高卒バイトから24歳で社員に登用され、𠮷野家ホールディングス(HD)のトップに上り詰めた河村泰貴氏。子会社のうどんチェーンはなまる時代を含め、18年間社長を務め、その間、自らの生き方や仕事術、人生哲学をつづった560通のメッセージを従業員に送り続けた。無気力で何の取りえもない若者が、どのようにして変貌を遂げたのか。そのエッセンスをまとめた新刊『自分以外のすべてがわが師』から、抜粋してお届けする。その第4回。

 わたしの座右の銘「我以外皆我師」についてお話ししたいと思います。

 この言葉を座右の銘にしよう、と決めたのは大阪で店長をしていた頃でした。わたし自身は、周りからはどう見えているかはともかく、人づき合いがあまり得意ではないといいますか、コミュニケーション力(以下、コミュ力)があまり高くないという自覚があります。ですから、店長時代、さまざまな個性を持つアルバイトたちを束ねて一つの店をつくっていくことにとても苦心しました。

対人コミュニケーションの壁に突き当たる

 正直、「何でこの人は、こんなものの言い方をするんだろう?」と思う人や、極端に言えば、仕事でなければ絶対につき合いたくないような人もいました。しかし、店長ですからそんなことは言っていられない。さらに言うと、上司や先輩にも、「この人は、なんでそんな言い方をするのだろう」と感じることもありました。

 勘違いをしてもらいたくないのですが、当時のわたしの周囲にいらした方の中に、ごく一部、当時のわたしにとって苦手だと感じた方がいたというだけであって、彼ら自身が人格的に問題があるとかそういうことではありません。

 自分と完全に相性の合う人なんていません。80%以上は尊敬している方であっても、ときとしてキツい物言いをされて深く傷ついたりすることはありますよね。そうしたことも含めての話です。

 話を戻しますと、店長を任されている以上、誰が好きとか嫌いとか、そういうことでチームをつくっていくわけにはいきません。お客様の満足が最大になるようなチームをつくる必要があるからです。

 それもほとんどの場合、そのメンバーは一からつくるのではなくて、前任店長から引き継いだチームを、より機能するチームにしていくという作業になるわけです。

 先ほど申しましたように、コミュ力が高くないわたしは、他人に影響を与えて良い方向に導いていくことを目指す前に、自分自身が「苦手だなぁ」と感じる人とのコミュニケーションをどう円滑にしていくかという課題にぶち当たりました。そのことに思い悩んでいたあるとき、こういう思考が頭をめぐったのです。

「この人は何でこんな態度なんだろう?」
 ↓
「そんな態度を取ったら周りの人がどう感じるか、わからないんだろうか?」 
 ↓
「せめて自分はそうならないように気をつけなきゃいけないな」 
 ↓
「あれ? オレ、学んでる!」

河村泰貴(かわむら・やすたか)
河村泰貴(かわむら・やすたか)
𠮷野家ホールディングス(HD)会長。1968年大阪市生まれ。87年に広島県立広島皆実高校を卒業。大学には2度入学するが、いずれも中退。19歳のころ、アルバイトとして大阪の𠮷野家で働き始めた。4年半のアルバイトを経て、93年に𠮷野家ディー・アンド・シー(現・𠮷野家HD)に入社した。97年にセゾン総合研究所出向、2004年に、グループ会社のうどんチェーン、はなまるの経営再建のため、取締役に就任。07年同社社長。12年に43歳で𠮷野家HD社長に就任した。14年には事業会社、𠮷野家の社長を兼務。前社長の安部修仁氏に続き、アルバイト出身の社長となった。25年会長に勇退した。(写真/鈴木愛子)
この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り838文字 / 全文2033文字

【申込は簡単3分!】有料会員なら…

  • 毎月約400本更新される新着記事が読み放題
  • 日経ビジネス14年分のバックナンバーも読み放題
  • 年額プランで年間7,500円お得に

この記事はシリーズ「ビジネスTopics」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。