民事訴訟デジタル化─実務で間違いやすい論点の整理
令和8年5月21日、改正民事訴訟法のフェーズ3が施行される。弁護士等の訴訟代理人による電子申立てが義務付けられ、書面提出と証拠提出は原則としてmints(民事裁判書類電子提出システム)を経由することになる。
施行を前にした弁護士会研修や裁判所説明会の内容を踏まえ、実務に入ってから事故になりやすい論点を整理する。本稿は手続の網羅的な解説ではなく、運用上の落とし穴に絞った内容である。
1 新法適用かどうかは「提訴日」で決まる
旧法適用事件と新法適用事件の区別は、判決日でも控訴日でもなく、提訴日を基準とする。したがって、施行日(令和8年5月21日)の前日に提訴された事件は、判決が施行日後に言い渡されても旧法適用のままである。
ここから一つの帰結が導かれる。施行日前の地裁判決を不服として施行日後に控訴する場合、控訴審も旧法が適用される。控訴審で突如mintsが必須になるわけではない。
ただし、旧法適用事件にも次の規定は適用される。
和解調書に関する閲覧等の規定(民訴法91条2項)
ウェブ尋問(同204条)
「旧法事件だからmintsは関係ない」と整理してしまうと、和解調書の閲覧運用やウェブ尋問の取扱いを取りこぼすおそれがある。旧法適用事件のうちmintsを利用するもの・利用しないものが当分の間混在することになり、事件ごとに整理が必要になる。
2 電子申立ての対象は民事訴訟のみ
新規申立てが電子申立て可能(かつ代理人には義務)となるのは、民事訴訟である。
民事調停・家事調停・人事訴訟は対象外である。これらは引き続き書面で申し立てる。
家事事件・調停事件を多く扱う事務所では、「mintsで全部できる」という前提で事務フローを組むと整合が取れなくなる。事件類型ごとに申立方法を分けておく必要がある。
3 システム送達の効力発生時期──「いずれか早い時期」
被告代理人があらかじめ受任していることが分かっている場合、訴状はシステム送達によって送達される。
システム送達の効力発生時期は、次の三つのうちいずれか早い時期である。
送達対象データを閲覧した時
送達対象データを端末等にダウンロードした時
通知メール送信から1週間を経過した時(発信主義)
実務上重要なのは三つ目である。閲覧もダウンロードもしないまま放置していると、メール送信から1週間で送達が完了する。「まだ見ていないから送達されていない」という整理は通用しない。
通知メールの受信を見落とすと、答弁書提出期限や第1回期日に向けた準備が後手に回る。mintsからの通知メールは一般のメールフィルタでスパム扱いされる可能性もあり、受信ルールの設定と監視体制を整えておく必要がある。
4 補助者の閲覧・ダウンロードでも送達効力が発生する
判決もシステム送達によって送達される。裁判所が電子判決書をmintsにアップロードし、通知メールが送信される。前項のとおり、閲覧・ダウンロード・1週間経過のいずれか早い時期に送達効力が発生する。
ここで実務上もっとも事故になりやすい論点がある。
代理人本人だけでなく、補助者(事務員)が閲覧またはダウンロードした場合にも、その時点で送達の効力が生じる。
つまり、事務員が「メールが来たから中身を見ておこう」と判決データを開いた瞬間に控訴期間のカウントが始まる。代理人本人が判決を見ていなくても、である。
加えて、mintsには控訴期間の末日を自動で表示する機能はない。控訴期間の計算は代理人の責任で行わなければならない。
事務フローの設計として、判決等の重要書面については、
通知メールを受信したら、まず代理人に共有する
補助者の閲覧・ダウンロード可否について明確なルールを設ける
控訴期間の起算日を案件管理システムに記録する
といった運用を組み込んでおくことが望ましい。送達日の認識を誤ると控訴期間徒過に直結する。
5 補助者アカウントの設計
補助者アカウントの運用ルールには、次のような制約がある。
弁護士側から見ると、弁護士1名に対して最大5名分の補助者アカウントを紐づけることができる。
事務員側から見ると、同一の補助者アカウントを複数の弁護士に紐づけることはできない。ただし、事務員1名が複数(最大10個)のアカウントを作成し、それぞれ異なる弁護士と紐づけることは可能である。
事務員Aさんが弁護士甲・弁護士乙の両方をサポートする場合、Aさんは2つのアカウントを作成し、それぞれを甲・乙に紐づけることになる。メールアドレスもアカウント数だけ必要になる。
事務所全体としてmints用のメールアドレスをどう確保するか、アカウントを事件単位で割り当てるか弁護士単位で割り当てるか、誰が閲覧・ダウンロードする運用にするかは、施行前に整理しておきたい。前項のとおり、誰が閲覧・ダウンロードするかという問題は送達効力の発生時期と直結する。
6 証拠アップロードのルール
証拠のアップロードには、細かい命名・付番ルールが設定されている。
ファイル個数は証拠1つにつきファイル1つ。ただし枝番はまとめることが可能
証拠番号は書証・電証を問わず通し番号
証拠データの右上にも証拠番号を記入する
証拠番号欄の入力は「甲001」のように半角3桁
ファイル名は「甲001 賃貸借契約書(原本)」のような形式
「甲1」「甲01」「甲1」(全角)はいずれも誤りで、「甲001」が正式な形式である。命名規則からの逸脱が補正対象にならないとしても、事件管理上の混乱を招くため、書証作成段階のテンプレートを統一しておきたい。
準備書面についても、「原告準備書面2」「被告準備書面4」のように、先頭に「原告」「被告」を付して「準備書面」の文言を用いる形式が示されている。
7 誤アップロードは代理人側で訂正できない
mintsにアップロードした書面・証拠を、代理人が後から削除・差し替えすることはできない。誤ったファイルをアップロードしてしまった場合は、裁判所に連絡して削除してもらう必要がある。
紙提出の時代には窓口で差し替えれば済んだものが、電子化により「いったん提出されたものは記録に残る」運用に変わる。アップロード前の確認手順を事務フローに組み込んでおく必要がある。
特に、依頼者の機密情報や別件のファイルを誤って添付してしまった場合のリスクは大きい。アップロード前のファイル名・内容のダブルチェックを徹底することが望ましい。
8 電証と書証の使い分け
改正法では、電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べ(電証)が新設された。PDFデータ(紙媒体を電子化したもの)、音声データ、動画データが対象となる。
研修における示唆として、今後の運用では電証がメインになることが想定されている。原則として電証(PDF)として提出し、原本性が争われた場合に書証(原本)として証拠申出を追加する、という流れが想定される。
紙媒体の原本を保管していても、提出段階では電証として扱う、という運用上の整理である。書証・電証の選択を機械的に「紙=書証、データ=電証」と固定すると、運用の主流から外れる可能性がある。
9 手数料の電子納付──現金(ペイジー)のみ
手数料(郵便費用と一本化される)の納付は電子納付となる。
利用できるのは現金(ペイジー)のみである。クレジットカード、電子マネー、収入印紙はいずれも使用できない。
「電子納付」という言葉からクレジットカード決済をイメージすると、実務で齟齬が生じる。事務所の入金処理フローも、ペイジー納付を前提とした設計が必要である。
10 民事訴訟は新法、強制執行は当面書面
新法適用事件で勝訴判決を得た場合、執行段階の手続がどうなるかは整理が必要である。
執行文付与の申立てについては、mintsを利用して電子申立てやシステム送達を受ける旨の届出が義務付けられる。
一方、強制執行の申立て自体は、改正民事執行法の全面施行(遅くとも令和10年6月)までは書面で行う必要がある。
つまり、当面の間は「訴訟は電子、執行は書面」という二段構えになる。同一案件のなかで媒体が切り替わることになるため、事件管理上は両方の運用を維持しておく必要がある。
11 mintsで実現されないこと
最後に、mintsで自動化されないポイントを確認しておきたい。
控訴期間の末日は、mintsの画面上に表示されない。送達日から自動計算する機能もない。代理人が自ら計算し、案件管理に記録する責任がある。
判決送達の通知メールが届いた時点で、まず控訴期間の末日を確定し、案件管理に登録する。この作業を事務フローに組み込まないと、補助者の閲覧開始から起算した日付を見落とすことになりかねない。
mintsはあくまで書面のやり取りを電子化する仕組みであり、期間管理の責任は引き続き代理人側にある。
まとめ
実務で事故になりやすい論点を整理すると、おおむね次のとおりである。
旧法・新法の区別は提訴日基準であり、判決日・控訴日ではない。電子申立ての対象は民事訴訟のみで、調停・人事訴訟は対象外である。システム送達は閲覧・ダウンロード・1週間経過のいずれか早い時期に効力が生じ、補助者の閲覧でも送達効力が発生する。控訴期間の末日表示機能はmintsには存在しない。誤アップロードの訂正は代理人側ではできない。手数料納付はペイジー(現金)のみで、カードや印紙は使えない。民事訴訟が新法適用でも、強制執行は当面書面である。
施行日までに、事務所内で次の点を整理しておきたい。
mints通知メールの受信・確認体制
補助者アカウントの設計(弁護士単位か事件単位か、誰が閲覧するか)
判決送達後の控訴期間管理フロー
証拠ファイルの命名・付番ルールのテンプレート化
アップロード前のダブルチェック体制
訴訟・執行の媒体切替えに対応した案件管理
mintsの導入は手続の電子化にとどまらず、事務所のワークフロー全体の見直しを要求する。施行までの残り時間で、自所の運用を整えておきたい。
本稿は施行前時点で公表されている情報に基づくものであり、施行後の運用やシステム改修によって取扱いが変更される可能性がある。実際の手続にあたっては、最新の裁判所公表資料を確認されたい。


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