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「無能を採るな」の叱責はもう通用しない 超優秀な新人が1カ月で辞めて、人事部が密かにガッツポーズした訳

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(写真:polkadot/PIXTA)
  • 日沖 健 経営コンサルタント

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「当社でも、新人が早期離職するというのは、まったく珍しくありません。しかし、あの三橋君が辞めるのには仰天しました。人事部だけでなく、経営陣にも激震が走っています」

金融機関M社の採用担当者のコメントです。三橋淳一さん(仮名)は、新卒でM社に入社し、わずか1カ月で退職した新入社員です。

将来の社長候補が一転…

三橋さんは、都内の私立大学を卒業しました。M社には3年生夏のインターンに参加し、4年生の4月に内定しました。三橋さんは大学の成績も就職面接の評価も高く、M社が採用した大卒新入社員約50名の中でナンバーワンという人事部の評価でした。

ご多分に漏れずM社も、近年、新卒採用では大いに苦戦しています。役員や人事部長は、三橋さんを採用したことを念頭に、「今年は採用活動がうまくいってよかった」とほっと胸をなでおろしていました。

三橋さんは、入社前・入社後の研修でも、同期入社の中でひときわ輝いていました。講師の問いかけに明快に答え、講師に鋭い質問をし、グループ演習では他メンバーを的確にリードしていました。同期の間では、早々「三橋は将来の社長候補」と囁かれるようになりました。

その順風満帆なホープ・オブ・ホープの三橋さんが、4月下旬のある日「5月に退職させていただきます」と申し出ました。すでに転職活動を終え、6月から大手コンサルティングファームで働くとのことです。

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【意外だった辞める理由】

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冒頭の採用担当者が三橋さんに「どうして辞めるの? いったい何が不満なの?」と尋ねました。すると三橋さんは、「いえ、まったく不満はありません」という意外な返事でした。そして、新人らしからぬ落ち着いた口調で、その理由を説明しました。

「研修を通して、やっぱり金融ビジネスって興味深いと思いました。このまま当社でキャリアを深めるのもよさそうですが、会計系のコンサルタントという立場で上流から金融ビジネスに携わるほうがよいかなと思い、思い切って転職することにしました」

早期離職と言えば、まず指摘されるのが、「ミスマッチ」。つまり、担当業務・働き方・勤務地などが本人の希望とマッチしないのが、早期離職の最大の原因だとされます。しかし三橋さんの場合、ミスマッチの事実はなく、もっとマッチする勤務先を求めて転職する「よりマッチ」と言えます。

さすがに「よりマッチ」は珍しいが

最近の新入社員の間では、三橋さんのような「よりマッチ」の離職が増えているのでしょうか。離職する新人・若手の特徴に変化はあるのでしょうか。

今回、大手企業の人事部門関係者42名にヒアリング調査をしました。多くが「よりマッチが増えているという事実はない」「当社では見当たらない」と答えていました。

「わが社でも近年早期離職が増えていますが、大半はミスマッチか人間関係のトラブルによるもので、特徴はあまり変わっていません。昔も今も入社した時点、あるいは内定を出した時点で『こいつはちょっとヤバいかも』という新入社員が、順当に離職しています」(小売り)

「国家公務員試験を受験するためとか、家業を継ぐためといった理由で離職するケースがたまにあります。ただ新入社員の場合、そういった直接の理由の背景には、たいていミスマッチがあります。今のところ当社では、キャリアアップを目指して早期離職するという新入社員はいません」(エネルギー)

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【見切りをつけるのが早くなり】

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一方、よりマッチの事例は社内で確認できないものの、「最近の新入社員の離職は大きく変わりつつある」という指摘が複数ありました。

「以前は、トラブルメーカーや変わり者の新入社員がすったもんだして辞めていくというケースが大半でした。しかし、最近は『あの彼・彼女がなぜ?』というホープも辞めるようになっています。しかも何の前触れもなく、もちろん相談もなく辞めることが多く、対応に苦慮しています」(電機)

「先日、将来を嘱望していた入社2年目の社員が外資系企業に転職しました。数年前まで『最低3年は働いて基礎力を身に付けないと、よそでは使い物にならないよ』と言っていましたが、3年が2年になり、1年になり、若手が会社に見切りをつける時期がどんどん早くなっています」(物流)

今回の調査の範囲では、よりマッチはM社・三橋さんの特殊事例でした。ただ、新入社員の離職事情は変わりつつあり、よりマッチの兆候が現れ始めているように思えます。

ミスマッチとよりマッチで二極分化

では、今後はどうなるのでしょうか。筆者は、三橋さんのようなよりマッチが増えて、新入社員の早期離職はミスマッチとよりマッチに二極分化していくと予想します。

そう考える一つの理由は、就活生や新入社員の間で、自分のキャリアを主体的に築いていこうという意識が高まっていることです。大学や就活支援会社がキャリア形成を強く意識した支援を展開しており、新入社員は「キャリアのためには転職をいとわない」と考えています。

もう一つは、企業が第二新卒の採用で、社会人経験よりも職務遂行能力を重視するようになることです。現在はコンサルティング会社・外資系・AI関係などに限られた動きですが、将来ジョブ型雇用が浸透したら、入社後の期間に関係なく優れた人材を採用するのが主流になるでしょう。

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【よりマッチのタイプは不満をもらさない】

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もし、こうした変化が不可避で、よりマッチが増えるとしたら、人事部門など企業側はどう対応するべきでしょうか。

現在、多くの企業の人事部門は、メンター制度を導入して先輩社員に新入社員の相談役(見張り役?)をさせたり、新入社員が参加するSNSを監視したりするなど、早期離職を阻止しようと努めています。

ただ、こうした対策は、ミスマッチに対してはともかく、よりマッチには有効ではありません。新入社員は先輩社員にミスマッチの不満を打ち明けるかもしれませんが、転職によるキャリアアップのことは相談しないからです。ミスマッチと違って、人事部門がよりマッチの実態を把握するのは困難です。

また、仮に人事部門がよりマッチの志向を持つ新入社員を把握できたとしても、人事部門としては手の打ちようがありません。本人は、会社に対して特段の不満はないからです。ひと言で言うと、人事部門はこの問題にお手上げ状態です。

よりマッチは経営の問題

ところで、今回の取材でもっとも印象に残ったのは、M社の人事部門関係者の次のコメントです。

「人事部門は、いつも経営陣や他部門から『どうしてこんな出来の悪いヤツを採るんだ!』と叱られています。けど、今回の三橋君の一件で、優秀な人材を採用できないのは人事部門のせいではなく、会社の魅力が乏しいせいだと思い知ったようです。大きな声では言えませんが、今回の件はなかなか痛快です」

企業がこの問題で取り組むべきは、新入社員だけでなく全社員に「この会社でキャリアアップしたい」、離職した元社員に「もう一度あの会社で働いてみたい」と思わせるような魅力のある会社にすることでしょう。もちろん、会社の魅力を高めるのは、人事部門よりもまず経営陣が主体的に取り組むべきことです。

よりマッチは、新入社員だけでなく全社員に関係する問題、人事というより全社的な経営の問題だと言えるでしょう。

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