阪神タイガース、江夏豊氏のピッチング(1974年・時事通信フォト)
「外野から見ていても、江夏の球は浮き上がっていた」
阪神の先発はすでにシーズン17勝を挙げていた江夏。中日は松本幸行。序盤から両左腕による緊迫の投手戦が続くなか、4回表に三番・谷沢がデッドボールで出塁。両チーム通じてこの試合初めてのランナーだった。
「そうそう、デッドボールをもらったなぁ。阪神時代の江夏の球は速かったですが、滅多に僕のインサイドには来なかったんです。左バッターの内角は投げにくかったんでしょうね。でも、アウトコースの低めにシュッと伸びてくる球は、全然打てる気がしなかった。
江夏と話したことがあるんだけど、“キャンプではアウトコースしか練習しない”と言っていた。右バッターのアウトロー、そして左バッターでもアウトロー。300球近く投げ込む時でも、そこばかり狙う。制球力は見事だし、速さも抜群。そんな左ピッチャーと対戦したことなんてなかったし、一級品のスピードとコントロールを兼ね揃えていたのは、後にも先にも江夏ただひとり。(1971年の)オールスター9連続奪三振の時、自分はセンターを守っていたけど、外野から見ていても球が浮き上がっていたのが分かったからね」
この日もアウトコースにビタビタに決まるストレートと、キュキュッと鋭く落ちるカーブで江夏は中日打線を手玉に取る。呼応するかのように中日の松本も素晴らしいピッチングを続け、8回終了まで0対0が続く。江夏はノーヒット、松本もわずか2安打に抑えていた。
9回表にマウンドに上がった江夏と阪神守備陣は、ノーヒットノーラン達成のチャンスであることを知っていた。約2カ月前の7月1日、甲子園球場での巨人戦で阪神の上田二郎が9回二死まで無安打に抑えるも長嶋茂雄にヒットを打たれ、ノーヒットノーランの夢を打ち砕かれていた。阪神の選手たちにはその記憶がよぎっていたが、マウンドの江夏は簡単に三者凡退に抑えてみせた。