五月祭への介入問題を考える―学生の自治の歴史から
赤井繕(元東大駒場寮闘争支援者)
X上では、五月祭のとある学生団体が企画した参政党・神谷宗幣代表を招いたパネルディスカッションに対して、学外者が抗議活動を組織し、中止を迫る動きが起きている。私はこの動き——企画の内容ではなく、介入の形式——に重大な懸念を表明する。私自身は、かつての学生運動家であり、東大の駒場寮の廃寮が問題になったときに寮自治会の仲間の要請で支援活動をしたこともある。彼らが誇らしげに語る「学生自治」の歴史と伝統を尊敬の念をもって聞いたものである。
まず、昨年の参院選挙において参政党が「日本人ファースト」を掲げて躍進して以降、外国人の在留資格の見直しなど多文化共生を後退させる方向に一定の役割を果たしてきたことは、否定しがたい事実である。私は、神谷氏の主張を厳しく批判する立場である。
しかし、今回、問題提起したいのはそれとは別のことである。
五月祭の自主運営の歴史が意味するもの
東大の学生が自らの思想と良心に従って行動してきた歴史は古い。
民本主義を唱えた吉野作造を顧問として1918年に創設された東大新人会は、「人類解放」「日本の合理的改造」を綱領に掲げ、反戦と民主主義の先駆けとなった。新人会はやがて早稲田・明治・一高・三高をはじめ全国26校に及ぶ学生思想団体の連合「学連」(全日本学生社会科学連合会)の中核となり、広範な学生運動の拠点として機能した。しかし治安維持法による弾圧は苛烈を極め、昭和3年、新人会は解散を命じられた。彼らは外圧に屈しなかった——強制的に屈服させられたのである。
その苦い経験の上に、戦後の学生たちは大学当局との長い交渉を経て、五月祭の自治を制度として確立していった。
1950年代、五月祭常任委員会が「自由と平和」のスローガンを掲げようとしたとき、大学当局は「平和という言葉は政治的ニュアンスを持つ」として難色を示した。1961年には、キューバ大使を招く企画を大学当局が「社会主義国の代表だ」という理由で中止させた。以後、大学側はプログラム原稿の事前提出を求めるようになり、常任委員会はこれを「検閲」として抵抗し続けた。
1968年の東大紛争を経て、1970年に五月祭が再開されるにあたり、学生側は警察による構内パトロールの廃止と事前確認(検閲)の廃止を要求した。大学側はこれに応じる条件として「五原則」——主体が学生であること、特定の宗教・政党の宣伝活動の禁止などを含む——を提示し、常任委員会はこれを受け入れた。以後、五原則の解釈と運用の判断主体は常任委員会に委ねられ、今日に至っている。
五月祭の自主規律とは、外圧に抗って学生が勝ち取った「自治の制度」にほかならない。
介入の性格について
外圧によって五月祭の企画を潰すという行為は、その動機がいかに正当であっても、自治の構造を傷つける。それは歴史が示してきたことである。神谷氏への批判が正当であればあるほど、この問いは誠実に受け止められなければならない。
学内の学生や五月祭常任委員会が企画の内容に懸念を表明し、企画団体と協議を求め、あるいは自主規律に基づいて対処することは、五月祭の自治の枠内にある正当な行為である。しかし判断の主体はあくまで常任委員会であり、学生たちである。学生による自治を外から支えることと、自治に外から介入することは、根本的に異なる。
マイノリティの痛みと、自治の構造について
差別的主張にプラットフォームを与えるべきでない、という主張があることは承知している。その問いは真剣に受け止める。神谷氏の主張によって傷つく人々——外国人をはじめとするマイノリティ——が現実にいることを、私は軽く見ない。
しかし、だからこそ言いたいことがある。
自治の構造は、今日マジョリティが正しいと信じる価値観のためだけに存在するのではない。明日、マイノリティが不当に排除されないための「防波堤」として機能する。外圧によって自治を崩す論理は、その使い手が善意であるときも、悪意ある者がその前例を利用するときも、同じように機能する。軍国主義時代の東大の学生が守ろうとしたもの、あるいは東大紛争によって確立しようとしたものは、「学問の自由」「思想の自由」の防波堤としての「大学の自治」であり、当局や教授会による自治ではなく、学生を自治の共有主体とした真の「大学の自治」を担保する「学生による自治」である。
何が差別的であるかの判断を学外の個人や運動体が下し、それを根拠に学生の自主的判断を外圧で覆すことは、たとえ判断の内容が正しくても、自治の構造そのものを傷つける。マイノリティを守りたいのであれば、その構造を守らなければならない。
右派の「言論弾圧」論に対して
この声明を書くにあたって、一つの不快な現実を直視しなければならない。
今回の学外介入の動きに対して、右派からは「左翼による言論弾圧だ」という攻撃が飛んでいる。そしてその攻撃は、介入を呼びかけた側の行為によって、一定の根拠を与えられてしまっている。
神谷氏の主張を批判する立場からこそ、学外からの組織的圧力による中止要求には反対しなければならない。自治の原則は、自分たちに都合の良い企画を守るためだけに使うものではない。気に入らない企画に対してこそ、その原則が試される。
外圧による中止要求は、図らずも「左翼は言論の自由を認めない」という右派の言説に現実的な根拠を提供する。五月祭の自治を守ることは、その言説を内側から無効化することでもある。
学外者に求めること
学外からの意見表明を禁じることは、私の主張ではない。神谷氏の主張を公の場で批判し続けることも、当然の権利だ。
しかし、組織的な圧力によって特定の企画を中止させようとすることは、七十年以上にわたって守られてきた五月祭の自治の空間を傷つける。そしてそれは、批判したい相手の言説を強化するという皮肉な結果をもたらす。抗議や批判と、中止を求めることは次元が異なる問題である。
学生たちを信頼してほしい。吉野作造の薫陶を受けた新人会の学生たちが、弾圧に抗いながら守ろうとしたものは、権力による恣意的な介入を排し、自らの良心に従って考え、判断する自由であった。その精神の上に五月祭の自治は築かれている。
自治とは、外圧に屈して企画を潰すことで守られるものではない。学生たちが自らの規律と判断のもとで議論し、結論を出す——その過程こそが、自治の実質である。
2026年5月13日 赤井繕
参考文献
佐藤寛也「学生運動と東京大学五月祭」
教養学部自治会「東大確認書」


記事を拝読して、五月祭への外圧について自分が抱いていた違和感と、適切な境界線が言語化されました。とても有意義な記事をありがとうございます。勝手ながら、賛成派も反対派も含め、東大生の皆様が行った選択が、日本の将来にとって価値あるものになる事を願っています。(個人的には、講演がポピュ…
なるほどです。 五月祭なので本郷キャンパスの写真のほうがいいかも。
ありがとうございます。自分が駒場によく行ってましたし、駒場寮のことがあったので駒場の写真にしてましたが、安田講堂の写真に切り替えました!!。感謝です。