第二節 禰古萬城
古猫は尾が裂けて、猫又になる。
こういう伝承を聞いたことがある人は多いだろう。
なので昔は、猫を飼う際には「二年飼ってやる」「三年おいてやる」とか、明確に期限を決めて暮らしていたらしい。
猫は飼い主ではなく家や土地に居着く性質からも、妖怪変化と同一視されやすかったのかもしれない。
いにしえ、猫は
実際の蒲郡市大塚町にそのような伝承は残っていないが――。
それは、まだ城というものが文字通りの意味だった時代にまで遡る。
「
この方式の城は世界各地に見られ、ヨーロッパでも、「モット・アンド・ベイリー」という様式の簡素な城がある。日本風に言えば、環濠集落がそれだ。
ようするに、壕をつくり、その時出た土で壁を築き、内側に殿様と家来が詰める居館を立てるというもの。
これがなぜか西洋から日本、世界各地に散見される。いわゆる、百匹目の猿現象とも言われているものだろうか。
昔々、ある豪族がいた。
その豪族の姓は伝わっていない。なので、ときの
この男は昔から大層な猫好きであり、家に、たくさんの猫を飼っていた。
しかし所詮は鄙の豪族。
都からの度重なる徴税に、しだいに、激しい困窮に襲われた。
激しく窮した彼は、家々のものと、猫たちに食事と銀粒を分けて、己は最後の酒宴を催した後、枯れて死ぬ最後を覚悟した。
己の情けなさに涙を流した。
そうしてひもじく日々を過ごしていると、なにやら、外が騒がしい。
見れば、そこには海でとらえたのか、川で取ってきたのか、とにかく大量の魚やらがおいてあったのである。
腹を満たせば、民の笑顔も戻ろうか。津々路はいざ責を受けるときは俺一人に済ませるといい、皆で、その魚を食べた。
その夜である。
飼っていた猫たちが、屋敷に銀粒をぼろぼろとおいていった。
そうして、こういったのである。
「津々路様、津々路様。我らはもうしばらく、このお家にお仕えしとうございます。触りなければ、相応のお屋敷をおつくりさせて頂きとうございまする」
――と。
✧
ゲンキーという薬局なのかスーパーなのかわからない店のそばに川がある。その脇に、小さな公園があった。
把手が撤去された水道の前で、一匹の白い猫が佇んでいた。
まるでそれが、かつて仕えた主の、お家の、その墓標であるかのように。
「あなたが、
橘禰が土で汚れるのも構わず、地面に膝をついて、猫に微笑んだ。
猫がついと顔を上げる。右目は白く濁り、毛は貧相でぼろぼろ。ところどころ禿げて、桃色の地肌が覗く。
しかしその尾は、――半ばから、二つに割れている。
「いかにも。わしが
「お話を、いいですか?」
「ほうじゃの。そろそろだと思った」
――そろそろ?
――どういうことだん?
国道と県道に挟まれた脇道の、その傍の公園だ。平日の昼過ぎなのもあって静かである。
空は秋晴れで、かすかに、まだ蝉の声がしている。
「そこのお若いの。名は」
「桑守――半兵衛、葉蔵。十八代目の葉蔵」
「ふふ、妖怪が怖くないと見える。ゆえに危うい」
猫又――
「何があった。言ってみなさい」
彼らはすべてを話した。何もかも、全部を。
しかしさすがは古猫か。葉蔵の嘘――というか、「ごまかし」のほころびに気づいている。
「父母の話が出なんだ。不思議よ。ぬしは、木の股から生まれたわけでもあるまい?」
葉蔵は黙り込んだ。
その話はしたくなかったからだ。
「葉蔵?」
「話してみませんか?」
しばらく沈黙があった。バイクに乗った田舎の兄ちゃんが通っていく。排ガスが臭い。
葉蔵は、鉛のように重い口を開いた。
「死んだ」
それが、全部だった。
「自殺だった」
握り込んだ両の拳が震えている。
「ごめんなさい、私、……」
「情けは向けなくていい。ほんとは、早く言わんといかんと思っとった。けど、言えんかった。……立ち向かえん。怖くて」
「つらかったね」
葉蔵は小さく頷いた。だが、絶対に泣かなかった。
歯を食いしばり、口の端を噛み切って、痛み血を舐めてでも耐えた。
「怨霊の名を知っとるかね」
しばらくして、二人と古猫は素盞嗚神社に戻っていた。
境内の段の低い石畳に座って、話し合う。
「いえ、知らないです。
「諱は知っています」
そうか、だから彼女はあいつの名を言わないのだ。
諱とは、忌み名に通じ、武士にそれを言うことは禁句とされている。
憎むべき相手に敬意を持つというのは、戦国時代のいくつかある美徳の一つと言えよう。
「やつは
諱は? なんて馬鹿な質問はしなかった。
理由は、ひとつだ。
「やつは俺を、葉蔵とは呼ばなかった。半兵衛としか」
源一郎は、現代人の童と葉蔵を笑ったが、同時に、武士の子とみなしていたのだろう。
だから、葉蔵ではなく、半兵衛と呼んだ。諱を呼ぼうとはしなかった。
それが、葉蔵が、やつの諱を聞かない理由だ。
「葉蔵坊や。お前は、あれをどうする? 説得も逃亡も通じぬ。武士の怨霊だよ」
「…………」
「わしなら――わしが人間なら、名のある寺に匿ってもらうかね。まあ妖怪変化は念仏に弱いでね。妖怪変化
葉蔵一人ならそれでも良かっただろう。寺に頼んで念仏とか授けてもらうでもいいし、しばらく、匿ってもらえませんかと頭を下げても良いだろう。
「それじゃあ
「そうかね。ふふ。若さとはいいもの」
どうやら妖怪の五百歳は、まだ若い方らしい。
「怨霊を祓う手っ取り早い方法はね、死因を使うことだ。大太刀を探すのも悪くはないよ。けど、逃げとか守りではなく、祓う――攻めに転ずる気なら、死因を使うのが一番いい」
「死因?」
「そう。死因。己を刺した刀、槍。そういうのを探し出し、それで貫く。その上で聞くがね。あの男、半兵衛殿と切り結んでいた段階で〝鬼〟だったとして、その段階で、〝死んで〟いたかね?」
――本多忠勝から逃げたあいつは。怨霊だから逃げたのではなく。
――死にたくないから逃げた、生物としての反応なのか?
――妖怪と怨霊が別物だとしたら。
――妖怪が、死後怨霊になるケースも有るってことか?
「やつは、半兵衛が関ヶ原で死んだあと、どこかのタイミングで死んだ」
――エンフィールドも、コルトも斬った。
源一郎はそういった。であるならば、その当時――戊辰、ないし御一新ののちまでは妖怪として生きていたのではあるまいか?
廃刀令――。
明治九年(一八七六年)、明治政府より発布された、武士にとっては事実上の死を意味する法令である。
武士は俸禄を失い、そこらの連中が堂々と苗字を名乗り、挙げ句刀まで取り上げられた。
各地で反乱騒ぎが相次ぎ、最終的に起きたのが明治十年の、
――西南の役。
である。
「やつはそこで死んだのか? 西郷についていって、九州で」
「だとしたらやつの死因は九州ということになりますが」
それから脇に広げたさきイカをもっしゃもっしゃと、うまそうに頬張った。
「うまいうまい。で、そうじゃね。怨霊の死因の封印地は、怨霊の死に処ではないんだよ」
「死因の土地ではないと?」念を押すように、葉蔵。
そこは理解できる。誰だって無念に思うはず。機会があれば、自らの仇討ちを果たそうとするだろう。明治に入っても、初期の頃は、まだ仇討ちの文化が残っていたのだ。
現代人にだって、中には仇討ち、復讐を目論むものはいる。手段は違っても。
まして源一郎は仇討ちが美徳、当然の時代の男。
「けんど、自分の在所なら、少しは落ち着こうもの。やつの在所に、死因はあるんじゃないかい」
ここまでくれば、葉蔵にもわかった。
「あいつは、三河者だったのか?」
「それはあいつが武田についていた頃に身についたんだろうね。うわさじゃあ、徳川に仇なす勢力につき続けていたそうだ。半兵衛との決着がよほど大事だったんだろう」
「その反徳川の男が、戊辰戦争では新政府軍についたんだな」
流れとしては当然である。
「なぜ新政府軍だとわかったんだい?」
「エンフィールドやコルトを斬ったって言った。エンフィールドやコルトを使ったのは旧幕府軍だ。いや、新政府軍も使っていたんだろうけど、薩長土肥はもっと高性能なライフルを使ってたって」
全部、刀剣ワールドの受け売りであるが。
一応、推理には筋が通っている。
「やつは薩摩や長州についていたんでしょうか」
「そこまではわからんね。なんせここらは早いうちに新政府軍に恭順して、主だった戦は起こらなんだ。まあ略奪の憂き目にはあったみたいだけれど。今の子は知らんだろうね」
「明治の話はおいておく。ちょっと、整理しよう」
葉蔵は、手帳を取り出して、もろもろを書き込んでいった。
・源一郎はおそらく明治時代まで存命
・西南の役で死亡(? 確証なし)
・その前後で怨霊化
・死因は在所に封印されるのが普通
・源一郎は甲州訛りこそ見られるが、三河者
・つまり、源一郎祓除の切り札はこの土地の何処かにある
「西尾へ行きな。いま、そこの西尾岩瀬文庫でね、戦の展示会をやってる」
葉蔵と
「なにか、手がかりがあるだろう」
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