自宅での老々介護の末、認知症の妻にうそをつき介護施設へ…「これが最善なんだ」と自分に言い聞かせ
再会したのは約3か月後。妻は「ここはいいところね」と、穏やかに語っていました。「鍋料理でも作ってあげたいわ。ご飯はどうしてるの?」と聞かれた時は、「出版社の寮で世話になってる」と、うそをつき安心させました。本当は自宅で一人で自炊していたのですが。適当な話を作るのは私の商売です。「自宅に帰りたいと思わせてはいけない。これでいい。これが最善なんだ」と、自分に言い聞かせました。
ただ、私も高齢ですから、面会に行くのも一苦労でしたね。「次はあの電信柱まで」と目標を決めて、自分のペースで駅まで歩き、昼ご飯を買ってバスに乗る。週に数回、そんなことを繰り返していました。
妻が亡くなる10日ほど前、妻は私の手を握り、「おじいちゃん大好き」と言ったんです。孫がいない場で、私のことを「おじいちゃん」と呼ぶことはないし、「大好き」と言うこともなかった。ちょっとおかしみがあってね。それがほとんど最後に聞いた妻の言葉でした。「ああ、よかった」と思いました。
老々介護は、日に日にできなくなることが増えます。妻や夫を「自分で介護しなくては」「介護施設に入れたら申し訳ない」と考えなくていいのです。自分が倒れたら、もっと大変なことになります。妻の介護に後悔はありません。自宅で一人で介護を続けなかったことは、最善の選択、決断だったと思っています。(聞き手・矢子奈穂)
あとうだ・たかし 1935年、東京都生まれ。78年、「冷蔵庫より愛をこめて」でデビュー。79年に「ナポレオン狂」で直木賞、95年に「新トロイア物語」で吉川英治文学賞。27日、「掌(てのひら)より愛をこめて 阿刀田高さいごの小説集」(新潮社)が発売予定。
「ケアラーの風景 ささえるあなたへ」は随時掲載します。ケアを巡る経験や思い、病気や障害などがある家族を世話するケアラーの皆さんへのメッセージを語ってもらいます。