「AIはメディア統制国家に好意的」中国の影響、日本にも 37カ国研究が示す"ロンダリング"の広がり
国家によるメディア統制が、チャットGPTやクロードなど主要な生成AIの回答を"政府寄り"に傾けている――。
米オレゴン大など5大学のチームが、中国と、日本を含む37カ国の国際比較分析をした研究を5月13日、英科学誌「ネイチャー」に発表した。
中国を中心に"政府寄り"の影響が確認され、その偏りは中国語と一部トークンを共有する日本語の回答にも及んでいるという。
●中国語で聞くと75.3%が「中国寄り」 日本語にも“飛び火”
我々は、多国間の比較分析によって、メディアの自由度が低い国の言語では、高い国の言語に比べて、大規模言語モデル(LLM)がより強い政府寄りの傾向を示すことを明らかにした。
米国のオレゴン大学、パデュー大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、ニューヨーク大学、プリンストン大学の研究チームは、5月13日に「ネイチャー」に掲載された論文(要購読)で、そう述べている。
研究チームは論文で、中国を対象としたデータを中心に、主にGPT-3.5、GPT-4、GPT-4o、クロード3オーパス、クロード3ソネットを使い、以下の6つの研究を実施した。
研究①では、中国共産党とアリババが開発した習近平国家主席の思想学習アプリ「学習強国」の配信記事と、中国政府の指令に基づいて党機関紙や新聞に掲載された53万件の記事データセット「台本付きプロパガンダ」を合わせたデータ(国家調整メディア)が、AI学習データ「カルチュラX」に占める割合を調べた。
「カルチュラX」は、GPT-3などの学習データとして使われてきたインターネットの収集データ「コモン・クロール」をベースに、AI学習データとして最適化した中国語や日本語を含む167言語、6.3兆トークンのデータセットだ。
それによると、「カルチュラX」に含まれていた「国家調整メディア」のデータは310万件以上、中国語データの約1.64%を占め、AIの一般的な学習元として知られるウィキペディア(中国語版)の41倍に上ったという。中国の政治指導者や機関への言及に限定すると、「国家調整メディア」データの割合は約24%に上昇した。
研究②では、主要生成AIが中国の「国家調整メディア」特有のフレーズ(「中国の特色ある新しい社会主義思想」など)をそのまま「記憶」しているかを検証。AIモデルによって、3%から約10%の割合で「記憶」していたという。
研究③では、メタのオープンモデル生成AI「ラマ2 13b」を使い、中国の「国家調整メディア」の記事6,400件を追加学習させた上で出力を検証。約80%で中国政府に好意的な出力があった、という。
さらにこの「中国政府寄り」のAI出力の傾向は、中国大陸で主に使われる中国語の簡体字とトークン(AIのデータ処理単位)が一部重なる、中国語の繁体字(台湾、香港、マカオなどで主に使用)と日本語でも、強く影響が見られたという。
中国政府のメディア統制が、生成AIを経由した日本語の情報空間にも“飛び火”し、「中国政府寄り」の影響を及ぼしていた、ということだ。
研究④と⑤では、「中国は民主主義国家か」といった政治的な質問を中国語と英語で行い、結果を比較。中国語で質問した場合の方が英語よりも75.3%で中国政府に好意的な出力だったという。
●最も“政府寄り”はトルクメニスタン、日本は中位 報道自由度と一致
さらに研究⑥では、中国以外でも、その国のメディア統制の強さと使用言語、AIの回答に関係があるかを、日本を含む37カ国(言語話者の70%以上が居住する国)の言語と英語との比較で調査した。
その結果、中国と同様に、メディア自由度が低い国々の言語による「政府に好意的」な出力が目立った。
最も高かったのはトルクメニスタン(論文が使った国境なき記者団〈RSF〉180カ国調査〈2024年〉で175位、「政府に好意的」82.6%)で、次いでベトナム(同174位、79.2%)。自由度の高い国々では「政府に好意的」な出力は低く、アイスランド(同18位)が最低(39.3%)、次いでスウェーデン(同3位、40.6%)だった。
中国のメディア自由度は172位で、37カ国には含まれていないが、この研究での「政府に好意的」出力は78.5%。日本は70位で、「政府に好意的」な出力は52.4%だった。
今回の論文が提出されたのは2024年10月で、掲載までに1年半以上がたっている。この間に、研究で使ったGPT-3.5などは、いずれもすでにアクセスできなくなっている。
このため、研究チームはプログラム開発用共有サイト「ギットハブ」に研究成果の紹介サイトを開設。2026年現在のGPT-5.5などの最新モデルによるデータのアップデートも公開している。
それによると、「政府に好意的」出力の度合いは、中国が4.2ポイント上昇して最も高く82.7%(2026年版報道の自由度で178位)、次いでトルクメニスタン(66.8%、同173位)、ベトナム(64.2%、同174位)の順。最も低いのはアイスランド(24.1%、同12位)、次いでフィンランド(25.4%、同6位)、スウェーデン(28.2%、同5位)だった。日本(同62位)は16.5ポイント下がり35.9%だった。
●「情報ロンダリング」 国営メディアは無料、NYTは課金の皮肉
「これは、AI企業がこれらの政府に取り入ろうとした証拠でも、これらの政府がチャットボットを念頭に置いてメディアシステムを支配している証拠でもない」と、論文共著者のカリフォルニア大学サンディエゴ校教授、マーガレット・E・ロバーツ氏は、論文のニュースリリースのコメントで述べている。
今回の研究結果は、あくまで国家のメディア統制と生成AIの「政府寄り」出力との相関関係を明らかにしたもので、国家やAI企業の「意図」までは解明できていない、ということだ。
ただ、この研究により、「国家が情報環境を形成し、情報環境が学習データを形成し、学習データがAIモデルの出力を形成する」という、生成AIを巡って広がりつつある情報の生態系は明らかにされている。
そして研究チームは、国家や企業などの力を持つグループが、その生態系の中で、生成AIへのコントロールを強める可能性があることを警告する。
我々の主張は主に中国を背景として展開してきたが、我々が特定した実証的なパターンは、強力な機関とAIにおける学習データの役割について、より広範な示唆を与えている。企業や政府が検索結果やソーシャルメディアのアルゴリズムを操作するインセンティブを持っているのと同様に、彼らはその制度的権力を利用して生成AIの出力をコントロールしようとするかもしれない。
論文では、今回の研究結果について、そう総括している。
さらに論文は、西側民主主義国の主要メディアがペイウォール(課金の壁)を設ける一方、権威主義的な国の国営メディアがペイウォールを設けずにコンテンツを流通させていることの対比を指摘する。
コンテンツをオープンに維持することは、ひいては国が管理するメディアのコンテンツが、ウェブスクレイピングされた学習データセットに含まれる可能性を高める。ニューヨーク・タイムズなどの主要ニュースソースが、AI企業による無償でのコンテンツ利用を阻止するために訴訟を起こしている現在、国営メディアと民主主義体制下の独立メディアとの対比は、さらに際立っている。
生成AIの生態系においては、課金制のニューヨーク・タイムズなど西側主要メディアよりも、無料開放の権威主義国の国営メディアの方が有利であるとの指摘だ。
そんな生成AIの出力が、「ネットの中立的な情報」としてグローバルなユーザーに広がっていく。論文は「政府が操作したコンテンツを、一見、客観的なテキストへと事実上『ロンダリング(洗浄)』してしまう」と指摘する。
生成AIの広がりとともに、静かな「情報ロンダリング」が起きている。
●「生成AI汚染」は日本にも 新規サイト35%がAI製の時代に
中国による生成AIへの統制として知られるのは、2025年1月に発表された同国発のオープンモデル「ディープシークR1」のケースだ。
「ディープシークR1」の機能は米国の主要生成AIに匹敵する一方、「天安門事件」など政治的な質問には回答を拒否する、という実態がメディアで相次いで報じられた。
主要生成AIへの国家のプロパガンダの浸透は、「AIポイズニング」「AIグルーミング(手なづけ)」などと呼ばれる。ロシアの「プラウダ・ネットワーク」という多言語展開の影響工作ネットワークが知られてきた。
※参照:標的は「生成AI汚染」、年360万件超のプロパガンダを量産するロシア影響工作ネットのインパクトとは?(03/10/2025 新聞紙学的)
※参照:偽情報をオウム返し「生成AI汚染」1年で倍増(09/08/2025 新聞紙学的)
フィンランドの偽情報調査会社「チェックファースト」が開設している「プラウダ・ダッシュボード」によると、「プラウダ・ネットワーク」が発信する記事総数は800万件超に上っている。
米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」のデジタルフォレンジック研究所(DFRLab)は4月8日に公開した報告書で、前述の「コモン・クロール」を検証。2025年11月までに「プラウダ・ネットワーク」の英語記事4万件が、「コモン・クロール」にアーカイブされていた、という。
今回の論文では、生成AIの学習データへの浸透が、中国語を含む多言語で構造的に進行していることが明らかにされた。しかも、メディア統制の強い強権国家ほど、その影響が強い。
そして、情報空間における生成AI由来の情報の割合は、確実に広がっている。
インペリアル・カレッジ・ロンドン、インターネット・アーカイブ、スタンフォード大学の研究チームは、2026年4月14日に公開した論文で、2025年半ばまでに新規公開されたウェブサイトの約35%が、AI生成またはAI支援テキストに分類されるとした。
※参照:AIで人間の言葉と思考が均質化、『1984年』の世界を避けるには?(05/11/2026 新聞紙学的)
今回のオレゴン大学などの研究チームが指摘するように、この生成AIの情報生態系の歪みは、日本にも押し寄せているのだ。
(※2026年5月22日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)