弁護士 師子角允彬のブログ

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教授会の意見を述べることなく懲戒処分が決定されたことは、処分を無効にするほどの重大な手続上の瑕疵であるとされた例

1.大学教員の地位の特殊性

 憲法23条は「学問の自由はこれを保障する」と規定しています。いわゆる「学問の自由」です。

 学問の自由には、①学問研究の自由、②研究発表の自由、③教授の自由が含まれます(芦辺信喜、高橋和之『憲法』〔岩波書店、第8版、令5〕182頁)。

 また、学問の自由には「大学の自治」も含まれます。大学の自治には、人事の自治、施設・学生の管理の自治が含まれます(前掲『憲法』184頁以下参照)。

 このような憲法的な価値は、大学と大学教員との間の労働契約の解釈にも影響することがあります。例えば、就労請求権です。一般論として言うと、労働者にとって働くことは義務であって権利ではありません。しかし、大学教授の場合、働くことに権利性がある(就労請求権がある)と判断されることが少なくありません。研究活動を妨害したり、研究発表を禁止したり、授業担当を外したりすることが合理的理由なく行われた場合、それは、労働契約上の債務不履行や、不法行為を構成することがあります。このほか、大学の自治との関係で、教授会への参加に権利性が認められることもあります。

大学教授会への出席・参加に権利性が認められた事例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 このように大学教員の労働事件には、一般には見られない特殊な点が多いのですが、近時公刊された判例集にも特徴的な裁判例が掲載されていました。松山地判令7.12.23労働判例ジャーナル169-26 学校法人松山大学事件です。何が特徴的なのかというと、懲戒事由該当性を認めつつ、教授会が意見を述べることなく決定されているところに重大な手続的瑕疵があるとして、相当性の問題に立ち入るまでもないとして、大学准教授への懲戒処分を無効だと判示したことです。

2.学校法人松山大学事件

 本件で被告になったのは、松山大学を運営する学校法人です。

 原告になったのは、松山大学経済学部経済学科の准教授として稼働し、松山大学女子駅伝部(本件駅伝部)の監督を務めていた方です。

 本件駅伝部の部員9名からのハラスメント等に関する申立を受け、被告はハラスメント行為を認定し、停職45日の懲戒処分を行いました(本件懲戒処分)。これを受けた原告は、本件懲戒処分の効力を争い、その無効確認や、停職期間中の給与、慰謝料等の支払を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、原告の行為の懲戒事由該当性を認めながらも、次のとおり述べて、本件懲戒処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「松山大学各学部教授会規則4条1項9号によれば、教授会は、准教授を含む教員(教授、准教授、講師及び助教をいう。)の懲戒案のうち教育研究活動に関し学長が決定を行うに当たり、意見を述べるものを定められている」

(中略)

「経済学部教授会が意見を述べることなく決定されたことが本件懲戒処分を無効にするほど重大な瑕疵といえるかどうか検討する。」

「文部科学省は、学校教育法の改正によって、従前、教授会の審議事項とされていた事項について、教授会が意見を述べる事項と、意見を述べることができる事項に二分した趣旨を踏まえて、各大学に対し、内部規則の見直しを要請した。そして、被告は、学長の指揮・指導の下で検討を行った結果、学校教育法の改正の趣旨及び文部科学省からの要請を踏まえても、なお教員の懲戒案について教授会が意見を述べる事項(すなわち、意見を述べることができる事項とはしないこと)としたのである。したがって、教員の懲戒案については、被告の大学としての実情に応じて、現行学校教育法93条2項にいう「教育研究に関する重要な事項で、教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるもの」とすることを、当時の学長自らが確認したといえる。このことは、真理探究の場としての大学において、同探究に従事する大学教員は、任命権者の一方的な判断によりその地位を制約されないという身分保障によって、はじめて憲法によって認められた教育研究活動の自由を保障されるということに鑑みて、教員の懲戒案が、教育研究に関する重要な事項であるということが、学長の名の下で確認されたことを表しているといえる。これに対し、懲戒案の審議は、教授会の専門性が発揮されるべき教育研究に関する事項でない旨の被告の主張は、懲戒案の審議が教育研究に関する重要な事項として教授会が意見を述べる事項とされた理由を正確に理解していない点で失当である。」

「特に、現行の松山大学各学部教授会規則が、教員の懲戒案について、構成員の4分の3以上の出席をもって成立し、議事は出席者の3分の2以上で決定する(6条3号)旨を定めたことは、当時の学長が教員の懲戒案を教育研究に関する重要な事項であると理解していたことの表れといえる。

「なお、被告の現在の学長が、本件懲戒処分に先立って、学部教授会からの意見を聞くことなく教員の懲戒を行うことができるように、同規則中の教員の懲戒に関する条項の改変を試みた形跡はない。」

「そうすると、本件懲戒処分が、現行学校教育法及び同法に適合して当時の学長が定めた松山大学各学部教授会規則に抵触する形で、経済学部教授会の審議を経ず、経済学部教授会が意見を述べることなく決定されたことは、同規則の制定趣旨を没却するものであって、被告において重大な手続上の瑕疵といえる。

「以上に加えて、上記・・・で認定したところによれば、法学部においては、本件と同様にハラスメントをしたと認定された教員に対する懲戒案について、常務理事会が懲戒相当と認めてから長期間を経過した後であっても、法学部教授会において審議する機会が与えられており・・・、本件懲戒処分はこのこととの平仄を著しく欠くという点でも、瑕疵の程度は大きい。」

「また、松山大学就業規則51条2項本文は、常務理事会が、懲戒の種類についての意見を述べるに先立ち、教育職員については各学部教授会において、当該職員に弁明の機会を与えなければならない旨を定めている。懲戒処分は教員に対する重大な不利益処分であるから、懲戒処分の判断者が当該教員からの弁明を聞く機会を持つことにより手続保障を図る必要がある。上記就業規則及び松山大学各学部教授会規則は、教員の懲戒案について学長に意見を述べる教授会が当該教員に弁明の機会を与えることによって、実質的な手続保障を図ったものといえ、本件懲戒処分においても、先立って経済学部教授会が原告の弁明を聴取したものである。それにもかかわらず、経済学部教授会が意見を述べることなく学長が本件懲戒処分をしたから、本件懲戒処分を受けた原告においては、懲戒処分をした学長に対する弁明の機会を、形式的にはもちろん、実質的にも付与されなかったといわざるを得ない。

「なお、被告は、調査委員会に学長が加わっていたと主張するが、ハラスメント事案の事実関係について原告から事情を聴取することと、懲戒案についての弁明は性質を異にする行為であるから、上記の判断に影響しない。」

「したがって、本件懲戒処分の手続上の瑕疵は、これを無効にするほど重大であって、本件懲戒処分の相当性(争点2)について検討するまでもなく、本件懲戒処分は無効である。

3.手続違反と懲戒

 懲戒の手続違反の位置づけについては、次のとおり理解されています。

「就業規則や労働協約上,懲戒解雇に先立ち,賞罰委員会への付議,組合との協議ないし労働者の弁明の機会付与が要求されているときは,これを欠く懲戒解雇を無効とする裁判例が多い・・・。」

「就業規則等において労働者に対する弁明の機会を付与することが要求されていない場合にも,労働者に対する弁明の機会を与えることが要請され,この手続を欠く場合には,ささいな手続上の瑕疵があるにすぎないとされる場合を除き,懲戒権の濫用となるとする見解もあり・・・,同旨の裁判例も存在する・・・。しかし,裁判例では,労働者に対する弁明の機会付与を欠くことのみで懲戒処分を無効としないものも多くみられる」(以上、佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕391頁参照)。

 このような記述からも分かるとおり、手続違反は弁明の機会付与との関係で問題にされるのが通例です。

 本件においても、弁明の機会付与の欠如には触れられており、弁明と全く関係のない手続違反によって懲戒処分の効力が否定されたわけではありません。それでも、

「大学教員は、任命権者の一方的な判断によりその地位を制約されないという身分保障によって、はじめて憲法によって認められた教育研究活動の自由を保障される」

との指摘は極めて重要です。この点を重視すれば、仮に、弁明の機会が与えられていたとしても、教授会の意見が述べられていない場合には重大な手続的な瑕疵があり、懲戒処分は無効だという結論を導くこともできるのではないかと思います。

 裁判所の判断は、大学教員の労働問題の特殊性に一例を加えるものとして、実務上参考になります。