第39話:それもひとつの治療法
大切な先生のもとに、患者を名乗る自分の分身たちを送り込み、偽りの治療行為をさせ続けた。
様々なデタラメな病気や薬の知識を植え付け、先生に『患者を治した』という満足感を与えていた。
それではまるで、氏神常葉と言う名医を玩具にして、『お医者さんごっこ』をさせているようなものだ。
自らの行為をそう自虐し、涙を流しながら謝罪の言葉を述べた真希が感じ取ったのは、その常葉自身の掌の感触と――。
「しっかりしなさい、『院長』」
――言葉自体は厳しくも、決して怒鳴ったり叱ったりするものではなく、力強く、そして掌に負けないぐらい温かな声だった。
「……いんちょう……わたしを……いんちょう……って……」
『真希ちゃん』ではなく、自らを役職で呼んだことに驚いた真希は、涙が残る瞳を丸くした。
「ええ、あなたはこの『ムゲン病院』、無限に大きな幻想的な病院の院長。そして、どんな病気でも治せる素敵な『お医者さん』を目指している。そうでしょう?」
「……うん、わたしはいんちょう……ムゲン病院のいんちょうだよ……?でも……」
それでも、長々と説明した事を要約してしまえば、結局は1人の子供による『お医者さんごっこ』に過ぎないのではないか、と真希はもう一度反論した。
自分の中のネガティブな感情を強調し、それを補強してしまうような言葉であったが、その心の内を常葉は察していた。
自分が真希の事を大切に思っているように、真希もまた『常葉先生』の事をきっと大切に思っている。だからこそ、余計に自分の事が許せなくなっているのだ、と。
こういう時になすべきことは何か、常葉はよく知っていた。
「『お医者さんごっこ』……それの何が、悪いのかしら?」
彼女の行為そのものを、全て受け入れる事だ。
「えっ……!そ、それは……だ、だって、『ごっこあそび』なんて、おとながやることじゃないし……それに……その……うぅ……」
突然の『肯定』に、返す言葉が思い浮かばない様子の真希に、常葉は優しい口調で語り続けた。
「真希ちゃん、あなたは私の心を読み取って、そこにある傷を大まかに5つに分類したわね」
「……うん」
「そして、それを基に、あそこに立っている5人の患者さんを『創造』した。私がお医者さんと言う立場になって向き合える形に。そうよね?」
「……うん、あってるよ……」
それは、立派な『診断』と言う行為だ――常葉の言葉が、少しだけ力強くなった。
「……しんだん……!?」
「診断と言うのは、お医者さんが誰かを治す時の基本。患者さんとお話ししたりその身体を検査したりした結果を使って、何が問題かを見極める事よ」
一方で、真希の行為を振り返ると、彼女は『患者』=常葉の心を読み取ってその中にある『問題』=心の傷を確かめた。
それを基に、適切な方法として、5人の患者を創造するという形を選んだ。そして、それは見事に常葉に合致し、彼女は段階を経て元気を取り戻していった。
それはまさに、『診断』と言う行為そのものではなろうか、と常葉は尋ねた。
「で、でも、わたし、ほんもののおいしゃさんじゃ……」
「真希ちゃんは病気を治す色々な薬も作ってくれたわね。フエナクナール、ガッタイシロン。バイバイモ、それにフエルノオサエール。しっかり、私の知識にインプットされているわ」
「う、うん……」
確かに名前は少々デタラメだったけれど、その効果は全て本物だった。
そう言う『設定』だったとはいえ、症状に合った薬を用意し、処方させるというのは、見まごう事無く『治療』という、医者にとって大事な仕事の1つだ。
例え名前が格好悪くても、ネーミングセンスが無くても、副作用も起きないほどしっかり効果があるなら、それに越したことはない、と常葉は真希を励ました。
そして、彼女の様々なポジティブで前向きな言葉に対して、何を言えばよいか分からない、と伝えたげな顔をしている真希に、常葉は更に話を続けた。
「……患者さんの心を診断して、適切な治療法を考えて、薬を処方して、患者さんの心としっかり向かい合う……」
もしそれらを全て『ごっこ遊び』だと言い放つのなら、世の中の全てのお医者さんが、『ごっこ遊び』をしていることになる、と。
彼女のメッセージを素直に受け取ったものの、それでも複雑な表情を隠せない真希に対し、常葉はもうひとつ、心が落ち着いた事で思い出せた、ある大切な事を教えた。
「えっ、たいせつなこと……?」
「そう。真希ちゃんが私にしてくれた『治療』、実際の『お医者さん』も似たような事をしているの」
「そうなの!?」
『全能』であっても『全知』、この世の全てを熟知している訳ではない真希は、彼女を上回る医療の知識を有する常葉の言葉に驚きの表情を見せた。
そして、以前専門書で見かけただけの知識に過ぎないけれど、と前置きを付けた上で、常葉はその治療方法の解説を始めた。
それは『サイコドラマ』、もしくは『心理劇』とも呼ばれる、薬や物理的な方法に頼らずに心の病を癒す『心理療法』のひとつ。
治療を受ける対象の患者がその『劇』の主人公、患者を治す医者が監督、そして患者の世話をする看護師たちが様々な状況下に登場する様々な人物を演じる。
その中で患者が過去に言えなかった事を表現させたり、敢えて立場を入れ替えてみたり、様々な工夫をしながら、アドリブが許された1つの『劇』を作っていく。
この疑似的な現実の構築により、患者は抱えていたトラウマを解放する事が出来、同時に自分への新たな視線や心の癒しを得る――。
「……??」
「ごめんなさい、ちょっと難しかったかしら。分かりやすく言えば、真希ちゃんが私にやってくれた『お医者さんごっこ』に似ているのよ」
――『患者』である本物の常葉が、『ムゲン病院なんでも科』の医師という立場を与えられた『主人公』。
真希が創造した真希のコピーや患者たちが、主人公を支える『サブキャラクター』。
そして、彼らを司る『院長』が、患者を助けるために陰から支える『監督』。
監督がしっかり見守る中で、主人公=常葉は、病院と言う舞台で『患者を治療するお医者さん』役をこなし、過去を再度見つめ直す機会を得る。
そして、様々なサブキャラクターと触れ合う事で、自分のトラウマを乗り越えたり、新たな視線や見解を得たり、最終的に自らの心の傷を癒す事になる――。
「……あっ……!」
「どう?これでもあなたが私にしてくれた『治療』が、単なる子供のごっこ遊びだって、吐き捨てられるかしら?」
――少しだけ悪戯げな、でも背中を押すような常葉の言葉に、真希の表情が変わり始めた。
「わたし……ちゃんと『おいしゃさん』してたんだ……。むがむちゅーで、なにもわからなくて、先生をたすけたいって、それだけだったのに……」
「そうね。確かに方法は常識外れだし、助けてくれる看護師さんたちも普通じゃなかった。薬だって変わった名前ばかり。でも、あなたのやった事は、間違いなく『医療』よ」
「先生……」
「……だから……」
真希ちゃんを嫌いになる訳なんて、ないじゃない。
その一言が、『院長室』の中の空気を一変させたような気がした。
「それに、真希ちゃんは、何でもできる『全能』の力を持ちながら、『患者』である私の心を直接書き換える事をしなかった。心に関する『力』の行使は、存在しない記憶を授けて陰から助けてくれた事ぐらいかしら?」
「うん……」
「真希ちゃんは、私の心を無理やり捻じ曲げる事を怖く感じたからだ、って言っていたわね」
「……いった……たしかにいった……」
それもまた、結果として『医者』として素晴らしい対応になったと思う。
患者自身が自分の病と向き合って、患者自身が乗り越えるのを支える。
患者の心を尊重し、患者を大切に思いながらも、患者自身が乗り越えられない壁や病を、様々な形で助ける。
それが、自分自身が目指す『名医』のひとつの姿だ――そう、常葉は語った。
「『めいい』……」
「そう、あなたは『悪い子』じゃない。誰が何と言おうと、立派な『名医』よ」
「あたしが……でも先生、わたし、あたまもわるいし、かんじもぜんぜんかけないし、おいしゃさんだったとしても……」
ダメダメなお医者さん、ヤブ医者じゃないか、と言おうとした真希の言葉を、常葉は遮った。
医学の知識だけが名医の条件なら、自分は今頃あの『総合病院』で、頭でっかちの『天才医師』として威張っていただろう、と言いながら。
「知識も技術もあっても、医者と言うのは成り立たないの。それと同じぐらい、ううん、それよりも大切かもしれないのは、患者さんを思う心や、苦しんでいる人を助けたいっていう気持ち……」
「先生……」
「ふふ……だから……改めまして、これからもよろしくお願いしますね、『薄手真希院長』」
真希の事を敬語で呼び、そして彼女の事を再度『院長』として扱う。
その常葉の行動の意図は、心を読まずとも真希にはっきりと伝わっていた。
拒絶でも畏怖でも、驚愕でも憤怒でもない、彼女なりの『優しさ』が。
やがて、真希の表情が変わった。彼女が本来持っているであろう、朗らかな笑顔の方へ。
真希だけではない、この院長室にいる、常葉以外の全ての人物――『患者』の役割を担っていた真希の分身たちや、展開を見守り続けた無数の常葉のコピーたちもまた、同じように変わり始めた。
この『院長室』を包み込む空間自体が、常葉への感謝の念に、包まれ始めたのだ。
「先生……」
『『『『『先生……』』』』』
「「「「「「「「「「「「「「「「先生……!」」」」」」」」」」」」」」」」
ありがとう――皆が一斉に声を揃えた後、真希『院長』だけが、その後に更なる思いを述べた。
私を見捨てないでくれて、本当にありがとう、と。
「ふふ、こんな素敵な『お医者さん』たちがいる病院を見捨てる事なんて、考えられないわ」
「先生……!」
しかし、その後に真希の嬉しい感情を示す言葉が続く事は無かった。
何かを思い出したような表情を見せた後、急に真剣な顔になった真希は、そのまま口をつぐんだのだ。
突然の変容に少しだけ驚いた常葉を見つめながら、彼女は再び指を鳴らした。
その瞬間、まるで自分たちの役目や出番が終わったかのように、常葉の『心』を具現化する形で生まれた5人の真希の分身たちが、眩い光となって消えていった。
「……!」
「先生、しんぱいするひつようはないよ。さっきのウサギさんとおなじように、みんな『わたし』にもどっただけだから」
それにここから先は、分身でも常葉のコピーでもなく、自分の言葉だけで語りたいから――その言葉と共に、真希の頬が、少しづつ赤く、艶やかに染まり始めていた。
「真希ちゃん……?」
「……先生……さいごに、わたしは、ほんとうにいちばんたいせつなことを、あなたにつたえます」
どこか緊張したような真希の表情を、常葉は自然とその瞳に焼き付けていた……。
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