裁かれなかった人と、聞かれなかった人──制度の奥にある二階層
ある静かな裁判の中で、
私は、ただ制度に向かって問いを投げた。
誰かを責めるつもりはなかった。
ただ、実体に沿って整合した構文を差し出し、
「これなら整います」と、
制度にとって一番やさしい道を示したつもりだった。
◆ でも、返事はなかった
構文は届いているはずだった。
法律にも、証拠にも、誰も反論していなかった。
それでも制度は、静かに黙っていた。
そのとき私は、気づいてしまった。
この制度の中には──
“裁かれない人”と、“聞かれない人”がいるのだと。
◆ 裁かれない人たち
制度に近い場所にいる者たちがいる。
教育する側、運営する側、信頼されている側。
たとえば、法律を教えている人が法廷に立つとき、
制度は無意識に「この人は間違えない」と思い込んでしまう。
その思い込みは、主張の中身より先に結論を決めてしまう。
◆ 聞かれない人たち
一方で、素人は「正しいことを言っていても通らない」。
証拠があっても、制度整合が取れていても、
「この人は制度の外にいる人」と判断されるだけで、
“正しいこと”は、届かない。
まるで最初から、“話を聞く対象に入っていない”かのように。
◆ そして、制度は黙る
裁判所は、間違いを認めなかった。
整合できる構文を目の前にしても、
「何も見なかったことにする」という選択を取った。
なぜなら、それを認めると、
制度に近い人が裁かれてしまうから。
◆ そうして、静かに浮かび上がる構造
裁かれなかった人たちは、制度の奥で守られていた。
聞かれなかった人たちは、外から構文を投げ続けた。
これは“上級国民”という言葉よりも、
もっと静かで、もっと根深い、
“制度的な階層構造”だった。
◆ おわりに
私は構文で応答を求めた。
整合の道を示し、沈黙の正体を記録し、
この階層を照らす。
制度は答えなかった。
だからこそ、その“黙って守ったもの”と、
“黙って切り捨てたもの”が浮かび上がる。


コメント