分数を苦手とする子どもが多いことは周知の事実だが、分数のどこでつまずいているのか? 慶応義塾大学の今井むつみ教授らが作成した「たつじんテスト」(中学生版)から「分数ができない子どもたち」の真実に迫る。取材したのは、近著『発達障害大全』(日経BP)が話題の黒坂真由子。基礎的な学習におけるつまずきは、未来を担う人材の質に直結するだけではない。子どもの自己肯定感を著しく下げてしまう。その意味で、発達障害の課題とつながるところがある。
まず、簡単な算数の問題に答えていただきたい。
「1/2+1/3」の答えに最も近い数字はどれか。次の4つの選択肢から選びなさい。
(A) 0
(B) 1
(C) 2
(D) 5
正解はもちろん(B)の「1」である。
しかし、この問題に正解できない子どもは意外に多い。
福山暁の星女子中学校の数学科主任、近石康徳教諭は、昨年(2023年)11月、数学の成績が振るわなかった生徒5人を補講の対象とした。この5人の生徒のうち、4人が先ほどの問題に対して「5に近い」と答え、残りの1人は「2に近い」と答えた。全員、不正解だった。
福山暁の星女子中学校は、広島県福山市内にある中高一貫の私立中学だ。生徒たちは中学受験を乗り越えて入学しており、後述する通り、分数の計算問題であれば正解する力を持っている。
そんな生徒たちが「1/2+1/3は5に近い」と答えてしまうのは、どういうわけか。
分数の「計算」はできるのに
近石教諭が最初に立てた仮説は「分母同士を足したのではないか」。1/2の分母は「2」であり、1/3の分母は「3」で、この2つの数を足せば「5」となる。しかし、その見立てが外れていることに、近石教諭は気づかされる。
「5」を選んだ生徒の解答用紙の余白に、次のような書き込みを見つけたからだ。
1/2+1/3=3/6+2/6=5/6
つまり、この生徒は、「1/2+1/3」を正しく計算している。通分して分母を「6」にそろえ、分子同士を足すという、学校で教わった計算の手順を正しく踏んで「5/6」という正解を出している。それなのに、なぜ「5に近い」と答えたのか。生徒に尋ねると「5/6という選択肢がなかったので、5を選んだ」と言う。
「分数の根本的な理解に混乱があるようだ」と、近石教諭は考えた。
そこで全3回の補講について、次のようなプランを立てた。最初の1回で、分数の混乱を解きほぐす。そして残りの2回で、比例、反比例の復習をしよう、と。しかし、そのもくろみは甘かった。結局、近石教諭は3回の補講すべてを「分数の混乱を解きほぐす」ことに費やさざるを得なくなる。
1回目の補講に際し、近石教諭は、細長い長方形の紙を何枚も用意し、生徒たちに、次のようなワークを指示した。
「この長方形の紙1枚が『1』だとして、この紙を折ったり、切ったり、貼り合わせたりして、『1/3』を作ってみよう」
抽象的な分数の概念を、具体的にイメージし、理解できるよう工夫した。このとき、近石教諭が期待した「模範解答」は、次のようなものだ。
しかし、生徒たちは予想外の答えを次々に示した。例えば、ある生徒は「1/3」を次のように表現した。
これを見たとき、近石教諭は「生徒たちの頭の中で、一体、何が起こっているのか」と、衝撃を受けたという。「これは3.5ではないのか?」と。
心を落ち着け、まず生徒の話によく耳を傾けることにした。予断を捨てて、虚心坦懐(たんかい)に……。すると、生徒なりの考えがあることが見えてきた。
「3」の上に「1」があるから「1/3」?
この生徒によれば、「1」に相当する紙を3枚貼り合わせた下側の部分が、「1/3」の分母である「3」を示す。そして、その上に貼り付けた紙が、分子の「1」なのだという。分子の「1」を示す紙を半分に折っている理由は理解が難しかったが、要するに「3」の上に「1」が載っているから「1/3」という理屈だ。
ほかの生徒たちの答えにも、驚かされた。
例えば、「9/5」を次のように表現した生徒がいた。「1」に相当する紙を5等分に折って「1/5」を作る。ここまでは分かる。ところが、その後、この「1/5」の紙をさらに9等分に折って、「9/5」だとした。これは「1/45」ではないのか?
別の生徒は「9/5」を次のように表現した。「1」に相当する紙を5つに折って「5/5」を作ってから、別の紙を4つに折って「4/4」を作り、この2つをつなげたものが「9/5」であると。しかし、これは「2」ではないのか……?
それでも、やっぱり「5に近い」
1回目の補講では、この後、長方形の紙を使って、さまざまな分数や小数、整数を表現し、大きい順に並べるというワークをした。5人の生徒たちを2グループに分けたところ、片方のグループは、下の写真のように数字の比較をやり遂げた。もう1つのグループは時間切れに終わった。
このワークの後、近石教諭は、最初に示した「『1/2+1/3』の答えに最も近い数字はどれか」という問題を、生徒たちに再度、出題した。その結果はというと……。
依然として5人のうち、4人の生徒が「1/2+1/3」は「5に近い」と答えた。
こうして2回目、3回目の補講も「分数の混乱を解きほぐす」という課題に追われることになり、比例、反比例までは行き着かなかったというわけだ。
この話を、読者の皆さんは、どう受け止められるだろうか。
中学生の正答率は半分以下
「極端に数学が苦手な、ごく一部の生徒の話ではないか?」
そう思われた方もいるかもしれないが、実際のところ、どうか。データがある。
「『1/2+1/3』の答えに最も近い数字はどれか」という問題は、慶応義塾大学の今井むつみ教授が中心となって作成した「たつじんテスト」(中学生版)にある問題だ。この問題を福山市内の公立中学校に通う中学2年生333人に出題したところ、正答率は47.8%。半数以上の生徒が間違えた。34.2%の生徒が「5に近い」と誤答している。
もちろん、この結果は「中学生の半数以上は分数の計算ができない」ことを意味するわけではない。それだけに、なおさら驚かされる。
分数の「通分」ができて、分数の「計算」ができる生徒の中に、分数の本質的な概念を理解できていない生徒がいる可能性を、このデータは示唆している。そして「1/2+1/3=?」のような「計算問題」を何度解かせたところで、このような生徒のつまずきを発見することはできない。
現代社会を生きていく上で、分数の理解は重要だ。ビジネスに携わるなら、売上高の前年対比や予算の達成率、利益率など、ありとあらゆる場面で「比」の概念を扱うことになるが、分数の理解は、その土台となる。消費者としても、例えば、ローンの金利が意味するものなど、比やパーセンテージが理解できなければ、生活に支障をきたすだろう。
私たち大人は、子どもたちに分数をどう教えていけばいいのだろうか。次回、今井教授の論考を交えて考える。
[日経ビジネス電子版 2024年3月15日付の記事を転載]
黒坂真由子著/日経BP/2860円(税込み)
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)