第18話 こういう小説や書き方は受けない、かも

文字数 8,117文字

 いろんな小説指南の著書やネット情報、審査員の講評等を読んで、こういう書き方は受けないんだろうな、というのがあります。
 (注)私がそう解釈しました。作者が敢えてそうしているのかもしれないし、筆力のある方は不利な書き方であろうと面白く書ききれるのかもしれません。
 ここでは一般的な筆力の、無名な新人さん(小説家志望の方)に向けて、こういう書き方は止めた方がいいかもー、ぐらいの軽いノリで述べさせていただきます。
 では、『こういう小説及び書き方は受けないかも』、行きます。

 〇主人公が誰か分からない。話の途中で主人公が変わる。
 話の途中で、急に主人公が変わる。え、この人が主人公じゃなかったの。じゃあ、なんで始めに出てきて、あんなに詳しく描写されていたの、と個人的には思いました。審査員にも指摘されていましたが、受賞していましたから、何か際立った要素があれば、絶対ダメってわけではないのでしょう。
 小説の書き方指南書には、「主要な登場人物は早く出せ」とありますが、主人公は変えるな、とは書いていませんでした。読者としてどう感じるかは置いておきます。
 ……まあ、私も、主人公が変わったように思える作品はあります。
 例えば、繭。これは始めに聡史を出すことで彼の性格と存在感を示し、恵美(母親)の回想に出てくる聡史の行動に説得力を持たせ、また聡史の生死を曖昧に感じさせることで「脳死は人の死か」という疑問を強調させる意図があって、ごにょごにょ。(言い訳、終了)

 〇主要な登場人物の年齢や性別、容姿が分からない。
 ミステリーやホラーでは違うかもしれませんが、悪役や主人公、作品を動かす重要キャラ等の主要な登場人物が想像できないと、読み手はストレスです。
 こんな感じの人かな、と想像して読んでいたら最後の方で現れて、子どもと思っていたのに年寄りだったとかになったら、なんじゃそりゃ、ってなります。せめて、大まかな年齢(子ども、青年、大人、高齢者)や性別くらいは教えてほしいです。

 〇登場人物が多すぎる。
 七人か八人くらい登場人物が現れ、それぞれに事情やら心情やらを述べている作品があり、うーん、内容がよく分からなかったです。
 登場人物の心情や背景を描写すると、物語の本流が途切れます。それを何人分もしてしまうと主人公が誰か曖昧になり、またその人数分、視点も移動するので、読み手は混乱します。
 この作品について、審査員はこう指摘していました。登場人物が多すぎる。登場人物を絞り、削った登場人物の物語は別の作品で書けばどうか、と。
 私も出来るだけ登場人物を少なくし、どうしてもその他大勢を出したい時はその内の一人を代表にしてセリフは最小限にし、一塊の集団にして行動させます。

 〇現実と過去、夢と現実を行き来する。
 これ、分かりにくいです。夢です、現実です、過去です、と記述がなければ、頻繁に過去と現実を行き来されると、頭がこんがらがってきます。同じ文中、同じ段落でされると訳が分からなくなります。
 どこかの著書にも、「小説は時系列に書きましょう」、とありました。私もできるだけ時系列になるよう、注意して書いています。
 どうしても夢や過去のシーンを入れたい場合は、私はその回想シーンを、三人称の作品では一行開けて一人称で書いています。しかし、やはり多用は避けた方がいいと思います。

 〇展開を急ぎすぎて、描写が少ない。
 これは個人的な意見ですが、いくつか作品を読んでいると、場面が白い、状況が想像できない、ものがあります。
 話の流れを急ぎすぎて、背景や出来事、状況の描写を省きすぎている小説は、頭の中で映像化できず、感情移入がしにくくなります。
 何を言っているか分からない? 
 えーと、漫画で例えると、それまでトーンも貼ったきれいな画だったのに、ページをめくったら背景真っ白で人物も雑に描かれていた、です。
 小説のシーンで言えば、こんな感じです。
 主人公一向が歩いていた。
 突然、石が降ってきた。
 主人公はとっさに子どもをかばい――云々。
 この場合、セリフと大まかな動きだけなので、そこがどんな場所か(崖か山道かそれ以外か)、どれくらいの大きさの石が落ちてきたのか、そもそもなんで石が落ちてきたのか、どうやって助けてどこに避難したのか、子どもの様子は――、全く想像できません。
 事前に、落石がよくある、大雨が降り続いていた、山鳴りがする、とかそういうセリフか描写でもあれば納得できるのですが、突然、石が降ってきても……困ります。
 初めから情景描写が白いならそういう書き方なのかなとも思いますが、(描写不足は予選通過が難しいです)、作品の一場面だけ描写が白いとかなり目立ちます。
 とはいえ、背景が白くても受賞している作品はあるので、これも一概にタブーとは言えません。
 それでも、手間を省かず、展開を急がず、描写はしっかりとした方がより良い作品になる、と思って下さればと思います。
 参考になるか分かりませんが、私も展開を急ぎすぎて、背景や描写が白くなる時があります。校正をしていたら、大抵おかしいと気づきます。そこだけ白い(想像できない)ですから。
 その場合、取り調べみたいに、書き加える項目を細かく書き出します。天気は、季節は(寒い暑い)、どんな場所(暗い、湿っている……)、人物はどんな状態(健康、衰弱)、臭いは、感触は――等々。
 そしてない知恵を巡らせ、妄想を膨らませ、広告の裏にでもざーと書き綴ります。本文に入れ、読み直し、前後の繋がりや場面に違和感があればまた書き直します。それを何度かすれば幾分かましになります。

 〇視点が頻繁に変わる
 私はこうならないように気をつけていますが、難しいです。AとBという人物がいてA視点からB視点に変える時、私は一行開けていますが、話の流れ的にどうしても一行開けたくない時があります。
 実は、『ボーダーレス三』で一か所、視点移動を一行開けず、改行だけでやっています。
 ある著名な作家さんが初期の作品で、視点移動を一行開けず改行だけで頻繁にしていました。ただし、AからBへ視点が移動する四、五行前から話の流れを遅くし、そろそろ視点を移動するよと匂わせていました。感覚的に言えば、だんだん眠りに落ちていく感じで、話の流れを少しずつゆっくりにしてから視点移動、みたいな。
 おそらく、その作家さんが有名だから許容されたのであって、一般の小説家志望の方は、頻繁な視点移動と同じ段落での(一行開けない)視点移動は、止めた方がいいです。

 〇ご都合主義
 個人的にも好きではないです。漫画ならOKでも、一般小説では嫌われます。
 例えば、痴漢から助けてあげた女性とホテルへ行った。家に押し入った泥棒と恋仲になった。レ〇プした女と付き合うことになった……。落とし物を届けてあげた女性と……。
 理論上、そういうことはあります。不安な状態が高まっている時に優しくされると、吊り橋効果で、うんたらかんたら。
 でも、小説でやると引かれます。私は引きます。どれほど緻密に描写しても、読者を納得させるのは難しいと思います。
 芥川賞作品でレ〇プした女性と恋仲になった的な、ご都合主義展開の作品が受賞したことがあったようですが、それは著者が有名人だったからだと、断言します。私はこの手の作品は嫌いなので読んでいません、悪しからず。……読んでないのに断言するって……いいの?
 芥川賞ではありませんが、他の文学賞の審査員がご都合主義の作品について、落とし物を届けてあげた女性と肉体関係になる話でした、現実的ではない、男性の願望をそのまま作品にしている、旨を述べていました。そして、こうも言っていました。女性を軽んじている、読者の半数は女性ということを考えた方がいい、と。

 ここまで極端ではないですが、やはり芥川賞作品で、主人公を際立たせるためにやらかす(失敗する)脇役がいます。それも一度だけではなく二度、三度も、です。
 主人公(作者)の思想や倫理観を述べさせるために、脇役にこういう失敗や行動をさせているのではないか、と勘繰ってしまいます。
 こういうのは読んでいて面白くない、引き立て役が可哀想です。それに最後は脇役にとんでもないことをやらせて……。私は怒りを感じましたね。小学生でもこんなラストは書かんだろ、と。
 作者としては、現実にそういう失敗をする人たちを脇役に集約し誇張しただけなのでしょうが、私は好きになれませんでした。
 この作品には他にも気になる点がありましたが、私は特に、主人公を引き立たせるために脇役を雑に扱う書き方が嫌でした。違った意味で、主人公にとって都合がいい存在(ご都合主義の作品)です。
 まあでも、受賞したのだから、審査員の方は評価したのでしょう。たくさん売れたようだし。
 あくまで私見ですが、この作品は芸能人が自分の仕事について書いたから注目されたのであって、一般の新人作家が同じ内容を書いても受賞出来なかっただろうと思います。

 〇なかなか話が進まない。
 これも、芥川賞作品にありました。一体、いつになったら話が進むんだと焦れながらページをめくった覚えがあります。思わせぶりなシーンや登場人物をちらつかせ、進展するかと期待させては消えていく。これを二度、三度と繰り返し、作品の半分近くがこんな感じでした。
 もういいよ、何がどうしたいの、と読む方(私)は焦れてきました。途中で読み進めるのを止め、最後のページと審査員の講評だけ読みました。
 文学は必ずしもオチ(結末)をつける必要はないと、言われていますが、それは登場人物の心理描写を克明に書くから認められることであると、私は思います。深い洞察も心理描写も気付きもないうえ、話が進まないと、読み手はストレスを感じます。
 台風が来ると思わせてそよ風を吹かせる、津波が来ると思わせてさざ波ですませる、ようなものです。(注)分かりにくかったら、ごめんなさい。
 審査員からも「ウェルダン」、「書きすぎ」と言われていました。

 エンタメ系の小説の書き方(著書)ですが、ワ○○キさんは、「出し惜しみせず書け」、「事件は早く起こせ」と書いております。
 その通りです、思わせぶり、出し惜しみ、読者(私)は全然喜びません。
 とはいえ、私の作品にも「展開が遅すぎる」ものはあります……。例.あしぶね、祈り
 自分のことは棚にあげていますね、すみません。反省……。

 開き直って(開き直るんかい!)、次に行きます。逆に、
 〇話が進みすぎる。急展開……。
 貴方、その人避けていたのに、いつの間に結婚する仲になったの。一回、お家まで送ってもらったのは知っているけれど、惚れ直した的な描写はなかったよね?? と思った作品がありました。
 好意を示してくれる男性を避け続けていた女性が物語のラストになると、いつの間にか二人いい仲になっていて「今度結婚します」、みたいな展開でした。
 端役であればまだ許せます。しかし、これを主要人物でされると混乱します。最後は全員ハッピーエンドにしたいという作者の思惑が働いたにしても、強引すぎます。
 それでも新人賞を受賞したのだから、審査員の方々は評価したのでしょう。私がうるさすぎですね、……すみません。
 漫画では主要人物全員ハッピーエンドというラストは好意的に捉えられるでしょうが。

 別の作品で、朝、偶然出会った女性にときめいた男性Aが、そのまま女性の行きつけのお店でご飯を一緒に食べ、男性Aはそのお店のマスターから女性の身の上話を聞かされ、夜には女性が片思いの男性Bに思いを打ち明け(桜の下で)むせび泣く。それを見守るAは、彼女への想いを新たにし、散りゆく桜を見上げる――で終わる作品がありました。
 有名な作家さんの作品です。
 いや、いくらなんでも展開早すぎるだろ。一日でこれだけの出来事を詰め込むって、どうなの。
 お店のマスター、他人(女性)の個人情報を今日初めて来た客(男A)にぺらぺらしゃべるなよ。
 女主人公、今日会ったばかりの男性Aに夜まで付き合わせて、自分の片思いの相手Bへの告白シーンを見せるか、普通? 
 朝出会ったばかりの女性に好きだからって夜まで付き合うAもどうなの……。
 納得できないことオンパレードでした。
 作者は「泣ける作品を書きたかった」そうですが、読者(私)は置いてけぼりでした。
 頭の中で考えただけのお話は現実的に考えて理解困難な展開になることがあります。
 それをどう、読者に納得してもらえるようリアルに近づけるか、その努力も必要だと思います。特にプロならその手間を惜しまないでほしかった。
 例えば、この作品の内容ならば、せめて数週間、できれば数ヶ月かけて結末に至る方が自然だったのではないかと、私は思います。
 単行本で購読した私は、金返せ、時間返せと思いました。

 〇年齢にそぐわない話し方
 ある作品で四歳の男の子が家庭の事情を淡々と述べるシーンがありました。ずいぶんしっかりした話し方をする子どもだなあ、と違和感を覚えました。これは審査員の方も指摘していました。
 やはり年相応のしゃべり方はあるわけで、幼児がいなくなったお母さんのことを淡々と話すのは違和感しかないです。
 ある作家は、「登場人物の年齢は自分の年齢のプラスマイナス十歳までに」と書いています。しかし、これをすると、私であれば、三十代前半以下と六十代以上は確実に書けなくなるわけで、……それは困ります。
 対策として、周りに小さいお子さんがいるなら観察し、育児漫画や育児動画等で研究してみてはどうかと思います。年上なら、買い物や道を歩いている時に人間ウォッチングをする、職場の上司や親を観察するとか。

 これはまた別の作品ですが、成人女性が四歳時の記憶を滔々と話すシーンがあると、〈そんな小さい時のことをよく覚えているなあ〉、と私は違和感を持ちました。私も五歳の頃の記憶はありますが、さすがに四歳の出来事は……思い出せません。
 災害、事故、虐待……、なにか強烈なインパクトがあれば四歳で覚えていても納得できますが、日常生活の何気ない出来事を、成人女性が細かく覚えている設定は疑問が残ります。
 (注)作品の内容自体は良かったです。書き方の問題です。例えば、四歳ではなく六歳にしていれば納得できたと思います。

 〇そのタイトルって、どうなの……。
 タイトルが悪いからといって落ちることはないと思います。私が知っている範囲ですが、いくつもの受賞作品が最終選考か発刊されるまでに改題されています。
 新人賞の受賞作品で、それはないだろ的なタイトルの作品がありましたが、内容はよかったのでしょう、受賞していました。
 ただ、タイトル『〇ツの穴』が悪すぎると、審査員も指摘していました。(注)伏字を使用しています。
 奇をてらったのかもしれませんが、タイトルはよく考えて付けた方がいいです。このタイトルでは、どんなにいい内容でも読む気が失せますし、買う時恥ずかしすぎます。
 愛情をかけて育てた子どもに、けなす言葉を書いたプラカードを首にかけさせるようなものです。
 タイトルはよくよく考えて付けましょう。

 逆の話で、明らかにタイトルが壮大すぎる、オーバーすぎる作品があります。これはタイトル買いの人を狙った作品か、と思うほどです。
 悪いとは言いませんが、タイトルで本の内容を想像しながら買う者としては、内容が拍子抜け、タイトル負けだと、次から同じ作者の本を読もうとは思いません。それどころか、別の作者でもタイトル負けの作品があると、本を読む情熱自体が冷めてしまいます。
 作者と編集者はそういう読者がいるということを考えていただけたらと思います。

 ぶっちゃけるなら、ステーキ弁当と書いてあるから奮発して買ったけれど、フタを開けてみたら、ハムだった、みたいな。
 (注)ハムを馬鹿にしていません。ハム、食べます。お高いものもありますし、美味しいですよね。

 ○ペンネームはよく考えよう。
 私は文学賞応募時代、ペンネームを三回変えています。審査員か編集長だったかは忘れましたが、「ペンネームはよく考えてつけるように」という旨をこんこんと説いていました。
 それを読み、私はギクリとしました……。
 私は小説を書き上げ、作品のタイトルを考えるのに精一杯で、ペンネームまで頭が回らなかったのです。
 実際、私は登場人物の名前を考えるのも遅く、執筆終了間近になっても名前が確定しない登場人物がいます。名前が決まらないと執筆に集中できない、その人物に感情移入もしづらい。そんな調子なので、自分の名前(ペンネーム)は後回しもいいところで、一回つけたらそのままでした……。
「ペンネームはしっかり考えて付けろ」と言われ(実際は言われていません)、詩人・俳人の名前、文豪の名前、プロ作家の名前、地元の観光地や名所……、いろいろ調べ、考え、つけ直しました。(注)ペンネームの付け方の参考にする具体例として、記事の続きに書いていました。
 良くなったのかどうかは分かりませんが、ない知恵を搾り、考えました。
 作品のタイトルはもちろん大事です。しかし、作品のタイトルは、シリーズものは別にして、その作品にしか使いません。
 ペンネームは、プロの小説家になれば、ずっと使い続けます。何作書こうと、年老いても、死ぬまで、です。
 ですから、ペンネームはしっかり考えて付けましょう。

 (追加)二〇二四年三月一〇日
「ペンネーム(筆名)は凝らなくていい」という作家もいますが、これは適当に付けていいという意味ではなく、分かりやすく親しみやすいものにしろ、懲りすぎて変な名前にするな、という意味だと私は思っています。
 基本的に、こういうペンネームは止めておいた方がいい、と私が思う例を述べます。

 ○読みにくい、読めないペンネーム
 これだと読者に名前を覚えてもらえません。あ、この本いいなあ、と取り寄せようにも、読めない、書けないでは、取り寄せてもらえませんし、覚えてもらえません。

 ○複数の読み方ができるペンネーム
 有名になれば別ですが、有名になるまでが大変です。
 恥ずかしながら、私は長い間、東野圭吾を「とうのけいご」と読んでいました。
 正解は『ひがしのけいご』です。
 この方の本を、探しても見つからないなあ、と帰ったことが何度もあります。
「東野」くらいならネット検索で読み方を調べられますが、私はスマホを持っていませんでした。遅まきながら、二年前にスマホデビューしました。
 大抵、ペンネームには読み仮名振っていません。当たり前か……。
 読みやすく、覚えてもらいやすい、気のきいたペンネームを頑張って付けましょう。

 ○同人誌時代を思わせるペンネーム。
 例.薔薇の滴、雪乃彼方 ←ない頭で考えました。これが悪いとは言いません。
 作家になるといろんなジャンルの作品を書くことを要求されます。多分。
 また作家本人も今までエンタメを書いていたけれど、文学作品に目覚めるかもしれませんし、時代劇やホラーの大家になるかもしれません。
 そういうことも考えて、ラノベや恋愛など、一つのジャンルに特化していると思わせるようなペンネームは避けた方がいいと思います。

 私はさんざん考えたけれど、結局、自分の名前とよく似たペンネームにしました。
 これも一つの手みたいです。ペンネームで呼ばれて、反応できないのでは、困りますよね。
 例えば(妄想が大部分入っています)、編集者や他の作家さんに「○○先生」と呼ばれても反応できなかったら、困ります。
 本屋に並んだ自分の作品を見て(大部分、妄想入っています)、「これ、誰だよ? 私の作品に違う名前が載ってる。……あ、私のだった。てへっ」みたいな……。
 宮部○ゆきさんは、ご自分の本名に似せています。石田衣良さんは、本名の姓が長すぎるので、ペンネームで苗字と名前に分けたそうです。他にも、多くの作家さんが本名に手を加えたペンネームを使っています。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み