第38話:院長はかく語りき・4

 『流れ星』と融合する形で生まれ変わった薄手真希は、文字通り何でもできる存在に変貌した。

 何もない所から病院を作り出したり、様々なプロフィールを有する自分の分身を生み出したり、自分の事を見守ってくれた『先生』のコピーを無尽蔵に増やすのは、彼女にとって造作のない事だった。

 他人の心の中を読んだり、架空の薬や病気を作り出したり、果ては存在しない記憶を相手に埋め込む事だって、朝飯前であった。

 しかし、そんな彼女でも、敢えて自らに禁忌を課した事があった。


「……あのね、わたし、ほんものの先生のこころそのものを『かきかえる』ことだけは、ぜったいにしたくなかったの」

「私の……心……?」

「うん。きおくをインプットするとかのレベルじゃなくて、先生のこころをかんぜんにかえちゃうこと」


 真希が持つ『全能』の力を使えば、常葉の抱えていた心の悩みを呆気なく、簡単に解決できた。

 彼女の心の中からそう言った悩みをすべて消去し、代わりにポジティブな気持ちを埋め込み、あとは適当な仕事を用意しておく、と言う手段もあった。

 でも、そのような安易な解決は、真希自身が望まなかった。

 ずっとずっと、自分や様々な患者のために身を削って頑張ってくれていた常葉のすり減った心を、これ以上滅茶苦茶にするのはとても怖かったし、何よりも失礼極まりない、と考えたのだ。

 ただ、だからと言ってそのまま『ゴミ屋敷』の中で放置しておけば、常葉は沢山のゴミや膨大な罪悪感に埋もれ、命を落としてしまうかもしれない。

 そこで、真希はとっておきの手段を思いついたのである。


「先生に、じぶんじしんをなおしてもらおう、って」

「私が……私を……」

「うん。だって、先生は『めいい』で、だれよりもかっこうよくてすてきなおいしゃさんなんだから」


 そんな『名医』のもとに、彼女の心の傷を具現化した存在を送り込めば、きっと先生は誠意をもって、本気でその患者を治療してくれる。

 その過程で自らの抱えていた様々な思いにも気づき、最終的に自分で自分を癒してくれるはずだ――真希は確信していた。

 そして、彼女は『普通の病気』、風邪や腹痛、腰痛などを抱えて相談しに訪れた、『エキストラ』とも言うべき人々と共に、教科書にも載っていない特別な病気を抱えた5人の患者を創造したのである。


「……で、でも、どうして『患者さん』と言う形にしたの?例えば、5人の『お医者さん』にする、と言う手もあったんじゃないかしら?」


 言葉自体に悪意や憎しみは込められていなかったものの、そう尋ねられた真希は、少しだけ緊張した面持ちになった。


「な、なんていうか……先生って、いつもわたしたちのためにがんばってるでしょ?でも、そのぶん、せんせいはむりをしているようにかんじた……」


 常に自分に厳しい常葉は、難しい言葉で言うと『完璧主義』な所がある。

 だから、敢えて彼女が『お医者さん』という立場で向かい合いやすいように、様々な患者を診るような形を選んだ、と真希は語った。

 治療されているのは常葉の方だった、と言う事実は、当然ながら秘密にしていた、と言葉を付け加えながら。


「そう……そうだったの……」

「うん……」


 ようやく常葉の中で、今まで自分が行っていた事が何を意味していたのか、理解が進み始めた。

 

 逃げたという罪悪感、自分自身への否定、溜め込み続けた怒り、過去への恐怖、そしてそれでも掴みたい未来――『ムゲン病院』の院長として、真希は常葉の心の中に潜む『病気』を5つに分類し、それぞれに適切な処置を行った。

 ある時は常葉自身の口でその解決方法を導き出し、またある時は『患者』の方から気づかせるような素振りを見せた。

 そしてその過程で、常葉は真希が植え付けた、病気を改善する様々な知識――正確には、真希が知恵を振り絞って考えた『妄想』の産物を駆使した、と言う訳である。


「……色々な薬や対処法を使ったわね……色々な『知識』を使って……」

「うん……あれも、わたしがぜんぶかんがえたもの。でも、くすりのなまえってどんなのがいいか、ぜんぜんわからなくて……」

「真希ちゃん……」


 フエナクナールやらガッタイシロンやら、デタラメ極まりない、ネーミングセンスが皆無だ、と毎回呆れ続けていた様々な薬の名前も、今の常葉には別の感情を抱かせるものになっていた。

 大切な先生を助けたい、どんな形でもその心を救いたい、と言う一心で、真希が懸命に考えて創ってくれたものなのだから。


 やがて、そんな薬や知識の手を借りつつ行い続けた、氏神常葉による患者の治療――いや、院長の薄手真希による、氏神常葉先生の心の治療も、一段落を迎えた。

 5つの心と向き合った彼女は、今までのような凛々しい笑顔を取り戻し、別の自分とも交流を深める事が出来た。

 その様子を見て、真希は決意したのである。今こそ、大切な先生に全てを明かす時だ、と。


 彼女の言葉を聞いた常葉は、何故『院長』が、今日までずっと顔を合せなかったのか、姿すら見せなかったのか、と言う疑問を解消する事が出来た。


「真希ちゃんは、私が『治る』のを、ずっと待っていたのね……」

「うん……。先生が、かっこよくてすてきな、もとどおりの先生になるまで、ずっとまってた。とちゅうでかおをだしちゃったら、せんせいがおどろいちゃって、『ちりょー』がちゅーだんしちゃうっておもって……」

「そうか……そう言う事だったのね……」


 病院を逃げ出してから、今に至るまで、常葉には本当に色々な事があった。

 謎めいたスカウト状を貰い、『ムゲン病院』に誘われ、無数の自分に遭遇し、あれよあれよと言う間に『なんでも科』の医師になって患者を治療する日々を過ごすようになり、気付いた時にはすっかりこの病院での時間に慣れていた。

 そんな慌ただしくも有意義な時間の裏で、二度と会えないと思っていた存在が、今度が彼女を助けようとしていた。

 常識では考えられない超能力を駆使し、出来る限りの事をしようと懸命に頑張り続けていた。


 そんな『存在』の事を、自分は――常葉が、笑顔を見せながら自らの思いを伝えようとした時だった。

 ずっとずっと、彼女に全てを事細かに説明し続けていた真希が、どこか申し訳なさそうに顔を俯かせていた事に気づいたのは。

 加えて、常葉の傍に並んでいた5人の特別な患者たちも、彼らの周りを無尽蔵に取り囲んでいた氏神常葉のコピーの大群も、同じように申し訳なさそうな表情を覗かせていた。


 そして、真希は、少しだけ怖がっているような空気を醸し出しながら、語り出した。


「……あのね……しょうじきにいうと、わたしが先生を『いんちょう室』によんだのは、しんそーをぜんぶつたえるためだけじゃない。先生に『おこってもらう』ためによんだんだ……」

「えっ……怒ってもらう……?」


「だって、そうでしょう?わたし……ううん、この病院のみんながいっしょになって、先生に『おいしゃさんごっこ』をさせていたんだから」

「……!」


 確かに、『ムゲン病院』の院長として、そしてかつて先生にお世話になった身として、彼女を救おうと思った気持ちは本物だ。

 でも、その過程でやったのは、乱暴に言ってしまえば、壮大な『お医者さんごっこ』に過ぎない。

 常葉を医者に見立て、自分の考えたシナリオ通りに動かし、デタラメな診療科で意味不明な薬を使わせ、患者は病気が治った、と偽りの笑顔を見せる。

 しかも、彼らを掌で動かしたのは、勉強も苦手で頭も悪く、まともな病院すら構築できない、ひとりのダメダメな少女。

 彼女が思いついた、気分任せの『ごっこ遊び』に、本物の『天才医師』を巻き込んでしまったのだ。


「なぞにみちた、なんてさっきはかっこつけたけど、あれはわたしがみえっぱりなだけ。わたしは、先生のきちょーなじかんを、こんなでたらめなばしょにつかわせちゃった『わるいこ』なんだよ……」


 そして、真希は言った。この『治療』が全て終わったら、先生はこの病院を去っても構わない、と。


「……」

「だって、先生はこんなばしょにいるべきじゃないから。ほんものの病院で、ほんもののかんじゃさんを……ほんもののうでまえで……もっと……りっぱな……」


 やがて、真希の言葉に、嗚咽が混ざり始めた。

 ごめんなさい、という謝罪の言葉と共に、彼女の瞳から幾つもの水滴が流れ始めた。

 それは、まるで彼女が彼女自身を責め続けているような光景――常葉が常葉自身を責め続けた、あの頃を連想させるようなものであった。

 周りを取り囲む5人の患者も、無数の常葉のコピーたちも、彼女の感情を共有するかのように、辛そうな表情をしていた。


 そんな面々に取り囲まれながら、常葉はじっと真希を見つめていた。後悔や絶望に苛まれた彼女が泣きじゃくる音だけが、院長室を満たした。

 しばらく経った後、常葉はゆっくりと自らの右手を上げた。

 それを見た真希は、一瞬だけ怯んだ。きっと先生は怒っている、自分の頭をボカスカ殴り、怖い形相を見せてくるに違いない――ネガティブな感情に沈み、『心を読む』余裕を失っていた彼女は、恐怖の表情を見せた。

 だが、直後、真希の頭を包み込んだのは――。


「……しっかりしなさい、『院長』」


 ――温かな掌の感触だった。

 院長室に入って来た時とは逆に、今度は常葉の方が泣きじゃくる真希を慰め始める番だった……。

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