第37話:院長はかく語りき・3

 自分のために身も心もボロボロになってしまった大切な存在を、絶対に助けてみせる。

 その意志のもと、『流れ星』と融合して文字通りの全能の存在に生まれ変わった薄手真希が最初に行ったのは、まず氏神常葉――真希の事をずっと大切にし続けた『お医者さん』を、真希の領域とも言える『ムゲン病院』へ招待する事だった。

 しかし、いきなり電話で連絡すると怪しまれてしまうかもしれないし、メールを送信するのも何かが違う。

 色々と思案した末、真希が取った策は、自らの手を使って、常葉を招待するための『手紙』を記す事だった。


「……そうか、あの手紙は……」

「うん。たくさんの『せいきゅうしょ』といっしょに、先生にとどけられたあのてがみ。わたしがかいたんだ」


 手紙を常葉のもとに届ける事については真希が持つ『全能』の力を駆使したものの、その内容自体はなるべくその力を使わずに真希が自ら書き記したものだった。

 何度も何度も内容を見直し、懸命に調べて書いた漢字などが間違えていないか推敲を繰り返し、常葉のコピーたちにも協力してもらい、伝えたい事を短い文章の中に纏める頃が出来るまで、何十枚、何百枚もの紙を費やしてしまった、と真希は語った。

 そんな手紙を先生は色々と怪しんでしまったけれど、それでも先生の命を繋ぐ『泥船』になって、本当に良かった、と、ちょっぴり常葉の心を突く言葉を続けながら。


「見ていたのね、あの時の私の反応も……」

「ごめん……。だって、がんばってかいた『てがみ』を先生がみてくれるかどうか、きになったんだもん……」

「でも、今となっては泥船どころか、立派な豪華客船のように感じているわ。お陰で、私はこうやって『お医者さん』として復活できた訳だし。こっちこそ、怪しんでしまって本当に悪かったわ」

「ううん、わたしもだいじょうぶだよ。だって、せんせいは『どろぶね』にのってきてくれたんだし」


 こうして、常葉は真希の手紙に誘われるように、郊外に建てられた『ムゲン病院』――いや、正確に言えば真希の持つ『全能』の力によって現出した、この世界の常識とは異なる空間『ムゲン病院』の入り口へ到着した。

 そして、無数の自分自身のコピーに出会い、囲まれ、そして『一緒に働いて欲しい』と頭を下げられ、常葉は半ば流れに巻き込まれるようにこの病院で働く事になったのである。

 先程も言った通り、最初は怖くて訳が分からなくて泣き叫んだりしたけれど、それで与えらえた役割をこなすためにも無我夢中で頑張り続けた、と改めて常葉は本音を語った。

 明日の生活を維持するため、そして『医師』として、もう一度立ち上がるために。


「……あの『一緒に働いて欲しい』という言葉……あれは無数の私だけじゃなくて、真希ちゃんの言葉でもあったのね」

「うん……先生がほんとうにはたらいてくれて、よかった……」


 それからというもの、常葉は一所懸命に『なんでも科』の医師として、様々な患者に接してきた。

 どうしてそのような妙な名前の診療科に配属されたのか、ずっと疑問に思っていた常葉であったが、今は何となく理解できるような気がした。

 『院長』である真希にとって、氏神常葉と言う『お医者さん』は、文字通りどんな病気でも治してくれそうな頼りある存在。だからこそ、敢えてあらゆる病気に『なんでも』対応する診療科を創造し、そこでの診察を託したのかもしれない――。


「……先生、だいたいあってるよ。先生は、『なんでも』なおせる『めいい』でしょう?」

「そ、そう?ありがとう……」


 ――常葉の考えは、いつの間にか真希に読み取られているようだった。

 

 そんな『なんでも科』の日々の中、常葉が特に印象に残っていたのは、どんな医学の教科書や文献にも掲載されていない、俗に言う『奇病』に苦しめられていた5人の患者たちだった。

 

 患者の弱い心、臆病な思いが具現化し、絶え間なく増殖してしまう『逃亡性増えすぎ病』。

 病名の通り、理想の自分自身が現実世界に出現し、本物の自分から居場所を奪ってしまう『理想の自分現出病』。

 妖怪や怪異の類だと思われていた、自分の肉体に乱暴な物言いの顔が出現する『人面瘡』。

 患者の栄光の過去が現れ続け、その代償として本人の姿が薄れて消えてしまう『記憶具現化症候群』。

 そして、患者本人が持つ能力が暴走してしまった『不完全増殖能力』。


 アレな表現かもしれない、と前置きを入れながらも、これまでの日々の中でやはりこれらの病気と向き合い、自分なりの言葉をかけ、患者が笑顔を取り戻す手伝いが出来た事は、自分にとっても良い経験になった、と常葉は語った。

 そして、改めて彼女は真希に感謝の言葉を送った。

 これらの見た事も聞いた事もない病気を『治療』する過程で、常葉の中には学んでいないはずの様々な記憶や知識が、まるで外部からインプットされるかのように浮かんできた。

 ずっとその出所が分からないまま、ただ受け入れ続けていた彼女は、ようやくその情報の発信源がどこにあるのか、理解できたのだ。


「ありがとう、真希ちゃん。私の『治療』をサポートしてくれて」


 お陰で、病気に苦しんでいる患者たちを、心も体も救う事が出来た――そう語った常葉であったが、その直後、首を傾げた。

 すぐに『どういたしまして』という、どこか無邪気な声が返ってくると思っていたのに、真希はしばらくの間、黙り込んでいたのだ。

 しかも、その表情は、どこか暗く、思い詰めたような雰囲気を醸し出していた。

 何かあったのか、もしかして気に障る事があったのか、と慌てて尋ねる常葉に、真希はこう返した。

 

「ううん、先生はわるいことしてないよ。ただ……その……」

「?」


「先生、いまからわたしは、とっても、とっても、とーっても、たいせつなことをいいます」


 怒ったりショックを受けるかもしれないけれど、それでも言わなきゃいけない事だ――真希の前置きの意図が、最初常葉にはあまりピンと来なかった。

 だが、直後に飛び出した言葉を聞いた瞬間、分かってしまった。



「あのね、先生は、だれも『ちりょう』してないの」

「……え?」



 様々な患者と向かい合ってきたことを『自負』していた常葉にとって、あまりにも衝撃的な内容だったからだ。


「……な、何を言っているの?私、今までたくさんの患者さんと……」

「かんじゃさんを『ちりょう』してきたはず。先生はいま、そうかんがえてる。でもね、ほんとうは……」


 『なんでも科』を訪れてきた患者は全員とも、薄手真希と言う存在が創造した存在。

 もっと乱暴に言ってしまえば、薄手真希の『分身』のようなもの。


 院長室にはっきりと響き渡ったその言葉を聞いた常葉は、息を呑んだ。呑まざるを得なかった。

 当然だろう、その言葉は、今までの自分の『奮戦』が、根底から打ち砕かれるようなものだったのだから。


「患者さんが……みんな……『真希ちゃん』……?」

「うん……」

「で、でも、患者さんはみんなそれぞれのプロフィールを持っていたじゃない。生きて、動いて、それぞれの過去を持っていて……!」

「それも、わたしが『ぜんのー』のちからでしぜんにつくられた、かくうのプロフィール。かこもみらいも、先生がしんだんしたあらゆる『びょうき』も、ぜんぶわたしがつくった、『うそ』のないようなんだ……」

「……そ……そんな……」


 どうして、そのような事を行ったのか。『氏神常葉』と言う存在を助ける、と言う真希の思いと、偽りの治療の数々が、どのような関係にあるのか。

 常葉の中に、幾つもの疑問が渦巻き始めた。今までの自分の『治療』に、何の意味があったのだろうか、という、ほんの僅かな絶望と共に。

 そんな彼女の表情を見た真希は語った。

 『院長』として見守る事しか出来なかった自分の口から語るよりも、『先生』が今まで向き合ってくれた人たちに語ってもらった方が良いかもしれない、と。


 そして、真希が指を鳴らす音が響いた瞬間、院長室に新たに5人の人物――彼女でも真希でもない、新たな人物たちが並び立った。

 常葉は彼らの姿に、あまりにも見覚えがあった。

 それは、彼女が『治療』を行ったと考え続けていた、奇病に苦しみ続けていた人々だったのである。


『先生……今まで黙っていて、すいませんでした』


 一番最初に常葉へ近づき、頭を下げて謝ったのは、彼女が最初に診察した、『逃亡性増えすぎ病』に苦しんでいたという女性だった。

 そこには、あの時の怯えきった姿はなく、堂々とした、そしてどこか覚悟を決めるような雰囲気があった。

 

『私は、確かに「薄手真希」。先生にお世話になった「真希ちゃん」の分身です。でも、同時に私はもう1つの正体があります』

「もう1つの……正体……?」

『私は、先生の「心の傷」。その中でも、「罪悪感」が形になった存在でもあるんです』

「……!」

 

 薄手真希と言う大切な存在を置いて逃げ出した自分は医者失格だ。許されない存在だ――そう思い悩み、苦しみ続けた『氏神常葉』の心の傷。

 それが、『逃げたい』という気持ちで分身が現れてしまう女性と言う形になり、常葉の前に姿を現した。

 その女性に対し、常葉は自らの言葉で『自分の弱さを許して欲しい』と伝えた。

 だが、常葉はその後このように考えていた。まるで、問題から逃げ出してしまった事が許せない自分自身に語っているようだ、と。

 

「まさか……そんな……」

『ええ、先生が私に言ってくれた言葉は、本当は「先生自身の心」に言っていた言葉だったんですよ』

「私が……私自身に……」


 続けて、2人目の女性――『理想の自分現出病』が完治したような雰囲気の、女性教師を名乗っていた女性が一歩前に進んだ。


『私も、他の「私」と同じように、「真希ちゃん」の分身であると同時に、「常葉先生」の心の化身です』

「あなたも……あなたは……私の、何……?」

 

 疑問を抱く常葉に対し、彼女は、自分が氏神常葉の『自己否定』が具現化した存在である旨を語った。

 

『先生は、「天才医師」としての自分を、自らの不完全さが要因で崩してしまった事を、ずっと責め続けていた。完璧な過去の自分に比べて、今の自分はダメダメで仕方ない、って』


 そんな事はない、完璧な自分もダメダメな自分もひっくるめて自分自身だ、と言う『薄手真希』の思いを伝えるため、完璧な自分がダメダメな自分を苦しめる病気を患う患者が創造された。

 そして常葉は、まさに真希が信じていたように、自らその思いを口に発し、患者を治療しようと奮戦した。


『確かに、先生も述べられた通り、お医者さんは完璧じゃないといけない職業かもしれません。でも、あの言葉を言った後、先生はどこか肩の荷が下りるような雰囲気を見せていました。また1つ元気が戻った感じに』

「私の……元気が……」


 その次に、常葉が診察したのは、伝承上の存在だと思い込んでいた『人面瘡』を患っていた、男性患者だった。

 彼もまた、薄手真希の分身にして、『氏神常葉』が抱いていた心が具現化した存在。

 その中でも彼に託された役割は、常葉に自分自身の『怒り』を肯定するよう促す役割だった。


『確かに、先生はあの「クソ院長」や「先輩医師」に抗議してくれました。俺……「薄手真希」の命を守るために。でも、それだけじゃ足りないぐらい、先生には怒りや憤りが渦巻いていた。それを、先生はずっと我慢し続けていた……』


 だから、敢えて『人面瘡』という形で、その怒りを露出した。敢えて乱暴な本音を言いまくる事で、先生に自分自身が抱えていた心と向い合せるために。

 『彼』の言葉を聞いた常葉は、人面瘡の罵詈雑言の中に、自分自身の本音が混ざっているような、一種のデジャヴに近い感情を抱いていた事を思い出した。

 その時の直感は、間違えてはいなかった。サラリーマンの本音、と言う形で比喩されていながらも、それらは全て氏神常葉の心の中の『怒り』だったのだ。


「あれは……みんな私の……」

『いや、俺……「真希」は気にしてないですよ。だって先生、言ったでしょう?泣きたい時にしっかりと泣いて。怒る必要がある時にしっかり怒るのが大事って』

「……」


 彼に続き、4番目に常葉のもとに歩み寄ったのは、『記憶具現化症候群』が完治したかのように元気そうな姿を見せる老婆だった。


『次にあたしが送り出されたのは、常葉先生の「喪失感」を癒すためだった』


 苦しくも実りのある日々を総合病院で過ごしていた『過去』の重みに苦しむ常葉に、過去は決して怖く恐れるものではなく、今の自分を構成する大切な宝物である事を教える――それが、老婆と彼女の分身たちに託された役割だった。

 結果、彼女を創造した真希の思惑通り、老婆の治療に懸命に挑み続けた常葉は、自らの言葉、自らの意志で、過去を受け入れる大切さを認識する事が出来たのである。


『まどろっこしい真似をして、本当にすまないねぇ。でも、お陰で先生にまたひとつ元気が戻って、本当に良かった。最初の「患者」の時よりも、随分先生の表情は明るくなっていたよ』


 そして、最後に名乗り出たのは、どこか真希と似たような雰囲気を持つ、『不完全増殖能力』で苦しんでいた1人の少女だった。


『私が生み出された目的は……何て言えばいいのかな……先生の「願い」ですかね』

「願い……?」


 どれだけ辛い目に遭っても、どれだけ自分の思いが踏みにじられようとも、どれだけ無茶苦茶な状況下に置かれても、その手が届く限り、苦しんでいる人を助けたいし、泣いている人の傍にいたい。

 そんな、氏神常葉の心の中にある原動力を再認識させ、彼女の最後の『元気』の欠片を埋めるため、最後の患者が創造されたのである。

 その甲斐あって、常葉は自分の中にある思いと向かい合う事が出来ただけではなく、『少しは自分の行動を自分自身で称えても良いだろう』という、大切な事に気づけた。


「……でも、どうして……どうして、あなただけ、真希ちゃんと似たような外見なの……?」

『そ、それは……何というか……えーと……せめて最後ぐらいは、ちょっとだけ、「私」に似せたかったから、というか……』


 今までの事をそろそろ明かすべきか、でも明かしたら先生はショックを受けやしないか、など様々な事を悩んだ結果、真希は自身の特徴的な点を残しつつ、それ以外を絶妙に変えた、自分と雰囲気が似ている『分身』を作り出した、とその分身は自らの経緯を語った。


 やがて、5人の患者――女性患者、女性教師、サラリーマン、翻訳家の女性、そして高校生ぐらいの女子は、常葉の前にずらりと並んだ。

 まるで、ひとつの演劇が終わった後にキャストが一堂に整列し、観客へ挨拶を行っているような光景だった。

 そんな彼らの様子を、常葉はじっと無言で見つめ続けていた。心の中で様々な思いが湧き上がり続け、どのような反応をしてよいか、しばらく分からなかったからである。


 そして、ようやく彼女は、改めて根本的な疑問を口にする事が出来た。嫌悪感や苛立ちと言ったネガティブな感情ではなく、純粋な感情の下で生まれた思いを。


「……どうして……どうして、こんな事を……」


 返答したのは、ずっと自分の『分身』たちの行動を見守り続けていた、創造主たる薄手真希だった。


「……先生、おぼえてる?さいごの『かんじゃ』のしんさつがおわったあと、先生がおもったこと」

「私が、思った事……?」


 様々な人たちと向かい合う中で、自分自身の傷ついた心が癒され、医者としての確固たる自信や信頼を取り戻している。

 これではまるで――。


「……!!」

「おもいだした?先生、こうかんがえていたんだよ」


 ――患者が、医師を助けているようではないか。


 まさにそれが、真希が『ムゲン病院』の院長として、常葉に行った事であった……。

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