2-53話:地底都市エイトリの祝杯と、奇跡の再会
翌朝。三人が目を覚ました時、そこには明らかな「変化」があった。
「……あれ? なんか、体が凄く軽くないか? それに、昨日までの疲れが全くない。それどころか、魔力が体の底からみなぎってくる気がするんだ」
レオは自分の掌を握り締め、不思議そうに呟いた。
「私もです。常に身につけている鎧や大盾の重さを、今はまったく感じません。まるで羽を背負っているようです」
アリーシャもまた、愛剣の柄に手をかけ、その身軽さに驚きの表情を見せる。
「私は……昨日の、あんなに苦しかった魔力操作の疲れが完全に消えています! それどころか、今なら昨日よりもっと上手く、繊細に制御できそうな気がします……!」
ミレイユは小さく息を呑み、人差し指の先に意識を集中させた。すると、ボッ! という小気味よい音と共に、一点の濁りもない鮮烈な火が灯った。
「これって……昨日食べたワイバーンの肉の効果なのかな?」
「もしかしたら、そうかもしれませんね。これほどの身体的・魔力的ブーストがかかるとは……希少価値が高い高級食材と言われる理由は、味だけじゃなかったんですね」
三人は、自分たちの体に満ちる「空の覇者」の力をまじまじと感じ、驚きと共に顔を見合わせた。昨日までの限界が、まるで嘘のように遠く感じられた。
支度を済ませた一行は、ネネリの待つドワーフの地下都市を目指した。 山道を西へと登っていくと、やがて轟々と響く水の音が耳を打つ。視界が開けた先には、断崖を割って落ちる壮大な滝と、白く泡立つ急流が見えた。
「あの場所って……!」
レオがアリーシャを見ると、彼女は静かに頷いた。以前、二人が死に物狂いで駆け抜けた「あの道」だ。 レオとアリーシャは慣れた手つきで岩場を、そして木々の根を伝いながら斜面を下っていく。ミレイユも二人の足跡を慎重に追い、時にレオの手を借りて、飛沫に濡れた岩場を降りていった。
「やっぱり、前に来た滝だ! でも今回は反対側からだね」
三人は滝の裏側にある、薄暗く冷涼な空気に包まれた通路を抜け、西側へと出た。そこからは険しい沢登りが待っていたが、今のレオには余裕があった。
「あと少しだ。ここから一気に沢を駆け上がるよ! ミレイユ、離れないでね!」
レオが『ツイン・レゾナンス』を抜き、三人に速度増加のバフを撃ち込む。
「これがあれば楽勝でしょ!」
本来なら足を取られ、体力を奪われるはずの激流沿いの道。しかし、バフの効果とワイバーン肉の恩恵を受けた三人は、重力を無視したかのような速度で岩を跳ね、水面を滑るように進んだ。そして、ついに巨大な岩扉が口を開ける地底都市――エイトリへと辿り着いた。
「わぁ……! 凄い……! 山の中に、こんな大きな街があったなんて……!」
初めて訪れるミレイユは、巨大な歯車が回り、地熱を利用した蒸気が立ち込める異国情緒あふれる街並みに目を輝かせ、キョロキョロと周りを見渡した。
レオたちは一直線にネネリの工房へと向かった。しかし、歩みを進めるごとに違和感が募る。以前訪れた際は、街中に槌の音が響き渡り、ドワーフたちの怒鳴り声と活気に満ちていた。だが今は、どこか物静かで、活気が薄れているように感じられた。
コンッ、コンッ!
レオが工房の重厚な鉄扉をノックする。
「……開いてるよ!」
中から聞こえてきたのは、聞き覚えのある野太い声。扉を開けると、そこには相変わらず煤にまみれた腕利きのドワーフ、ネネリがいた。彼女は突然の訪問者に目を丸くした。
「おぉ!? 久しぶりじゃねぇか! 突然来たってことは……また何か、無理難題を作って欲しいのか?」
ネネリはレオの顔を見るなり、ニヤリと笑って皮肉を飛ばした。その洞察力は相変わらずだ。
「そのまさかです、ネネリさん」
レオは苦笑いしながら、ミレイユを紹介した。彼女の「魔力操作障害」のこと、そしてエルゼと共に作り上げた、あの美しくも悲しい記憶の詰まった『魔晶石』をネネリに見せた。
「……なるほどね。武器ならその石を使えば打てるが、魔力操作を補助するアクセサリーか……」
ネネリは難しい顔で腕組みをし、ミレイユと石を交互に見つめた。
「そのアクセサリーには、レオ、あんたの錬金術の力も必要になるな。魔力を流す回路を、あんたの技術で『錬成』しなきゃならねぇ」
「もちろん! 僕にできることなら、何でも協力するよ!」
レオの気合の入った返事に、ネネリは一瞬、何とも言えない表情を浮かべた。
「……何でも、か」
その微かな反応を、アリーシャは見逃さなかった。
「ネネリ。何かあったのですか? この街に来た時、以前のような活気が感じられませんでした。何か、困りごとがあるのでは?」
「……お前たちがここに来られたこと自体、運が良かったほうなんだよ」
ネネリは言葉を濁した。ドワーフとしてのプライドか、それとも原因があまりに厄介なのか、はっきりと言い出せない様子だった。
「ネネリ! 原因があるのなら、はっきり教えてください! 私たちは仲間として、あなたの力になりたいのです!」 アリーシャの騎士としての気迫。その真っ直ぐな瞳に押され、ネネリはついに観念したように溜息をついた。
「……実はな。この山の隣、東側の山に『ワイバーン』が居座っちまってな。鉱石や宝石を採掘しに行こうとすると、空から襲ってきやがる。そのせいで誰も材料を取りに行けねぇ。材料がなきゃ、俺たちドワーフは鉄も打てねぇし、飯も食えねぇんだよ……」
その言葉を聞いた瞬間、レオ、アリーシャ、ミレイユの三人は一瞬顔を見合わせ、それから噴き出すように笑顔になった。
「……なんだ? なんで笑ってやがる」
不機嫌そうに鼻を鳴らすネネリに、レオが身を乗り出した。
「ネネリ、ちなみにその魔力操作のアクセサリーに使う材料は、何が必要なの?」
「ああ? 膨大な魔力を制御する器だ、そりゃあ……ワイバーンクラスの体内にある、最高位の『魔石』が必要になるだろうよ。だが、そんなもん手に入るわけが――」
「魔石って、これのこと?」
レオが手のひらを差し出す。そこには、ディメンション・ドロウから取り出されたばかりの、禍々しくも美しい輝きを放つワイバーンの魔石が鎮座していた。
「えっ……!? こ、これって……まさかと思うが……」
ネネリの目がこれ以上ないほど見開かれた。
「そっ! ワイバーンの魔石だよ。僕たち、アルカナの東側からここへ来たんだ。その道中で、そのワイバーンに出くわして……さっき討伐してきたところさ!」
「……!!」
ネネリは言葉を失った。あの、街中の職人を怯えさせていた空の王者を、この若者たちが倒してきたというのか。
「……ハハッ、ハハハハ! あ、ありがとう! 恩に着るぜレオ! また、あんたらにとんでもねぇ貸しができちまったな!」
ネネリは弾かれたように立ち上がると、工房の奥に向かって喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「おい!! 野郎ども!! お前ら、全員並べ!!」
奥から、ネネリの弟子たちが何事かと慌てて飛び出してきた。
「レオたちが、あのワイバーンをぶち殺してくれたってよ!!」
「うおおおおお!!!」
弟子たちの歓喜の叫びが、地下都市の岩壁を揺らした。これでようやく、採掘が再開できる。商売ができる。
「だがな!! そんな大事な客人を、ただ見過ごすわけにはいかねぇよな!?」
ネネリがニヤリと笑うと、弟子たちは拳を突き上げ「おすっ!!」と一唱した。すぐさま、工房の隅から巨大な酒樽が運び出され、肉の焼ける匂いが漂い始める。
「あはは……。相変わらず、ネネリさんはお酒が好きですね」
レオは呆れながらも、温かい歓迎に笑みがこぼれた。 アリーシャは「今夜は長くなりそうですね」と苦笑し、初めての光景に圧倒されているミレイユの背中を優しく叩いた。
これから朝まで続くであろう、賑やかで激しいドワーフ式の宴。 以前の記憶がレオの脳裏をよぎるが、不思議と嫌な気はしなかった。 地底都市エイトリの活気は、今、三人の若者によって完全に取り戻されたのだ。
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