伝わる「説明」の作法ーー「科学的思考」から読み解く、正論を投げる無意味さ
「こんなに分かりやすく論理的に説明しているのに、なぜか相手に伝わらない……」
「SNSで丁寧に解説したはずが、斜め上の解釈をされて炎上してしまった……」
そんな経験、一度はあるのでは?
実はそれ、あなたの「説明のスキル」が足りないからではありません。私たちが無意識に陥っている「説明の落とし穴」があるのです。
今回は、戸田山和久さんの名著『科学的思考のレッスン』の第三章「『説明をする』ってどういうこと?」をヒントに、私なりの視点から「SNS時代の不毛な諍いから降りるための、説明の極意」について考えてみます。
「説明」には3つのアプローチがある
戸田山さんの著書では「科学的な説明」の構造について深く掘り下げられていますが、私たちが日常的に使っている「説明」も、大きく3つの型に分けることができます。
原因からの説明(Why):「なぜその現象が起きたのか?」という過去の要因を探る説明。(例:雨が降ったから、道が濡れている)
メカニズムからの説明(How):「どのような仕組みで動いているのか?」という構造を解き明かす説明。(例:エンジンの中でガソリンが燃焼して、タイヤが回る)
機能・目的からの説明(What for):「それは何のために存在するのか?」という役割を語る説明。(例:心臓は、全身に血液を送るためにある)
私たちは普段、無意識にこの3つを使い分けて相手に物事を伝えています。 しかし、ここで絶対に忘れてはいけない、残酷な真実……。
それは、「どんなに科学的に正しく、論理的で、美しい3つの説明を駆使したとしても、相手にうまく伝わらなければ、それは『意味をなさないノイズ』でしかない」ということ。
160キロの剛速球も、キャッチャーがいなければただの暴投
私たちが勘違いしがちなのは、「説明」を一方的な「送信」だと思っていること。
「多くの人が正しいと認められる事実(=ファクト)を並べれば、どんな相手でも理解してくれるはずだ」という思い込み。これは、バッターボックスに立つ相手に対して、相手がキャッチャーミットを構えていないのに、いきなり160キロの剛速球を投げつけるようなもの。野球として成り立ちません。それは言論でも同じです。
いくら球筋が美しくても(論理が正しくても)、相手が受け取る準備をしていなければ、それはただの危険な「暴投」。正論であればあるほど。
特にSNSという空間では、この「暴投」が至る所で飛び交っています。
なぜSNSの諍いは果てしなく無駄なのか?
SNSで起きる不毛なレスバの9割(当社比)は、この「説明の不成立」から起きています。 相手が説明の解釈を間違えているか、あるいは最初から「聞く耳を持たない(ミットを構えていない)」状態の可能性が高い。そもそも聞く耳を持たない人や、敵意帰属バイアスに取り憑かれている人はまた別の話ですが。
SNSでは、多くの人が「新しい知見を得るため」ではなく、「自分の意見を正当化するため」や「感情を発散するため」に言葉を発しています。 それをコミュニケーションの唯一の手段としか知らないのでは?と疑いたくなるような勢いで……。対話という受信機のチューニングが「共感」や「自己肯定」に合っている相手に対し、「論理的で正しい説明(=認めざるを得ない事実)」という電波を送っても、決して交わることはありませんよね。そもそも違う話をしていることと同じだから。
それどころか、相手は「自分の領域を攻撃された!」と解釈し、防衛本能からさらに頑なになってしまう。これが、どんなに丁寧な言葉で説明しても、SNSでの諍いが泥沼化する大きな理由のひとつであると考えます。
「正しい説明をすれば分かってくれる」という期待は、時に相手に対する傲慢さでもあります。「なぜ分からないんだ!」とイライラしてしまう時、私たちは「相手の受信状態を無視して、自分の送信出力を上げているだけ」なのかもしれません。
自分自身を「説明のバグ」から守るためのコツ
では、私たちがこの不毛なループに陥らないためにはどうすればいいのでしょうか? 明日から使える、私なりの3つのコツを共有します。
1. 「論破」ではなく「診断」から始める
相手に何かを説明する前に、一呼吸おいて「今、この人は私の言葉を受け取れる状態(モード)だろうか?」と相手を観察・診断してみてください。ミットを構えていない相手には、ボールを投げるのではなく、まず「キャッチボールしませんか?」と声をかけることが先決です。その時点で対話が成立しないなら、その先は時間の無駄になりかねません。諦めるというより、消極的無視も視野に入れる必要があります。
2. 「伝わらない=相手が悪い」という思考を捨てる
「私の説明が完璧なのに、理解できない相手が愚かだ」と思い始めたら危険信号。説明は相手と一緒につくりあげるものです。伝わらなかった時は、自分の「3つの説明の型(Why/How/What for)」の選び方が間違っていたか、タイミングが悪かったのだと捉え直しましょう。その上で改めて対話を試みる価値はあると思います。
3. 自分が「聞く耳をシャットダウン」していないか疑う
他人の振る舞いは、自分を映す鏡でもあります。誰かの説明に対して「は?何言ってるの?」とイラッとしたときこそ、「あ、今、自分がミットを外してしまったかもしれない」と自問してみてください。ここで立ち止まって考え、時間を置いて対話を試みると、意外とすんなり話が進むことがあります。経験則ですが、それぞれ見たい世界を見ている事実を鑑みると、たまたま焦点が合っていないだけってことがよくありました。
「科学的思考」とは、単に冷徹に事実を並べることではありません。
「なぜこの事実は、相手に受け入れられないのだろうか?」というコミュニケーションのバグさえも、客観的・分析的に観察する態度のことだと私は思います。そもそも相手に何かを伝えたいということは、そこにある種の合意形成や理解を「求めている」わけですよね。
希望が叶えられないことの不満と、目的が達成できないことで起きる問題は、別の課題として整理できれば、無駄なイライラも減るんじゃないかな?と。
相手のミットの位置を確かめて、相手の受け取りやすい球種(説明)を考えて落ち着いて選ぶ。その上で、説明を試みる。 そんな「本当の意味で科学的で、知的な優しさ」を持ったコミュニケーションを、明日から少しだけ意識してみるのも、明日からの楽しさの担保になるように思います。説明を科学的に考えてみることで、きっと、周りの景色が違って見えるはずです。知らんけど。
最後までご覧いただきありがとうございました。



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