「ここは、日本の縮図」 人口34%減、能登先端の市長選に託すもの
2024年の能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲市では、国勢調査の速報値で人口が34%減った。高齢化と過疎化が加速する8528人の市は、人口減が進む日本の未来なのかもしれない。市民たちは何を望み、どんな将来像を描くのか。24日投開票の市長選を前に尋ねた。
「ひとりの応募もないんだわ」。珠洲市若山町出田で米づくりを中心に約100ヘクタールを耕作する農業法人「すえひろ」代表の末政博司さん(66)は、求人情報を載せたホームページを見て嘆く。
仲間たちと31年前に有限会社を設立。地域農業の先駆けとして多くの表彰を受けるなど実績を重ねてきた。ドローンの活用など新しい技術も積極的に取り入れ、最近では無人での田植え技術にも関心を寄せる。
しかし、悩みはその技術を託す担い手がいないこと。従業員も高齢化が進む。人口減少が加速するなか、5年先、10年先を考えたとき、若い世代がいないという不安は極めて大きい、という。
一昨年の地震では農地に亀裂や段差ができた。なんとか復旧し、夏には7割ほどの収穫が見込めるまでになった。「さあ、稲刈りだ」というとき、奥能登豪雨が襲った。実った稲穂の上に土砂と流木が流れ込んだ。事務所の中にも土砂があふれた。「心が折れた。それでも支えてくれたたくさんの人を思うと、やめられなかった」と振り返る。
いまだ復旧できない農地が残るものの、今春の作付けは8割まで戻りそうだという。
震災前と比べ、市内での生活は何割まで戻ったのか――。「いまだ仮設住宅に暮らしている人が多くいる。その人たちからすれば少しも戻っていない。ゼロなのでは」
これからも、自慢の米づくりを続けることが願いだ。市長にはその環境を守ってもらいたい、と言う。
「一時的」別居のはずが
25年10月1日時点の国勢調査の速報値では、珠洲市の人口は前回20年と比べて34・04%減った。市によると小中学生の数も震災前から3割近く減っており、小中学校や義務教育学校計11校の中には、全校生徒4人の義務教育学校もある。昨年生まれた子どもは20人で、子育て世代の悩みは深い。
市内で給排水設備工事会社を経営する上野哲司さん(41)は「子どもと一緒に暮らせないのが寂しい」と話す。
4歳~小学5年の4人の子どもと妻は発災直後から金沢市で暮らしている。断水や停電が続くなか、復旧のための仕事がある上野さんを残して妻子は「一時的」に妻の母親がいる金沢市に避難した。だが長男と長女は金沢の小学校になじんだ。仲の良かった友だちも多くが珠洲を離れ、子どもたちにとって戻りたい動機がなくなっている。
教育環境を考えて珠洲を離れた同世代が何人もいる。学校統合で同級生の数を維持し、子どもが多様な考えに触れながら成長できる環境を整える必要があると考えている。「若い世代が残り、その子どもたちも暮らし続けたいと思える場所であってほしい」
「良くなってほしい、じゃなくて」
市街地にある道の駅「すずなり」で働く鳥丸直子さん(26)は震災の9カ月前に横浜市から移住してきた。
24年元日には職場で被災。住んでいたシェアハウスが壊れ、いったん横浜に避難したが、「珠洲に帰りたい」という思いを募らせた。
地域の青年団に入って活動し、祭りにも参加してきた。豊かな自然とおいしい食べ物、ゆとりのある時間。人が少ないためかもしれないが、様々な職業や年代の人が普段から関わり合う日常が恋しかった。
珠洲でのなりわいが少しずつ回復してきたのにともない、半年後に帰ってきた。道の駅では、売っている様々な名産品を通して地元の生産者のことを知ることができる。今春からは正社員になり、珠洲の魅力をたくさんの人に伝えようと、公式インスタグラムでの発信にも力を入れている。
もちろん、元通りにはまだほど遠い。人も店舗も減り、被災した建物が取り壊され、いたるところが空き地になった。
それでも、鳥丸さんは「珠洲はもっと良くなる。なってほしい、じゃなくて、良くなる」ときっぱりと言う。「珠洲のことが好きで、良くしようとしている人たちがまわりにたくさんいるから」。リーダーには、戻ってきたい人が帰れる場所や、住み続けたい人が暮らしやすい環境をつくってほしいと願う。
珠洲から離れる決断をした人は、どんなまなざしを向けているのか。
「何をもって復興か」
「いっきに10年、15年先が来た。自主財源が乏しく、高齢者ばかりで、人口減を先取りしてしまった珠洲は、まるで日本の縮図」と話すのは、中谷久雄さん(70)。
中谷さんが区長を務めていた珠洲市仁江町では山が大規模に崩れ、全23世帯が対策工事が済むまで住むことができない「長期避難世帯」に認定されている。高齢の義母と同居しており、病院に通いやすいなどの理由から、車で2時間ほどかかるかほく市に転居した。今回の市長選には投票できない。
それでも、ふるさとを大切に思う気持ちに変わりはない。震災前まで、仁江での暮らしは目の前の海とともにあった。中谷さんも、地震で犠牲になった隣家の88歳の男性から漁を教わった。中谷さんら離れて暮らす仁江の人たちは、港の船だまりが整備され、また海に船を出しに通える日を心待ちにしている。
「何をもって復興というのか……。こういう小さななりわいも元に戻らないと、復興とは言えない。リーダーには現場をまわり、耳を傾ける人であってほしい」
◇
珠洲市長選には、6選を目指す現職の泉谷満寿裕氏(62)と前市議で新顔の浦秀一氏(63)が、いずれも無所属で立候補している。
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悲しいことに今は物心ともに社会的余裕がないので、地域復興にしても「復興後の将来性はどうなのか」「投資に見合うアウトプットがあるのか」的な観点から是非の評価がなされてしまいがちだ。社会とは本来そういうものではないはずだと思うのだが、いろんな形で減点法の常識感覚が幅を利かせてしまってきている。
2026年5月21日 17:00