JR東日本のアナウンスがうるさすぎる件について
私はよくJR東日本の新宿駅を利用するのだが、そこで毎回思うのが、アナウンスがうるさすぎる、ということだ。
まず、そもそもJRの駅では常に、と言っていいほど自動アナウンスが流れている。
自動アナウンスなんて「電車が参ります」程度でいいと思うのだが、ご丁寧にも、ある一定の時間おきに「携帯電話は立ち止まってご使用ください」とか「不審物を見つけたら駅係員までお知らせください」とか、アナウンスされている。そりゃ、言っていることは正しいのかもしれないけれど、あんなふうに連呼する必要がどこにあるのだろうか。「そうまでしないと客は言うことを聞かない」みたいにJRは思っているのかもしれないが、そもそも駅の自動アナウンスをまともに聞いている奴なんてほとんどいないし、あれはただの騒音だと思う。
で、ここからが本題なのだが、JRの特に大きな駅ではホームに駅員が立っていて、マイクを持って、常に色々喋っている。これがまあうるさい。
私がよく利用するのは新宿駅だから、新宿駅に限って話をするのだが、まず、やたらと駅員が怒鳴っている。アナウンスというより、怒鳴っているという方が正しいと思う。「ドアが閉まります」とか「〇番線に電車が参ります」とか、同駅を利用したことのある人ならわかると思うが、自動アナウンスがあるのにも関わらず、それを遮って、駅員が喋っているのだ。
これには何の意味があるのか、全くわからない。
駅員が喋るんだったら自動アナウンスはいらないし、自動アナウンスを使うなら駅員はいらないわけだ。
さらに不愉快なのは、彼らが往々にして不機嫌そう、ということだ。
駆け込み乗車をしている客を発見するなり「駆け込み乗車はおやめください!」と大音量で叫んだり「ドアしまってます! これからの乗車はやめてください!」と、怒鳴ったりしている。
これは、「電車を定刻通りに発車させるために」「お客様に安全に利用していただくたまに」というような大義名分があってやっている、とJRは主張するだろうが、あのアナウンスは駅員が日頃の憂さ晴らしに乗客を怒鳴りつけているようにしか思えない。
そりゃ、毎日あんな人混みの真ん中に突っ立っていたら腹も立つかもしれないけれど、だからと言って乗客を怒鳴りつけるのはいかがなものか。
こっちはわざわざJRを選択して、それに乗っているわけだから、お客様は神様です、とまでは言わないが、それなりに丁重に──少なくとも駅で怒鳴られないくらいに──扱われる権利くらいはあると思う。
こういう風に書くと、私がいかにも駅員に怒鳴りつけられたように見えるかもしれないが、実は私はそうではなく、ただ他の乗客が怒鳴られるのを聞いていただけである。でも、聞いていただけでこれ程不愉快に(noteに記事を書くくらいには)なるのだから、実際怒鳴られたら、それはもうはらわた煮え繰り返る思いだろう。
第一、アナウンスの音量が大きすぎるのだ。
日本人は音に関して鈍感である、とよく言われるが、まさにその通りだと思う。
新宿駅なんて外国人もよく利用するのだから、海外の人から「日本はうるさい国だ」と思われてしまうのではないか。まあ、事実そうなのであるが、少なくとももう少し、自分たちが海外との窓口というか、そういう役割を持っていることをJRには認識して欲しいものだ。
あと、これは駅のホームの話ではないが、電車の車内アナウンスについてだ。
電車の車内アナウンスを、今、もっともまともに聞いていて、その情報を欲しているのは誰だろうと考えると、これは日本語のわからない外国人であろう。
大抵の日本人は、車内アナウンスなんて聞いていない(これは言い過ぎかな)。
イヤホンをしている人も多いし、初めて乗る路線以外は、車内アナウンサなんて聞かないものだ。
と、すると、車内アナウンスは外国人とその路線に初めて乗った人に向けてやるべきだと思うのだが、不思議なことに、車内アナウンスを放送で遮る車掌がいる。で、言っていることはほとんど、自動アナウンスと変わりがないわけだ。
別に、日本人に向けてならそれでいいんだけど、英語のアナウンスの部分まで車掌が遮って話すもんだから、これでは外国人は何が何だかわからないのではないだろうか、と思うことが多々ある。
これは駅のホームでも同じで、世の多くの駅員たちは何故か英語の放送を遮ることが好きなようだ。全く、わけがわからない。
まあ、こんなところに文句を垂れても改善されないことはわかっているのだが、それでも、どうしても私はこのことが気になってしまって、それに、このことについて触れている記事が(少なくともネット上では)ほとんど見受けられなかったので、書いたわけだ。
JRのような企業は圧倒的な既得権があるから、よっぽど乗客を雑に扱ったとしても、人気が下がったり、潰れたりすることはまずあり得ない。
でも、だからこそどうすれば客に快適に利用してもらえるか、考えることは大事だと思うのだが、そういう考えはJRにはないらしい。


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