This past week Japan has been discussing otaku bashing & the lolicon boom (since that was so relevant leading up to the Miyazaki incident). If you jump around quotes/retweets/replies of either @Mashiro_yuh or @pareorogas you'll be able to peek a lot into the discussion going on.
2026-05-15 14:08:09I do hope that with so many talking about it over SNS that some new information has come to light from people with things saved from the 1980s-1990s and anecdotes from people who lived through that time period. There was too much to have followed closely, so I'll search again.
2026-05-15 14:08:09この1週間、日本ではオタク叩きとロリコン・ブームについて議論が交わされています(それが宮崎事件直前に非常に重要だったからです)。
@Mashiro_yuh か @pareorogas のどちらかの引用/リツイート/リプライを飛び回ってみれば、進行中の議論をたくさん覗き見ることができます。
SNSでこれだけ多くの人が話題にしているのだから、1980年代から1990年代に保存されていたものを持っている人々からの新しい情報や、その時代を生き抜いた人々の逸話から何か新しい光が当たってくれることを心から願っています。
当時はあまりにも情報が多すぎて、しっかり追うことができませんでしたので、もう一度調べてみます。
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Wikipedia
ロリコン激論の起点ポスト
これを読んでいる皆さんの中で「ロリコンブーム」について知ってる人の方が少数派かもしれません。 ハッキリ言って「日本はロリペド大国」などという言い分に私はかなり立腹してはいるんですが、これに関しては全く申し開きが出来ません。 ということで「ロリコン・ブーム」について。 1980年代の「ロリコン(ロリータ・コンプレックス)ブーム」は、オタク史において非常に特異かつ、のちの社会的な大バッシングの直接的な火種となった極めて重要な現象です。 ご指摘の通り、このブームは初期こそ「インテリ層による意図的な悪趣味(アバンギャルドな表現)」や「マッチョな劇画へのアンチテーゼ」という“サブカルチャー的な言い訳”でコーティングされていました。しかし、1980年代末の凶悪事件によってその言い訳は完全に吹き飛び、社会から「弁解の余地のない社会悪」として断罪されることになります。 その発生から崩壊までの歴史的経緯を、年代と代表的な作家を交えて解説します。 1. 黎明期(1979年〜1981年):劇画への反発と吾妻ひでおの登場 1970年代の青年漫画は、劇画(さいとう・たかを等に代表される、リアルで汗臭く、男らしさを強調した劇画タッチ)が主流でした。この「男の情念」や「汗と血」といった重苦しい表現に対する反発として、全く新しい美意識を持ち込んだのが吾妻ひでおです。 代表的作家:吾妻ひでお彼はSFや不条理ギャグの文脈の中に、「丸みを帯びた、記号的に可愛らしい美少女(ロリータ)」を登場させ、そこにライトなお色気要素を絡めました。彼の描く、現実の生々しい女性像から切り離された「二次元的な美少女」は、当時のSFファンやアニメファンに熱狂的に受け入れられました。彼こそが「美少女コミック(ロリコン漫画)の祖」とされています。 2. 爆発と商業化(1982年〜1985年):専門誌とOVAの誕生 1980年代に入ると、この局地的なブームを出版社や映像メーカーが「金になる市場」として発見し、一気に商業化(ジャンル化)が進みます。 専門誌の創刊:『レモンピープル』(1982年・久保書店)日本初のロリコン(美少女)漫画専門誌として創刊。大ヒットを記録し、雨後の筍のように類似誌が創刊されます。 『漫画ブリッコ』(1983年・白夜書房)とオタクの命名:この雑誌もロリコンブームを牽引しましたが、特筆すべきは、中森明夫が「おたく」という言葉を初めて活字で定義したのが、この『漫画ブリッコ』の連載コラムだったという歴史的事実です。つまり「オタク」という概念と「ロリコンブーム」は、全く同じ胎内から生まれています。 代表的作家:内山亜紀吾妻ひでおがギャグやSFのオブラートに包んでいたのに対し、より直接的で過激な性的描写を確立したのが内山亜紀です。彼の極端にデフォルメされた幼児体型のキャラクターによる性描写は、のちに警察や社会からの激しい糾弾のターゲットとなります。 OVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)『くりいむレモン』(1984年):テレビの放送コードに縛られない「ビデオ販売」という新しいメディアを利用し、美少女アニメと性描写を直結させた本作は大ヒットし、アニメ市場における美少女エロスのジャンルを確立しました。 3. 「悪趣味」という知的言い訳:大塚英志らの批評空間 なぜ、このような(現実の児童を性的に消費しかねない)危険なジャンルが、当時の若者たちの間で流行したのか。それは、当時のサブカルチャー界隈がこれを「高度な知的遊戯(言い訳)」で武装していたからです。 のちに評論家となる大塚英志(当時『漫画ブリッコ』編集者)らは、こうしたロリコン漫画を「現実のロリコン(小児性愛)ではなく、記号としての少女を消費するメタ・フィクションである」「家父長制的なマッチョイズムを解体するポストモダンな表現である」と批評しました。 つまり、読者である高学歴な大学生や若者たちは、「俺たちは本物の変質者ではなく、意図的に『悪趣味(バッド・テイスト)』を楽しんでいるエリートである」という、ある種のスノッブな知的情悦に浸っていたのです。 4. 崩壊とハードな迫害(1988年〜1989年):宮崎勤事件 しかし、この「これは記号のお遊びである」というインテリ層の言い訳が、凄惨な現実の前に木っ端微塵に粉砕される日が来ます。 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1988年〜1989年):逮捕された宮崎勤の自室からは、大量のホラービデオと共に、前述した『レモンピープル』や『漫画ブリッコ』といったロリコン漫画誌、アニメ雑誌、そして同人誌が数千冊単位で発見されました。 「言い訳」の無効化と社会の断罪:マスコミは部屋の様子を連日報道しました。世間や警察から見れば、「記号の消費」も「悪趣味のポストモダン」も関係ありません。「ロリコン漫画やアニメを読むから、現実の幼女を殺すのだ」という、直接的な因果関係(犯罪の教唆装置)として完全に同一視されました。 これ以降、社会からのオタクに対する視線は、それまでの「暗くてダサい(ソフトな迫害)」から、「放っておけば子どもを襲う潜在的な性犯罪者(ハードな迫害)」へと決定的に激化します。内山亜紀などの単行本は書店から姿を消し、有害図書指定の嵐が吹き荒れました。 この項まとめ:「記号の遊戯」が「社会的抹殺の烙印」に変わるまで 1980年代前半のロリコンブームは、オタク文化が劇画や旧世代の価値観から脱却し、「二次元の美少女キャラを消費する」という現在の萌え文化の直接的な原点を作り上げた重要なムーブメントでした。 しかし、彼らが「知的な悪趣味」として安全な密室(同人誌やマイナー雑誌)の中で肥大化させていた性的逸脱の表現は、宮崎勤事件という現実の惨劇と結びついた瞬間、社会全体から一斉射撃を受ける最大の弱点となりました。この時オタクたちが受けた「犯罪者予備軍としての激しいバッシング」のトラウマは、その後の表現規制問題や、現在のSNSにおけるオタクとフェミニズムの衝突にまで続く、深い爪痕を残しているのです。 実は私も世代ではないこともあって「ロリコンブーム」についてはリアルタイムに知っているわけではありません。 オタク第二世代として「少年マンガに登場する幼児的に可愛い女の子」はもう「当たり前の様に存在する」ものでした。 この辺り「高尚な趣味」として男性の同性愛を使っていた「耽美」が欲望に忠実な「やおい」としてカジュアルに消費されるに至るのとパラレルと言えます。 それにしても「おたく」用語を生んだ『漫画ブリッコ』が当の「ロリコンマンガ誌」だったというのはタチの悪い冗談みたいな悪夢です。 ということで次回は「おたく」と言う用語の成立時期の話。これが「有力な説」が私の調査でも3つくらいあるカオスなことになってます。 情報がある方は教えていただければ幸いです。
2026-05-10 17:33:19年表(作成中) 1969年「少女コレクション」(澁澤龍彦)評論 1977年『聖少女』(清岡 純子)幼女ヌード写真集 1979年「シベール」(ロリコンエロ同人誌)主な作家:吾妻ひでお他 1983年「漫画ブリッコ」にて「おたく」がメディア初出 「ロリコンブームについて」(準備稿) 0.前史 1960〜70年代、「無垢」「自然」「思春期」をテーマにした写真集文化が存在。 David Hamilton(1933年4月15日 - 2016年11月25日)が非常に有名。 柔らかい逆光・霞んだレンズ・少女的身体・牧歌的世界観 1970年代に世界的ブーム。 澁澤龍彦(しぶさわ たつひこ、1928年〈昭和3年〉5月8日 - 1987年〈昭和62年〉8月5日) 1969年「少女コレクション」 世界の文学・絵画・写真・幻想芸術の中の「少女像」を蒐集・評論した本で、「無垢・残酷・エロス・死・退廃」などを結びつけて論じています。 後の、「少女幻想文学」「耽美系」「サブカル少女論」「一部ロリコン美学」にかなり影響を与えたと言われます。 1970〜80年代の日本サブカルでは、「幼さ・未成熟・少女性・アンドロギュノス・倒錯美」を美学として扱う流れが強まりました。その時、澁澤龍彦 は 「性的倒錯を“文学・芸術”として語れる」 空気を作った先行世代の一人と見られることがある …そうなんですがこうして列挙するとえらいマニアみたいな感じになりますな。 ただ、注意が必要なのは、澁澤龍彦は現代ネット的な意味での「萌えロリコン」とはかなり違い、「フランス退廃文学・サド・バタイユ・シュルレアリスム・世紀末美学」なので「間接的に影響を与えた」くらいが公平な評価でしょう。 清岡 純子 (きよおか すみこ、1921年〈大正10年〉6月22日 - 1991年〈平成3年〉10月17日) 1977年『聖少女』を皮切りに、1983年まで年刊で「聖少女」シリーズを出版。特に1983年『私は「まゆ」13歳』の大ヒットによって、少女ヌード写真の第一人者としての地位を盤石にした。 1983年『プチ・トマト』(月刊)の発刊へと踏み出す。『プチ・トマト』42号が摘発を受け、43号の発売前に廃刊。以降はワレメを出さないという契約のもと、雑誌『フレッシュ・プチトマト』を創刊する。 アンダーヘアのあるなし問題へのカウンターとして「毛の生えていない幼女ヌードならあり」という「論理」の元「ロリコン」ブームが起こったとの説もある模様。 (本稿では、「ただの可愛い幼女」でしかない「ロリコン」ものと、成人描写を含む「エロ漫画」等を「ロリコン・エロ」とする。これらが混同されていることによる問題が大きいとの判断) 1. 黎明期(1979年〜1981年):劇画への反発と吾妻ひでおの登場 代表的作家:吾妻ひでお 彼こそが「美少女コミック(ロリコン漫画)の祖」(?)とする論も多いが、「ロリコン(エロ)」の代表的な作家のひとりであることは間違いないが、彼以前にそうしたものが全く存在しなかった訳ではない模様。 この1979年~1981年というのは伝説的ロリコンエロ同人誌「シベール」(全7号)の発行期間。 また、当時の「男女オタクの対立」構造は当時の当事者の男女の少なくない割合が「表立った対立など全く感じなかった」という証言をしているが、吾妻氏本人が 「シベールはやおいをコミケから駆逐するため」に発行したとはっきり証言しているので、界隈での空気はともあれ「動機」としてそうしたものがあったことは否定しようがないです。 また、オタク第一世代特有の感覚なのですが、やはり 「本気で幼女エロがいいと思ってるわけではない(けど世間に対する嫌がらせみたいな意味合いもあってやってる)」 感覚なんだと思うんですよ。 私などの凡人は「だったらやらなきゃいいのに」と思ってしまうのもちょっと反発を覚えていたところでした。 2. 爆発と商業化(1982年〜1985年):専門誌とOVAの誕生 専門誌の創刊:『レモンピープル』(1982年・久保書店)日本初のロリコン(美少女)漫画専門誌として創刊。雨後の筍のように類似誌が創刊。 これをもって「ロリコンエロ」が大ブームになった…ということになっていて、調べるとそういう記述も発見できるんですが、実態は少し違う模様。 要するに「普通の(?)エロ出版社」がブームにあてこんで「ロリコンエロ漫画雑誌」を出版はしてみたものの実際には伸び悩んでいた…と言うのが実態であるとのこと。 この点、「出版された」というデータだけを見ると本質を見誤る典型と言えます(すいませんでした)。 つまり、「誰もかれもがロリコン(特にエロ)なら飛びつくほどの大ブームだった」は明確に否定される事実と言えるでしょう。 一方でアニメ雑誌では「未来少年コナン」(1978年)のラナや「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年)のクラリスなどを「ロリコンキャラ」とかなり肯定的な文脈で列挙する例も確認されました。 現代で言う「萌えキャラ」位の扱いで、当然エロの意味合いは無い(天下のアニメージュでそんなことするわけがない)。 また、「カリ城」ではクラリスと結婚しようとするカリオストロ伯爵に対してルパンが「ロリコン!」と言い放つ場面があり、17歳程度相手にも「ロリコン」認定する例は「うる星やつら」(1981年~)とならんで一般的であったようで、この点もまた「ロリコンエロ」と「ロリコン」が別物である証左と言えそうです。 このラナやクラリスが「ロリコン美少女の元祖」とされる証言も多くあり「宮崎アニメ」と「おたく」の関係性はかなり興味深いトピックではあります。 『漫画ブリッコ』(1983年・白夜書房)とオタクの命名 オタクの命名については情報量が多すぎるので別口でやります。 ただ、『漫画ブリッコ』も「ロリコンエロ雑誌の代表」とされることもあるらしいのですが、発行部数は2万部ほどで一般社会への影響力と言う意味では「微小」というのが公平な評価であるみたいです。 ロリコンエロの代表とされる内山亜紀氏ですが、現役バリバリの頃から警察に目を付けられた上社会問題化した…みたいなことは実際にはなかった模様です。 この点、誤解を招く記述をしてしまいまして申し訳ございませんでした。 推測ですが少なくとも一般社会に対しては「影響力が小さすぎてスルー」状態だったのではないでしょうか。 「まいっちんぐマチコ先生」のTVアニメ化(1981年)は流石はTVということでPTAなどが猛反発したそうです。というかこれは覚えています。…まあガキにしてみれば「騒げば騒ぐほど見たくなる」ものなのに何やってんだか…と思ったものです。原作漫画も読みましたが、正直他愛ないセクシャルギャグくらいにしか思えませんでした。 そもそも小学生のオスガキは大人の女の人のスカートの中などという生々しいものよりも、野球だ怪獣だロボットメカだプロレスだの方が興奮します(アホ)。 有害図書指定騒動の際も実は「ロリコンエロ」に対しては規制対象となっていないという事実があります。 有害図書指定は古くは1950年代から現在まで断続的に継続している問題でこれも別口で詳しくやろうと思いますが、ロリコンブームの時期のそれも 「エッチな少年誌(主に月刊雑誌)と青年誌系の本」 が集中攻撃を食らった模様です。 これまた推測なのですが「ロリコンエロ」はそもそもエロ漫画(18禁?)なので最初からターゲットになっていなかったのではないでしょうか。 その境界線上のものをしっかりエロ認定するという運動なのですが地域差や恣意的な選択などが問題になりがちです。 3. 「悪趣味」という知的言い訳:大塚英志らの批評空間 なぜ、このような(現実の児童を性的に消費しかねない)危険なジャンルが、当時の若者たちの間で流行したのか。それは、当時のサブカルチャー界隈がこれを「高度な知的遊戯(言い訳)」で武装していたからです。 のちに評論家となる大塚英志(当時『漫画ブリッコ』編集者)らは、こうしたロリコン漫画を「現実のロリコン(小児性愛)ではなく、記号としての少女を消費するメタ・フィクションである」「家父長制的なマッチョイズムを解体するポストモダンな表現である」と批評しました。 つまり、読者である高学歴な大学生や若者たちは、「俺たちは本物の変質者ではなく、意図的に『悪趣味(バッド・テイスト)』を楽しんでいるエリートである」という、ある種のスノッブな知的情悦に浸っていたのです。 これに関しては >「ロリコンを嗜んでいる俺カコイイ!!」の風潮があった との証言もありました。本人は熟女好きなのにロリコンエロ描かされていた人もいたとかで、出版業界内では多少のブームではあったみたいです。 4.1986年「COMICペンギンクラブ」創刊 COMICペンギンクラブの創刊(1986年)は、ロリコンブームのピーク(1982〜85)の直後にあたります。 1980年代の「ロリコンブーム」で形成された“萌え的・美少女的な表現文化”を、90年代以降も継続的に受け継ぎ、変容させてきた雑誌の一つとして歴史的に位置づけられます。 つまり、 「ロリコンブームの遺産を、成年向け漫画の中で長期的に保持・変質させた媒体」 という役割を持っています。 1986年創刊の老舗成年向け漫画誌として、昭和→平成→令和の3時代を生き残った数少ない雑誌のひとつで多くの「派生雑誌」も生み出しました。 なんですが実はオタク第二世代なのでこの時点(1986年)でもまだ結構子供なのでリアルタイムでエロ雑誌など買えませんので伝聞情報となります。 ロリコン(エロ)愛好家にとってはかなりエポックメイキングな雑誌であったようです。 ということで1986年までこれたので「1983年のおたく命名」以外はかなり網羅できたのではないでしょうか。 ここで宮崎事件(1989年)まで話を飛ばしてしまうと一気に話がややこしくなるのでとりあえずここまでです。 「まだあれが足らんぞ」的なご意見あればお伺いできれば幸いです。
2026-05-11 11:19:36う、ま〜いろいろ言いたいことはあるんですが、とりあえずこのあたりにはかなり誤解があるかなという点を⋯ ・『レモンピープル』日本初のロリコン(美少女)漫画専門誌として創刊。大ヒットを記録 大ヒットしてません。売れなくて困っていた時に、マニア誌に路線変更してようやく軌道に乗りました。LPが一番売れたのは「イクサー1」アニメがうまくいった80年代後半だと思います。確かに、80年代初頭は、いわゆるロリコン誌がたくさん創刊されたんですが、『漫画ブリッコ』でさえ2万部程度です。エロ劇画誌の勢いが落ちた時にエロ出版社が、次はロリコンだ!と路線変更したものの、うまくいった雑誌はあまりありませんでした。 エロ漫画が金鉱脈になる!となったのは、森山塔先生の単行本以降ですね。いわゆる、ロリコン誌ブーム終焉の84年以降になります。 ・内山亜紀の極端にデフォルメされた幼児体型のキャラクターによる性描写は、のちに警察や社会からの激しい糾弾のターゲットとなります なってません。内山亜紀先生の当時のロリコンブームへのインタビューは数多くありますが、どの取材も話がぜんぜんズレていて、批判すらできてない情況ですし、クレームが大量に来たという話は聞いたことがないです。 むしろ、TV化した「まいっちんぐマチコ先生」の方がPTAからのクレームが多かったですね。 ・前述した『レモンピープル』や『漫画ブリッコ』といったロリコン漫画誌、アニメ雑誌、そして同人誌が数千冊単位 数千単位はないです。『漫画ブリッコ』はなかった気がします。 ・内山亜紀などの単行本は書店から姿を消し、有害図書指定の嵐が吹き荒れました。 たびたびすいません。少なくとも内山亜紀単行本は消えてないです。むしろ増えてます。 有害図書指定は、おもにエッチな少年誌(主に月刊雑誌)と青年誌系の本が集中的に指定されました。 この辺はロリコン、という問題ではなくなってきています。 そもそも、この辺の話題本当にちゃんとまとめようとしたら本1冊になるぐらい大変な量なので、このスペースで語るにはちょっと要約しすぎかなと、老婆心ながら⋯(そんなに年代変わらないのか?)
2026-05-11 06:36:18@kimirito この辺りは稀見理都さんの右に出る人は恐らくいないかと。またこんなテーマで動画配信やって欲しいです。萌えの話はとっても面白かった。
2026-05-11 16:49:11@SuzuLivedHere 僕だけでも偏りが出るので、もっとゲームジャンル、三次元ジャンル、など多くの人の研究を参照してほしいですね。女性分野の研究がようやく最近進んでいる感じなので、もっと専門家増えてといいたいです(^_^;) またスペースでもやるか〜
2026-05-11 20:10:35@kimirito 「本1冊」では済まないと思いますね。 SNSなんかで限られた意見を集めても、意味のあるモノにはならないと思います。 (それだけ大きな社会的・創作論的動きだったので)
2026-05-11 07:53:58この年代のこの界隈、確かに周辺分野に比べて論考や検証が遅れているかも。本一冊では収まらないという反応はあるが、それでも何かは残しておきたい。問題は一定のデータはあっても、個人の経験や価値観が多岐に渡る事。歴史を纏める時には不可避だが、多数の声を集める事が回避に繋がるので何らかの略 x.com/kimirito/statu…
2026-05-11 08:49:10もし、この時代のことを真剣に調べたい若い方がいましたら(サブカルの卒論とか増えそうだし)、まだこの世代の人が多くいるので、少なくとも10人ぐらいに話を聞きに行ってあげてください。11人目ぐらいからなんとなくその時代の空気が見えてくるので⋯ x.com/kimirito/statu…
2026-05-11 08:54:00これは非常に共感します。ただ人は「喋りたくないことがある」のが普通なので、話を盛ったり省いたりします。文献・雑誌の調査も並行すべきでしょう。 x.com/kimirito/statu…
2026-05-11 11:35:30@taimatsu_torch 文献も盛られるんですよ(笑) なので、あくまで多角的に調べると、より正確さが高まるというか、ここは間違いないだろうという部分が見えてくる感じですね!
2026-05-11 11:56:20>逮捕された宮崎勤の自室からは(略)前述した『レモンピープル』や『漫画ブリッコ』といったロリコン誌アニメ誌そして同人誌が数千冊単位で発見 当時ムーブメントの片隅に居た1人としてあえて発言するがこれは明らかな誤認。あの報道写真は捏造と判明してるし部屋にLPやブリッコも同人誌も無かった x.com/Mashiro_yuh/st…
2026-05-11 18:39:46そも、あの事件発覚直後のコミケにM君は特撮評論系ジャンルでサークル参加してたのが判明してて(当然申込は逮捕前)当時のロリコンブームと犯人を直結するには無理がある。 極論すればM君事件=ロリコンと短絡するのはマスコミがわかり易く作り上げたストーリーに過ぎない。
2026-05-11 19:10:19まあ、リアルタイムに経験した訳じゃなくて、後追いみたいだからある程度は仕方ないけど、それにしても間違いが多いなー。 それ考えると虫塚虫蔵さんは異常だな(笑)。 なんで20代の青年があの当時の話にあんなに詳しいのか。 x.com/mashiro_yuh/st…
2026-05-11 10:30:27@DQ_MARGARETTE これ、間違いが多いんですよ。 特に宮崎勤関連では。 彼の所有してた6000本のビデオはほとんどが特撮関連で、ホラーもアニメもほとんどなかったんですよね。 ロリコン雑誌もレモンピープル以外確認されてないです。 pic.x.com/MpPlQdqH7B x.com/kimirito/statu…
2026-05-11 19:47:13@igyou_ ありがとうございます。 宮崎勤報道がかなり捏造されていたとは知っていたし、後のレスでも指摘されていた清岡純子のもれとか気になる点はあったけれど、“「記号の遊戯」が「社会的抹殺の烙印」に変わるまで”というざっくりとしたまとめの文言が、なかなか気の利いた表現だなと感心した次第です。
2026-05-11 23:56:06@DQ_MARGARETTE 今思えば「私はまゆ 13歳」とかの少女ヌード写真集が大型書店でコーナー展開されてて20万部も売れたってのは狂った時代でしたよね(笑)。
2026-05-12 00:39:44@kimirito @rioysd 宮崎勤の部屋で確認されたロリコン誌はレモンピープルくらいですね。 そもそもロリコンが「若奥様のナマ下着」を読むとも思えませんが。 6000本のビデオのほとんどが特撮もので、ホラーもアニメもほとんどなかったとか。 pic.x.com/qW4qZOt4p0
2026-05-11 10:24:45一応「コットン・クラブ」「レモンクラブ」「マンモスクラブ」「フラミンゴ」「ジャンボ」なども確認されています。 x.com/igyou_/status/…
2026-05-11 20:01:16いわゆる宮崎事件で影響を受けたのは「美少女エロ」だけでなく「ホラー、スプラッタ、グロテスク」もなのだけど、ホラー側の方が抹消圧力がより大きかった上に愛好家や専門メディアが少ないが故に、弾圧の記憶そのものが語られにくい問題とかな。
2026-05-12 03:17:45
群盲象を評す。おれもあなたも全体像が見えない盲。 従軍体験の善の部分が語られにくいのと似ている。