知科学の分野で使われる
「失言課題(Faux Pas課題)」と呼ばれる、
他者の心を推測する能力(=心の理論)を測るための
単なるテスト
ってのが本来の姿ですね。

社会的失言検出課題とは?|心の理論とFaux Pas Test – Senwisdoms

本来の提案の正解は、

「おじさんは悪意を持って言ったわけではなく、単に『ケーキを作ってくれている事実』を知らなかっただけだ」

という
情報の非対称性を客観的に理解できるかどうか
ってこと。

つまり、
「誰が悪いか」を裁くためのものではなく、
「なぜこの気まずい状況が生まれたのか」
という構造を認識するためのツール
ってことだったんですね。

なぜ「トロッコ問題」へとすり替わったのか?

では、なぜこれがネット上で
「トロッコ問題」のような大論争に発展してしまうのか?
を、考えてみます。

そこには、
現代社会特有の危うさが潜んでいるように思うんです。

私たちは今、SNSという
常に「正義」と「悪」をジャッジし合っている人
多く存在する環境に身を置いています。

その結果、
日常のちょっとした「すれ違い」や「気まずさ」に対してすら、

「どちらかに100%の非があるはずだ」

犯人を捜さずにはいられなくなってしまう人を
大量に生み出したように思います。

トロッコ問題は
「どちらを犠牲にするか」という究極の選択ですが、
チーズケーキ問題は
単なる「日常で起こりがちな悲劇的なコント」
と捉えるのが良いと思います。

ただの
「すれ違いによる齟齬が産んだ気まずさ」
に過ぎないわけです。

「あ、そうだったんだ……ごめんね!」
「うんうん、解りあえてよかった~」

で、済む話なんですよね。
それが出来ない理由を探る為のテストですな。

にも関わらず、SNSでは
裁判官のローブを羽織り、
おじさんや女の子を被告人席に座らせ、
公開裁判の場に仕立て上げ、
あまつさえエンタメ化し弄ぶ。

問題はさておき、
闘争それそのものを「欲する」事
が、目的化している。

だから問題の内容が、
「どうでもいいすれ違い」
であろうとも関係ないわけですね。

これが、
この問題が独り歩きしている最大の理由
ではないか?と、考えています。

悪意のない世界で「犯人」を探す人たち

このチーズケーキ問題から
持ち帰っていただきたい「学び」は一つ。

それは、

「世の中の気まずさのほとんどは、
 悪意ではなく『情報の欠落』
 から生まれている」

という事。

皆さんの職場や家庭でも日常的に、
これと似たようなことが起きていると思います

「良かれと思ってやったのに否定された」
「何気なく言った一言で相手を怒らせてしまった」

その時、
「あの人が悪い」「私がダメなんだ」
と白黒つける前に、
一度立ち止まることが大事ですね。

「お互いに見えている景色(情報)が違っただけではないか?」と。

「チーズケーキ」として笑い飛ばそう

ここまででわかるように、
チーズケーキ問題は、
「正しさ」を突きつけるものではないですよね。

むしろ、
「人間って、情報が足りないとこんなにも見事にすれ違う、不器用で愛おしい生き物なんだよ」

と教えてくれる良い教材だなと。

もし明日、
あなたの日常で「気まずい瞬間」が訪れたら……

心の中でそっと、
「あ、今チーズケーキが焼けてるな」
と、思ってみましょうか。

犯人捜しを手放した瞬間、
きっとその気まずさは、
ちょっとだけクスッと笑える喜劇に変わるかもです。


画像
期間限定でさらにファミマ限定だけど一回食べてみて


いいなと思ったら応援しよう!

コメント

コメントするには、 ログイン または 会員登録 をお願いします。
【チーズケーキ問題】なぜ私たちは、ただの「すれ違い」を倫理の闘技場にしてしまうのか?|おもかげect
word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word

mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1