唐津市出身の吉田聖弥投手(22)=伊万里農林高、現伊万里実高卒=がドラフト2位でプロ野球・中日ドラゴンズに入団する。社会人野球の西濃運輸で成長を遂げ、佐賀県出身選手として6年ぶりに支配下指名を受けた左腕に現在の心境とプロでの抱負を聞いた。(北川尊教)
ープロへの一歩を踏み出した。
指名から時間がたち、実感が湧いてきたが、当初は2位指名に驚きが大きかった。両親、祖父母、高校の恩師にはすぐに電話で報告した。
ープロを意識したのは。
小さい頃からぼんやりとプロになりたいと思っていた。高校を卒業し、社会人野球に行くと決めたときに、はっきりと意識するようになった。社会人2年目の時に、所属する西濃運輸から2人の投手(林優樹、船迫大雅)が指名されたことも、大きい。
唐津市出身の吉田聖弥投手(22)=伊万里農林高、現伊万里実高卒=がドラフト2位でプロ野球・中日ドラゴンズに入団する。社会人野球の西濃運輸で成長を遂げ、佐賀県出身選手として6年ぶりに支配下指名を受けた左腕に現在の心境とプロでの抱負を聞いた。(北川尊教)
ープロへの一歩を踏み出した。
指名から時間がたち、実感が湧いてきたが、当初は2位指名に驚きが大きかった。両親、祖父母、高校の恩師にはすぐに電話で報告した。
ープロを意識したのは。
小さい頃からぼんやりとプロになりたいと思っていた。高校を卒業し、社会人野球に行くと決めたときに、はっきりと意識するようになった。社会人2年目の時に、所属する西濃運輸から2人の投手(林優樹、船迫大雅)が指名されたことも、大きい。
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ー思うようにプレーできない時期もあった。
肩の痛みで2023年は全く投げることができなかった。野球への情熱が消えかけ、引退も考えた。その時に投手コーチから「もう1年間がんばってみないか」と励まされた。佐賀から送り出してくれた家族や、応援してくれる人の顔が浮かび、「元気に投げる姿をもう一度見せたい」との思いでやってきた。
決して自分だけのドラフトではなかった。苦しかったけれど、支えてくれた人たちに、いい恩返しができたと思う。
ー持ち味は。
力感のないフォームから力のある直球やチェンジアップを使い、打者のタイミングを外す投球術。最速は149キロ。
ー背番号が47に決まった。
小さい頃に祖父と見に行った試合で、杉内俊哉(当時ソフトバンク)さんが投げる姿を見て野球を始めた。きっかけをくれた憧れの杉内さんのように活躍したい。
ー中日の印象と1年目の目標は。
中日は投手がそろっている印象。これまでやってきた先発へのこだわりはあるが、救援でもなんでもやるつもりで開幕1軍に食い込みたい。セ・リーグは投手も打席にも立つので、バントの練習も4年ぶりにしないといけない。
ー対戦したい打者は。
やはりリーグ最高峰とも言われる巨人の岡本和真選手やヤクルトの村上宗隆選手。
ーこれから始まるプロ人生の目標と佐賀のファンへメッセージを。
結果が全ての世界。チームを勝たせられる投手になり、息の長い選手になりたい。
佐賀の子どもたちに夢や希望を与えることで、将来のプロ野球選手が出てきてほしい。活躍して佐賀に恩返しするので、応援よろしくお願いします。
よしだ・せいや 小学3年の時に相知レインボーで野球を始めた。伊万里農林高では2年からエースナンバーを背負い、伊万里商高との統合前最後のエースとして活躍。卒業後、西濃運輸では最速149キロの直球を武器に都市対抗4強入りに貢献した。2002年生まれ。176センチ80キロ。左投げ左打ち。唐津市相知町出身。