第36話:院長はかく語りき・2

 あらゆる願いを叶えてくれるという、不思議な力を持つ『流れ星』と、最後に残された思いが文字通り融合した結果、『全能』の力を身につけた上で、健康な体と新たなる生を受けた薄手真希。

 彼女は自分の新たな居場所を作るため、『ムゲン病院』と言う場所を、自らの力を駆使して作り上げた。

 文字通りの無限の空間と、無限の『診療科』を有する場所を。

 その後、真希が行ったのは、そこで働く人々――医者や看護師など、様々な職員を創造する事だった。

 そして、対象に選ばれたのは――。


「……私を、作った……」

「うん、常葉先生。わたしをいちばんみてくれた、常葉先生を……」


 ――『ムゲン病院』の職員が何故全員揃って、自分と全く顔、同じ名前、同じ声をしていた存在だったのだろうか。

 この病院に来た時から抱えていた、氏神常葉にとっての最大の謎は、創造主によって明かされた。


「……本当にみんな、真希ちゃんが作った『私』なの?」

「「「「「「「「「「「ええ、その通りよ」」」」」」」」」」」」

「「「「もっと詳しく言えば……」」」」「「「「私たちは真希ちゃん……私たちが言う『院長』の記憶や印象から作られた存在」」」」

「「「「つまり、『氏神常葉先生』を模して造られたコピーね」」」」」


 自分たちが『薄手真希』と言う存在によって創られた事を、常葉たち――『コピー』の常葉たちは、全員とも認識している様子だった。

 顔も名前も同じも人格も、自分と全く瓜二つ。でも、不思議と自分と異なるような雰囲気もあり、気付いたら打ち解けていた。

 その理由は、彼女たちが完璧な『氏神常葉』の複製ではなく、薄手真希と言う名のフィルターを介して創られた存在だったからであった。

 真希が抱いた、氏神常葉に対する様々なポジティブな感情を、文字通り具現化したのが、『コピー』の常葉たち、と言う訳である。

 

「……そう言う事だったの……」

「それでね、わたしはこの『ムゲン病院』にいる先生のかずを、いっぱいにしてみたんだ」

「いっぱい……どうして、私をこんなにたくさん増やしたい、って思ったの?」

「それは……その……病院って、むげんにひろいでしょ?だから、そこではたらくひとも、むげんにいればいいんじゃないか、っておもったから……それに……」

 

 常葉先生と、ずっと一緒にいたかったから。

 この広い病院の中のどこへ行っても、氏神常葉と言う存在と触れ合い、語り合い、一緒に楽しみたかったから――真希の声に含まれていた照れくささや恥ずかしさと言った感情が、一段と増したようであった。

 そんな彼女の表情を、この時の常葉は『憧れ』だと解釈していた。

 常日頃から医師として奮戦し続けていた自分の姿を、格好良くて素敵だと思ってくれている存在が傍にいた事に、真希は嬉しさのような思いを感じていた。


「真希ちゃん……そんなに私の事、思ってくれていたのね……」

「う、うん……でも、ごめんなさい」

「えっ?」


 真希の声と共に、周りにいる大量のコピーの常葉たちも一斉に頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。

 

「だって先生、さいしょにたくさんの先生のコピーたちをみたとき、こわくてないちゃったでしょ?」

「「「ええ……今振り返ると、ちょっとやり過ぎてしまったかなって……」」」「「「「「もう少し、やり方を考えるべきだったわね……」」」」」


 確かに、この病院――薄手真希が無の空間の中に創造した『ムゲン病院』を訪れた時、常葉は無数の自分自身に祝福されるように出迎えられ、その常識外れの光景に泣き叫んでしまっていた。

 まさかそこまで拒絶反応を起こすとは思わず、ずっと謝ろうと思っていた、と真希は語った。

 しかし、常葉は気にしていない、という対応を、優しい表情と言う形で示した。


「真希ちゃんの言う通り、あの時は怖かったし、逃げ出そうと思った。でも、今はだいぶ慣れたし、はっきり言って別の私と『仲良し』になれた。だから、気にする必要はないわよ」

「先生……ありがとう」

「それに、あなたたちだって同じ。今の私は、あなたたちを責めるつもりはないわ」


 一緒に働く頼もしい仲間を、悪く言う理由はどこにも無い――常葉は、周りにいる自分のコピーたちに向けても、そう語った。

 四方八方から、氏神常葉と全く同じ声色をした感謝の言葉が、院長室に響き渡った。


「……さて、真希ちゃん。続きを教えてくれないかしら?」

「つづき……あ、そうか……いままでのひみつをはなすんだったね」

「そう。病院を作って、『私』を作った。その後は、どうしたの?患者さんを診察したの?」


 しかし、優しい口調で尋ねた常葉に対し、真希や周りにいる常葉のコピーたちは、一斉にばつの悪そうな、どこか申し訳なさそうな表情を見せた。

 その変化にきょとんとしてしまった常葉へ、真希は正直にその理由を語った。

 病院を作り、職員を用意した後、自分は何もせず、毎日ダラダラ過ごしてしまった、と。


「ダラダラと……?」

「うん……ずっと、まいにちだらだたのしくすごしてた。コピーの先生たちといっしょにみんなでおえかきをしたり、みんなでおひるねしたり、みんなでおやつたべたり……」


 毎日一緒にお風呂に入り、毎日一緒に夜更かしをして、次の日はいつも朝遅く起きる。どんな食べ物も飲み物も食べ放題、落書きだってやりたい放題。

 ずっと憧れていた存在が無限に増え続ける至極の状況を自分の力で創造した真希は、その時点で満足してしまい、その『至極』の中に溺れるという選択肢を取ってしまったのである。

 しかも、無限に産み出されたコピーの常葉は、『本物』とは異なる、真希の理想が現出した存在。彼女の現状に注意をしたりする感情は、一切持ち合わせていなかった。

 結果、どんな病気でも治す力を持つ名医になる、という本来の願いをも、真希は忘れかけてしまったのである。


「……そうだったの……」

「うん……それで、ずっとわたしは先生たちと『ムゲン病院』でしあわせでたのしいじかんをすごしてた。ずーっとずーっと、おなじようなじかんをすごしてた。どれくらいかな……なんかげつ?それとも、なんねん?」

「えっ、待って。『何年』って……そんなに……?」

「「「ええ、院長の力は、時間の流れを変える事も可能なのよ」」」「「「この『ムゲン病院』は、外部の時間と切り離されて、同じような時間をずっと繰り返していたの」」」

「そ、そんな事も出来るのね……」


 つまり、誰にも邪魔されない空間を自ら創り上げた真希はその中で本当に長い間、無数のコピーの常葉と共に『酒池肉林』としか例えられないような時間を過ごしていた、と言う訳だ。


 申し訳なさそうな瞳を見せる真希やコピーの常葉たちであったが、常葉――本物の常葉は、彼女やコピーたちの気持ちが分かるような気がした。

 自分だって、このような力を身に着けてしまったら、あっという間に堕落してしまいそうな悪い自信がある。真希からは素敵と呼ばれる存在でも、結局は人間だから。

 それに、相手はずっと面倒を見てきた、かけがえのない存在。幾ら見るに堪えない状態にあっても、釘を刺す事なんて到底できそうにない。


「……真希ちゃん……とっても、幸せだったのね」

「……うん。たしかにわたしはしあわせだった。先生がどんどんふえて、わたしをいっぱいほめてくれて、あまやかしてくれて、ほんとうにさいこーだった……」


 でも、そんな『幸福』に閉じ込められた日々に終わりを告げたのは、彼女自身の気まぐれな意志だった。


 ある時、真希はある事が気になった。

 周りには幾らでも、無尽蔵に膨れ上がる、氏神常葉の姿があった。しかし、どれだけ優しい笑顔を見せても、彼女たちは結局真希の願望や憧れから生まれたコピーに過ぎない。

 真希がお世話になっていた、あの本物の氏神常葉は、何をしているのだろうか――そのような考えが、ふと頭をよぎったのである。


 そして、真希は自分が命を落としてから数ヶ月後の『外の世界』を、こっそり覗き見する事に決めた。

 自分がいなくなった事に悲しみながらも、それを乗り越え、更に格好良くて素敵な『お医者さん』として、総合病院で活躍しているに違いない――そう考えていた真希の心に映ったのは、信じがたい光景だった。


「……先生が……ボロボロだった」

「……!」


 常葉は、息を呑んだ。


 見渡す限りゴミだらけでカーテンも碌に開いていない部屋。その中でずっと横になり、天井を見つめて何もせず一日を過ごす。

 郵便受けの中に溜まるのは、滞納され続ける様々な代金の請求書の数々。

 そのような状況の中で、真希の事を思い出しては、その度に彼女を見捨てた自分の罪を嘆き、医師の資格は自分にはない、と懺悔し続ける。

 

 あの時、『ムゲン病院』への奇妙なスカウト状が届くまで、長い間ずっと繰り返し続けていた、何も進展がない『無』の日々を、遥か遠い場所から真希本人に全て見られていたのだ。


「……先生、いつもないてた。こえにださなくても、こころがいつもないてた」

「……真希ちゃん……」

「わたしがたのしく『しゅちにくりん』であそんでいるあいだに、先生はかなしんでて、おおなきしてた……。わたし、とってもはずかしくて、もうしわけなくて……」


 そんな事ない、と自分を責める真希を止めようとした常葉だったが、その思考は完全に真希本人に読まれていた。

 

「……先生がなにをいいたいか、わかってるよ。真希ちゃんはわるくない、っていいたいんでしょう?」

「……」

「先生、やさしすぎるよ。わたし、そのあとに先生のこころをよんで、ぜんぶしっちゃったんだもん……」


 あの総合病院の院長や、常葉の先輩の医師が、真希の中から無事な臓器を摘出する形で『厄介払いを行う』よう命令を下した。

 その事実が受け入れられず、どうしようもできなくなった結果、八方ふさがりになった彼女は退職届を出して逃げ出した。

 『先生』は、私の身を守ろうとして、壊れてしまったんだ――真希は、強い口調で語った。


「『ひとごろし』からわたしをまもってくれたのに、先生はボロボロになっちゃった……。だから、わたしにも、せきにんはあるって……」

「それは違うわ。だって、真希ちゃんは病気だったんでしょう?治る見込みのない病気と、懸命に戦い続けていたんでしょう?そんなあなたが、責任を背負う必要なんて……」

「わかってる……。それでも、わたしはわたしがゆるせなかった。『だらく』してたじぶんがよくないっておもった。だから……」


 真希は、ようやく大切な事を思い出せた。何故自分が『ムゲン病院』を創ったのか、何故大量の常葉を際限なく生み出したのか。何故、自分が蘇る事が出来たのか、という根本的な事を。

 そして、彼女は決意したのである。

 今まで自分はずっと氏神常葉と言う存在に救われてきた。今度は、自分が常葉に手を差し伸べる番だ、と……。 

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