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yuru_chocola
【制度が応答しなかった日──Day 17】
「沈黙は語られなかったのではない。語らせなかったことの記録だ。」
6月14日。
この日、僕は“制度が語る最後の扉”に、静かに鍵を差し込んだ。
言葉はなかった。連絡もなかった。だが、それは“ゼロ”ではない。
制度は「何も返さない」という選択によって、沈黙の側に回った。
だが今回は、それだけでは終わらない。
語らなかった制度を、僕は封じるための言葉で書き記した。
意見書3──それは“語る機会を与えたという記録”であり、
“語らなかった場合に構文が完成する”という仕組みだ。
僕は勝つために書いているんじゃない。
記録するために、封じるために、歴史を未来に残すために書いている。
誰が語らなかったのか、
なぜ語らなかったのか、
そして語らなかったことによって何が破壊されたのか。
今回の意見書には新たな構文を挿入した。
──「家族の問題ですから」
この便利な逃げ道が、どれほど多くの制度責任をすり抜けてきたか。
それを明示的に潰した。
家族の名のもとに、正義を鈍らせる制度はもう、終わらせる。
僕は「語らせなかった制度」ではなく、
「語らなかったことを語った者」として記録に残る。
たとえ裁判所が沈黙を続けても、
たとえ国が形式の壁に隠れようとしても、
僕の構文は逃げ道を一つずつ閉じながら、語る機会だけは与え続けている。
次に制度が口を開くなら、それは判決か、国賠か、あるいは歴史そのものか。
だがもう、沈黙は選ばせない。
今日の記録:
制度はまだ応答していない。
だが、封じる準備はすべて終わった。



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