【実話】娘が記憶喪失になった話2
情報が少ない症例のため、似た状況の方への参考情報を残す目的と、僕自身の懺悔のために綴る。なので、少し長い。
2025年11月14日、中学生の娘が記憶喪失となった。
前日の頭痛との関連性を疑い、脳神経外科へ行くも異常なし。
心療内科を探すも子供の診療は行っていないとドタキャンされてしまった。
ただでさえ、娘の将来を悲観し動揺していた僕は、動けなくなって寝込んでしまった。
濃い夢を見ていたと思う。
娘が登場した記憶はあるが、夢の内容は思い出せない。
鮮やかで騒がしくて密度の濃い夢だった感覚は残っている。
人の気配で目が覚めた。
洗濯機を回す音。妻が帰ってきたようだ。妻は15時に帰ってくる。
洗濯は僕の仕事なのにサボってしまった。
随分長いこと眠っていた感覚はあるが、まだ数時間しか経っていなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくのに、辛い時間はなかなか過ぎてくれない。
飼っていたウサギが死んだときも数時間おきに何度も何度も目が覚め、起きる度に隣で保冷しているウサギの死体を見にいった。
その度、夢ではなく現実だったことに嘆き、再び落ちるように眠る。
長くて濃くて一生分の夢を見たような気がするのに、実際の時間は数時間しか過ぎていない。
息苦しく、透明な水の底にいるかのような感覚。
今もそれと同じだった。
妻を呼ぶと「あれ? いたんだ」と言われた。
居間にいないから外に執筆に行ったと思ったのだと言う。
予想外の言葉に頭が痛くなった。
娘が記憶喪失なのに、どうしてそんな行動をとると思うのか?
僕が「玄関に靴があるだろ」と言うと、「サンダルで行ったかと思った」と返事。
溜め息しか出なかった。ちなみにサンダルも置いたままだ。
僕の部屋のドアを開ければ僕がいることくらい気づくだろうに、と恨めしく思う。
けれど、このときは気づかなかったが、僕は重大なミスをしていた。
妻に娘の状態をまだ話していなかったのだ。
進捗がなくて、うまく説明することができなくて、妻の「どう?」というLINEに、「後で話す」と答えたのだが、それが誤解を生んでいた。
僕のそっけない返事に、妻は問題が解決したと思ったらしい。
新規オープンで行列ができているドーナッツ店にわざわざ並んで、ドーナッツを買ってきていた。
脳外科に行って改善したとすれば、それは手術の可能性を想像しそうなものだが、妻は以前「めまい〇〇症(うろ覚え)」という病気に罹った際、病院でくるくる回転しただけで治って、1時間ほどで戻ってきた。
妻は客観的事実よりも思い込みを優先する性質があるので、先の経験から、すでに治っていると思い込んでいたらしい。
そうとは知らない僕は、娘の部屋に入ったのか?と訊いた。
娘は朝起きて記憶喪失になっていた。
記憶と睡眠の関係は、すでに常識になっている。
しっかり睡眠をとることで記憶が回復する可能性があった。
その可能性に賭けて、一縷の望みにすがり、ぐっすり眠らせていたのだ。
途中で起こされては、すべてが台無しになってしまう。
妻は中に入ったと答えた。だけど、起きなかったと。
僕は入らないよう注意した。
娘の容態を説明しようとしたところ、妻が痙攣をはじめた。
パニック障害の発作が起こったのだ。
ここはパニック障害の話なので、読み飛ばしても良いかも
妻は数年前にパニック障害になった。
大きく三つの要因があったと思う。
ひとつの妻本来の性格。
妻は「大人になるまで一度も怒られたことのない人間」だった。
真面目で成績もよく、運動部などの所属した経験もなく、兄弟喧嘩すらなかったそうだ。
そのため、他人から責められる事にまったく耐性がなかった。
もうひとつは、ご近所トラブル。
下の息子が、不登校気味の男の子と仲良しだった。
ある日僕が部屋にいると、外からうちの子供の声が聞こえてきた。
なんの気は無しにベランダから下を見ると、生活道路を歩いている娘と息子を含む子供たちの集団がいた。
すると、不登校の子供が目の前の女の子の首に飛び蹴りを食らわせた。
女の子はよろめき、車が来ていたら重大な事故になっていただろう。
僕は行くべきか迷ったが、すぐにうちの息子が仲裁に入り、それ以上の暴力はないようだった。
そのまま、うちのマンションの横を通り、奥の公園へと向かう。
公園に着いた子供たちは男女の集団に別れ、それぞれで遊んでいた。
大丈夫そうだったので、子供が家に戻ってから事情を聞いた。
蹴られたのは不登校の子の姉で、よく暴力を振るわれているらしい。向こうの親には何度か言ったそうだ。
「お前たちは暴力は振るうなよ」
他人の子供には口出しできないので、自分の子供に注意を促すにとどめた。
しばらくして小学校から連絡があった。
息子が不登校の子に差別的な発言をしたのだと言う。向こうの親からクレームがあったそうだ。息子に確認したら事実を認めたという。
僕は学校から帰ってきた息子に事情を聞いた。
「『学校に行ってないから馬鹿』と言ったのか?」
「うん」
「どうして?」
「向こうに馬鹿と言われたから」
たぶん普通の人だったら、ため息をついて怒るところだろう。
ただ、息子は微妙に発達障害があって、生活に影響はないが、コミュニケーション能力に問題があった。
その可能性を考慮して、どんな状況で、誰がいて、どうしてそうなったのか、直接関係がないことも尋ねる。
そこで初めて状況が把握できた。
公園で不登校の子を含む数人で遊んでいたところ、不登校の子が自分の思い通りにならかったという理由で、他の子を殴りはじめたのだという。
息子はそれを止めようとして、不登校の子と口論になった。
向こうが、「バカバカバ~カ!」と言ってきたので、「馬鹿はそっちだろ!」 と返したらしい。
その後、言い合ううちに「学校行ってないんだから、そっちのほうが馬鹿だ!」と言ってしまったというのだ。
暴力を止めたことは偉いけど、不登校の子はとても悩んでいるから、ケジメはつけようと僕は言い、丸坊主にさせて謝りに行った。
息子は丸坊主を泣いて嫌がったが、すぐに生えてくると慰めた。だが、門前払いされた。
僕は漫画などで悪役の親が言う科白を息子に伝えた。
「もうあの子とは遊ばないように」
翌日くらいだったか、妻が家の前で不登校の子の父親とばったり会ってしまった。待ち伏せされていたかも、と後で聞いた。
そこでこっぴどく怒鳴られてしまったらしい。「不登校の子を持つ親の気持ちが分かるか!」と。
妻は恐怖を覚えてしまった。
仕事の関係で強面の人に怒鳴られる経験の多かった妻は、いつもケロッとしていたのだが、今回のは堪えたらしい。
相手が怖かったというよりは、家の前で待ち伏せされていたこと、仕事とは違い自分の非を責められたことが、自分事として捉えられ、精神に響いてしまったのだろう。
その後、その家族とは会うことはなかったが、その子の家の前を通ると、動機や過呼吸が起こるようになっていた。
けれど、最後の引き金を引いたのは僕だ。
自分で言うのもなんだが、夫婦仲は良いほうだった。けれど、数ヶ月に1回くらいの割合で喧嘩することはあった。
僕としてはいつもの喧嘩だったが、向こうは違った。先のトラウマの件で耐性がなくなっていて、過呼吸になり体が石みたい硬く硬直して動けなくなった。
いまだに後悔している。どうして、あんなつまらない事で、喧嘩してしまったのか。
そこから精神科に通い、毎日薬を飲んで、最近ようやく別の仕事を始められるようになった。
けれど僕の不機嫌を察知すると、いまだに発作が起こってしまうのだ。
負の連鎖
妻は痙攣をはじめた。
僕は脳神経外科では異常がなかったと伝えた。
すぐに「じゃあ、ワイの通っている精神科に連れて行こうか?」と言ってきた。
僕はすでに、多くの精神病院が子供に対応していないことを知っていたから、それを伝えようとするも、妻が覆いかぶせてくるように一方的にしゃべってくる。
「ちょっと黙って」
「なんで怒ってるの?」
正直、この時点ではまだ怒ってはいなかった。焦りはあった。
どうしてよいか分からない不安から、妻を慮ることができなかった。疲労感がまだ、頭の中に残っている。
妻の痙攣が激しくなる。
僕は会話は無理だと諦め、部屋を出ていくように言った。
けれど妻は動かず、指で外をさす。僕に出ていけという合図だ。
妻のパニック障害を回復させるには、僕の姿を見えなくすることが唯一の方法だ。
娘の今後を真剣に話し合いたいのに、協力してほしいのに、妻はパニック障害になり、協力どころか気を遣わなければならない相手となった。
正直、精神的に限界だった。
怒って部屋を出て行った。
妻の泣き声が閉めたドアの向こうから聞こえ、こちらも泣きたい気持ちになる。
外に出ることにした。
心療内科にドタキャンされたときに、もう一度探す気力が根こそぎ削がれてしまったが、今は怒りが力をくれていた。
一度は紹介状を書いてくれたのだ。今日の予約こそとれなかったが、子供相手でも拒否はされなかった。
僕の判断ミスでキャンセルしてしまったが、もう一度お願いしようと思った。
先方からしたら迷惑な相手だろう。こちらの都合で振り回して申し訳ないと思うが、他に縋る相手がいない。土下座してもいい。
どうしていいか分からないから、やるべき事の優先順位をつける。
今の優先事項は、心療内科を探すこと。
脳神経外科の紹介が一番可能性が高い。
仮に自分で見つけることができた場合も、セカンドオピニオンにすればいい。
キャンセルの判断が誤りだったのだ。
次に学校への連絡。
長期化する未来が見えてしまった。
毎日、登校確認電話が来るのもウザいし、いずれ伝えることになるはずなので、今日のうちに連絡しておこうと思った。
鞄を探すもスマホがない。入れ忘れてしまったのだ。
またミスをしてしまった。
僕は何故かミスや不運が連鎖する星の元にいる。
ひとつくらいなら耐えられるが、まるで僕の限界を試すかのように、連続して小さなミスや不運が起こり、僕の精神を削っていく。
やる気が消えそうになるのを必死に我慢する。
立ち止まれば二度と動けそうにないので、起こったミスよりも今やるべきことを考える。
先に脳神経外科。
次に家に帰ってから妻に説明。
学校に連絡。
心療内科を探す。
いま、スマホは必要ない。何も問題ない。
脳神経外科に着いた。事情を話す。
また頭痛の件についても、説明を欲しいと伝えた。
しばらくして、34番の番号札を渡された。12人待ちだ。
すぐに対応してくれると思ったが、割り込みさせずに対応するスタンスなのだろう。
1時間以上の待ち。スマホを取りに戻る時間があった。
家に戻ると妻が回復していた。
体を動かし、人と話したこともあり、僕の精神状態も回復していた。
余裕のない態度を恥じる。
先ほどのことを謝り、事情を説明する。
妻のほうでも自分が通っている精神病院に電話し、子供は対応不可だと聞いていた。
ここで僕のLINEの言葉足らずから誤解があったことが判明し、机の上に置かれたドーナッツに気づいた。
すると僕のスマホが鳴った。
入れ忘れていたと思ったが、鞄の中から見つかる。
やらかした、と思った。
着信は脳神経外科からだった。まだ時間はあると思い、黙って出て行っていた。
やらかしたと思った。
34番の番号札を渡してきたが、すぐに割り込ませるつもりだったのだ。
じゃあ、なんでわざわざ番号札を渡したのか? と疑問に思ったが、すぐに脳神経外科へ戻った。
ミスが連鎖している。
病院でちょっと怒られ、医者から頭痛は記憶喪失とは無関係で、単に頭痛ですという中身のない説明を受けた。
紹介状は書いてくれるそうだが、時間が遅いので来週話をするそうだ。僕の判断ミスのせいで遅れてしまった。
帰り道。学校へ電話する。
記憶喪失になったと伝える。
電話口だとあまり驚いたようには感じなかった。
いつ復帰できるかわからない。中学の記憶がまるまる抜けているので、可能であれば来年中1からやり直せるか訊いた。
初めてのケースなので、即答はできないと言われる。
それはそうだろう。
娘、起きる
家に帰り、病院でのことと学校へ連絡したことを伝える。
ここで妻から、修学旅行の心配事項に「幻聴幻覚がある」と書いて、担任に相談していたことが判明した。
だから、あまり驚かなかったのかなと思った。
心療内科に行くことを先週あたり勧められたのだという。しかし、僕に話していなかったそうだ。
月曜日に予約できる心療内科を見つけた。
僕は兼業作家で企業に勤めている。残業がないという理由から、徹夜ありの交代勤務に就いてた。その代わり、土日祝日がない。
日曜日は声優イベントに行くため、仕事を交代してもらっていた。交代勤務者は代わりの人を準備しないと休めない。
そのこともあり、月曜日の連続休暇は難しかった。
妻が休んでもいいと言うので、その病院を予約した。18歳未満もOKと書いてあったはずなのに、WEB画面の予約を最後まで進めると、「その年齢では60分枠は不可です」とエラーが出る。
しかし60分枠しか選べないし、18歳未満の項目も選択しているし、と訳が分からない。
何度か格闘し、諦めて次を探すも、予約が空いていない。
そうこうするうちに、下の子が帰ってきた。
実は僕が寝ている間に一度帰ってきていたのだが、前々から友達の家に遊びに行く約束をしていて、家にいなかったのだ。
当然、娘が記憶喪失になっていることも知らない。
息子に記憶喪失の件を伝える。特に驚いた様子はなかった。
来年同じ学年になるかもしれない、と言ったときも、「ふ~ん」という感じだった。
ややあって、娘が起きてきた。
心臓が跳ね上がる。
顔を見るも、寝起きのいつもの不貞腐れたような表情で、頭の中の変化を読み取ることはできなかった。
「どう? なんか思い出した?」
「いや」
娘は短く答えた。
どっと、疲労感が押し寄せてくる。
可能性はあると思っていた。
最後の希望のように感じていた。
あっさりと厳しい現実を突きつけてくる。
妻は明るく接することに決めたようだが、僕には無理だった。
自分の部屋にこもり、心療内科を探した。
そしたら、学校から電話がかかってきた。
担任の教師から「職員会議で娘の件を話した」と言ってきた。
僕としては、そんなレベルの話とは思っていなかったので少し驚いた。
学校の対応に不満が多い昨今の風潮だが、僕は娘の中学校にはあまり不満がない。
息子が中学生の集団にボコられたときも、中学校はできる範囲で対応してくれたと思っている。
スクールカウンセラー
「状況はどうですか?」と訊かれた。
先ほど電話したときは娘は起きていなかったので、さっき起きたが記憶は戻っていないと答えた。
担任からいくつか質問が飛ぶ。今朝の状況や今後の予定など。
先ほど伝えた内容もあったが、まあそういうものだろう。
心療内科がまだ見つからないと伝えると、「最近は発達障害が多いですから」的なことを言われた。
「よかったら、スクールカウンセラーを予約されますか?」
まったくの想定外だった。
僕の中で、スクールカウンセラーの選択肢はまったくなかった。
木曜日には予約できると言う。二つ返事でお願いした。
ふと、修学旅行の心配欄に幻覚のことを書いた際、「学校では医者がいないので心療内科を捜してください」と言っていたことを思い出す。
どうしてそのときにカウンセラーの話がでなかったか訊いた。
「気が付きませんでした」
そんなものかなと思った。


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