令和5年改正著作権法114条の射程——BitTorrent事件の損害賠償と「ライセンス料相当額」の実勢
はじめに
令和5年(2023年)改正著作権法のうち、損害賠償額算定方法に関する114条の改正規定は、令和6年(2024年)1月1日から施行された。海賊版対策および生成AIをめぐる議論の陰で目立たなかったが、BitTorrentによる著作権侵害事案を含む海賊版被害類型の損害賠償実務に対し、深刻な影響を及ぼす改正である。
本稿は、改正の正確な内容を整理したうえで、BitTorrent事件における「ライセンス料相当額」の算定について、映像コンテンツ業界における現実のライセンス料相場——とりわけミニマムギャランティー(最低保証額)の実勢——を踏まえて検討する。
1. 改正規定の正確な内容
(1) 114条1項の再構成——1号と2号の二段構造
改正前114条1項は、譲渡等数量に単位数量当たりの利益を乗じる方式(いわゆる逸失利益型損害)について、権利者の販売等の能力を超える数量および権利者が販売することができないとする事情に相当する数量を控除する旨を定めていた。
改正後114条1項は、これを二段構造に再構成した。すなわち、
1号:譲渡等数量のうち「販売等相応数量」を超えない部分について、権利者の単位数量当たりの利益を乗じた額
2号:譲渡等数量のうち販売等相応数量を超える部分、または特定数量がある場合の当該数量について、「当該権利の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」
の合計額を損害額とし得ることが明文化された。
これにより、改正前は控除対象となっていた超過数量分について、ライセンス料相当額として損害額に算入することが可能となった(いわゆる「ライセンス機会喪失」型逸失利益の明示的承認)。
(2) 114条5項の新設——侵害前提交渉対価の考慮
実務上より重要なのは、新設された114条5項である。同項は、次のとおり定める。
裁判所は、第一項第二号及び第三項に規定する著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、著作権者等が、自己の著作権、出版権又は著作隣接権の侵害があつたことを前提として当該著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者との間でこれらの権利の行使の対価について合意をするとしたならば、当該著作権者等が得ることとなるその対価を考慮することができる。
要するに、114条1項2号および3項のライセンス料相当額を算定する際、裁判所は「著作権侵害があったことを前提として当事者間で対価合意をするならば、権利者が得ることとなる対価」を考慮できる、というものである。
これは、特許法102条4項(令和元年改正で導入)と同様の規律を著作権法に導入したものであり、文化庁の改正趣旨説明においても、「現状より法第114条第3項において損害額として認定されるライセンス料相当額が増額され得るという効果が期待できる」と明示されている。
なお、114条5項と紛らわしいものに「114条の5」が別途存在するが、後者は損害額の立証が性質上極めて困難な場合の裁判所による相当額認定(裁量認定)の規定であり、本稿で扱う5項とは別の規定である。
2. 改正の趣旨——「正規ライセンス料率」基準の限界の克服
改正前の実務において、114条3項のライセンス料相当額は、しばしば事前許諾を前提とする正規ライセンス料率を基準として算定されてきた。
しかし、これには本質的問題があった。
通常のライセンス契約は、当事者間の合意に基づき、限定された目的・範囲での利用を前提とする。これに対し、侵害行為は、権利者の意思を排除した無断・無制限・違法な利用である。両者を同列に扱い、無断侵害について正規ライセンス料率を基準とすることは、結果として「侵害してから事後的に正規ライセンス料を支払えば足りる」という構造を生み、侵害インセンティブを温存することになる。
この問題意識から、改正法は、いわゆる「侵害プレミアム」(侵害があったことを前提とした事後交渉での加算分)の考慮を明文化した。
なお、この問題意識自体は改正前から判例上存在しており、いわゆるファスト映画事件(東京地判令和4年11月17日)では、114条3項に基づき映画作品1本につき約5億円という極めて高額の損害賠償が認容されている。改正法は、こうした判例実務における高額認定の動向を、条文上正面から裏付けるものといえる。
3. BitTorrent事件への適用
BitTorrent事件における権利者の損害賠償請求は、実務上、主として114条3項に基づくライセンス料相当額請求として構成される。改正5項の新設は、本類型の事件における損害額算定の論理を根本的に再編する。
ここで重要なのは、改正前から多くの裁判例で見られた「著作物1点あたり数千円〜数万円」という認定額が、改正法下では維持し難くなるという点である。その理由を、映像コンテンツ業界における現実のライセンス料相場との対比から検討する。
4. ライセンス料相場の実勢——1作品10万円を下回り得ない理由
(1) 小売価格とライセンス料は本質的に別物である
まず確認すべきは、消費者向け小売価格とライセンス料が、本質的に異なる経済的実体であることだ。
たとえば、DVD等で小売価格3,000円程度(成人向け映像作品を含む商業映像作品の一般的な価格帯)で販売されている映像作品があるとする。この3,000円という金額は、エンドユーザー1人が個人視聴目的で1本を購入する対価にすぎない。
これに対し、ライセンス料とは、当該著作物の利用権そのものを他者に許諾する対価である。VOD配信権、放送権、サブスクリプション配信権、二次利用権など、形態によって相場は大きく異なるが、いずれも個別小売価格とはまったく別次元の経済合理性に基づいて決定される。
両者を混同することは、たとえば「ある楽曲のCDが1,000円で売っているのだから、その楽曲をテレビCMで使う権利も1,000円のはずだ」と主張することに等しい。誰の目にも明白な誤りである。
(2) ミニマムギャランティー(MG)の位置付け
商業ライセンス契約における中核的要素が、ミニマムギャランティー(最低保証額。以下「MG」という)である。
MGとは、ライセンシー(許諾を受ける側)が、実際の利用実績(販売数、再生回数等)にかかわらず、ライセンサー(権利者)に対して支払うことを保証する最低金額である。事前に一括または分割で支払われ、その後の利用実績に応じたロイヤルティが発生する場合には、MGを超過した部分について追加支払いがなされる構造となる。
権利者にとって、MGは「この金額を下回るのであれば、そもそも許諾しない」という意思を経済的に体現したものである。商業ライセンス取引が成立するための、文字どおりの下限値である。
(3) 1作品3,000円程度の映像作品におけるMG相場
ここで、市販小売価格3,000円程度の映像作品について、配信プラットフォーム向けにVOD配信権を許諾する場合のMG相場を考える。
業界実務において、商業流通に乗る映像作品のVODライセンスについて、MGが1作品あたり10万円を下回る水準で取引が成立する例は、ほとんど存在しない。これはジャンル(劇映画・アニメ・成人向け映像作品その他)を問わず、業界に通暁する者であれば共通認識となっている事実である。
ジャンル・話題性・プラットフォームの規模等によって変動はあるが、一定の知名度ある作品では、MGが数十万円から数百万円、場合によってはそれ以上に達することも珍しくない。「1作品10万円」という水準は、およそ最低限想定し得る相場の床(フロア)にすぎない。
(4) 帰結——ライセンス料相当額の出発点
そうすると、114条3項の「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」の算定において、市販小売価格3,000円を出発点として議論することが、いかに業界実態と乖離しているかが明らかとなる。
3,000円という金額は、エンドユーザー1名による1本分の購入対価にすぎず、当該著作物を頒布・送信し得る権利の対価ではない。後者の経済的価値は、MGの実勢に照らせば、桁が一つないし二つ違う。
したがって、改正114条1項2号および3項のライセンス料相当額算定の出発点として、1作品あたり最低10万円程度を想定することが、業界実態に整合する。これは「侵害プレミアム」を加算する前の、素のライセンス料相場としての評価である。
そして、改正114条5項の趣旨に従い、「侵害があったことを前提とした事後交渉」での金額を考慮するならば、当該基準額にさらに侵害プレミアムが加算される。BitTorrentによる無断頒布は、権利者が通常絶対に許諾しない態様の利用であり、仮に事後的に許諾交渉が成立し得るとすれば、その対価は通常MGの数倍に及ぶことが合理的に想定される。
5. 想定される反論への応答
以上の論理に対して、被告側から想定される反論を検討する。
(1) 「個別利用者は商業ライセンシーではない」との反論
被告側は、商業ライセンス料率を個別の私人による侵害に適用するのは過大であると主張するであろう。
しかし、114条3項は「著作権の行使につき受けるべき金銭の額」を問うものであり、侵害行為がもたらす客観的な権利侵害の経済的価値を基準とする。侵害者の主観的属性(個人か事業者か)は、損害額決定の論理的要素ではない。
そもそも、BitTorrentにおける個別利用者の頒布行為は、その送信能力の点で商業配信事業者に匹敵する規模の公衆送信を現実に行っているのであり、「個人だから侵害規模も小さい」という前提自体が、技術的事実と整合しない。
(2) 「MGは商業契約上の概念であって、損害賠償額の基準にはならない」との反論
被告側は、MGはあくまで商業契約の自由な合意であり、強行的な損害算定基準ではないと主張するであろう。
これに対しては、改正114条5項が「侵害があったことを前提とした事後交渉での対価」の考慮を明文化した以上、現実の市場で成立しているライセンス料相場こそが、当該対価の最も信頼できる指標であると応答できる。MGは、まさに権利者が「最低限これを下回らない金額でなければ許諾しない」と決めている金額そのものであり、改正法の趣旨を体現する数値である。
(3) 「小売価格を基準とすべきである」との反論
被告側は、現実の取引実態を示すものとして小売価格を主張するであろう。
しかし、すでに述べたとおり、小売価格と利用権ライセンス料は経済的実体が異なる。前者は「個人が1本を消費する対価」、後者は「当該著作物を頒布・送信する権利の対価」である。前者を後者の基準とすることには、論理的根拠がない。
(4) 「具体的な侵害数量が立証されていない」との反論
被告側は、BitTorrent事件における頒布数量立証の困難性を指摘するであろう。
しかし、114条3項のライセンス料相当額算定は、個別頒布回数の累積ではなく、「当該著作物を頒布し得る権利」の対価として構成される。仮に1作品について発信可能化(送信可能化)が認められれば、当該著作物のライセンス料相当額が損害として算定されることに、論理的支障はない。
6. 結論
令和5年改正著作権法114条、特に5項の新設は、BitTorrent事件の損害賠償論に大きな転換をもたらすものである。
映像コンテンツ業界における現実のライセンス料相場——とりわけMGの実勢——を直視するならば、1作品あたり10万円を下回るライセンス料相当額の認定は、市場実態にも改正法の趣旨にも整合しないといわざるを得ない。むしろ、10万円は「素のMG相場の床」であって、改正114条5項による侵害プレミアムの加算後は、その数倍の水準が合理的な認定額となる。
権利者側代理人としては、本改正の趣旨を活用し、MG相場を含む業界実態を主張立証することで、従来の認容額水準の見直しを促す立場に立つ。被告側代理人としては、改正法と業界相場を踏まえたうえで、依頼者にとって現実的な交渉判断を行うことが求められる。
ファスト映画事件における5億円認定は、改正前の判例実務がすでに「正規ライセンス料率」基準を超える評価を行い得ていたことを示している。改正法はそれを条文上正面から裏付け、汎用化した。本改正後の認容額が、改正前のそれと大きく異なる水準に収束していくことは、ほぼ確実である。


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